第16話 共同戦線異常あり。


 今週はとにかく様々なことが起こりすぎた。


 馬原兄弟が仲間集めて派手に動いたせいで警察に目ぇ付けられたところから始まった気がする。

 バイト帰りにミナカミが闘っているのを見て《悪魔》の存在に気づき……そういえば頭のイカれた刑事、蘇我に拳銃を突きつけられたな……。

 そして馬原兄弟に人前で拉致られ、金田たちに殺されかけ……その翌日に学校でまた悪魔と闘うミナカミを見たんだったか?

 その後は……郡里くんに絡まれたり、バイト先のコンビニのオーナーの息子が逮捕されたりもあったな……。


 まったく、この街の治安はどうなってんだ……?

  

 ふぅ、とにかく!

 異常なほど、あまりにも色々とあったせいで脳みそが疲れ切っている。


 ……糖分が欲しくなるな。

 この叔父の借りてる事務所の下にある大判焼き屋に行って何か買ってこようかと本気で悩むほどだ。


「……いや、悩む必要もねぇか」

「?なにを……ですか?」

 魔法少女後輩こと水上聖奈は困惑した顔でコチラをみる。

 

「喋ってばっかで疲れたろ?俺は疲れた。脳みそが甘いもん欲してるから下で買ってくるわ」

「下……良いですね。私も買いに行きます」

 ミナカミは先程まで泣いたり、暗くなったりしていたことなど無かったことのように元気に立ち上がった。

 いや……気を遣って気丈に振る舞ってるだけかもな。


「まぁ座って待ってろよ。……言いたくないが、あんま明るい時間に出歩く顔してねぇぞ」

「……言わなくて良いですよ。そういうの」


 膨れっ面のミナカミを置いて俺は財布片手に事務所を出た。

 扉を開けてすぐの所で真剣な顔をして誰かと電話している叔父の横を通って階段を降りるとすぐ横にある大判焼き屋のオバちゃんに声をかけた。

 

「ちわーっす。粒あんとカスタード三個ずつお願いします」

「あら、高虎くん、いつもありがとねぇ。さっきの女の子は彼女?」

 ……やはり見られていたか。

 と言っても最近わかってきたが、この手の話は向こうも別に超が付くほど興味津々とかそういう感じではなく、ただの世間話として言ってるだけだったりするのだ。

 なのでこの場で俺がいうべき最適解は……。

 

「あー。だったら良かったんすけど違うんすよ。叔父のとこに依頼に来た子です」

「あら?そうなの。まぁそんな感じだったわね。はいコレ粒あんとカスタード併せて六つね」

「ありがとうございます。お代はコレで」

「はいはい。お釣りねー。毎度ありがとうございます。またね」

「はい、失礼します」


 無愛想になり過ぎないギリギリな距離感の会話をこなして上に戻ると階段に叔父の姿はなく、事務所の扉を開くとこんな会話が聞こえてきた。


「…………じゃあその牛倉うしくらって人は……」


「なぜ、その名前がここで出るんだ」


 叔父と会話していたミナカミが前後の内容がわからないまま会話に参加してしまった俺を見る。

 俺はソファの前のローテーブルに買ってきたばかりの大判焼きを置きもう一度訊ねる。


「なぜ牛倉の名前が出たんだ?」


「なぜって……先輩は牛倉って人を知ってるんですか?」

「牛倉っていうのは高虎がバイトしてるコンビニのオーナーだからね」

 叔父が俺の代わりにミナカミの疑問に答えた。

 

「牛倉はオーナーだし、牛倉の息子は一緒に働いてる。そしてソイツは昨晩、逮捕されてるはずだ。なんでそんなヤツの名前が?」

「殺されたからだよ」


「ころ……は?」

 冗談……ではない。

 こんなに真剣な表情の叔父を見るのは……母さんの葬式以来かもしれない。

 その表情が物語っている。コレは事実だと。


「そんなバカなっ!まだ捕まってから半日程度しか経っていない……留置所はおろか下手したらまだ取り調べ中でもおかしくないのに!」

「その通りだよ。牛倉優太ゆうたは警察署内で亡くなっている所をさっき発見されたらしい」


 叔父は『まいったな』と小さく呟き、大判焼きに手を伸ばしたが、ミナカミは苦虫を噛み潰したような表情のまま押し黙っている。


「貰うよ」

「いいけど……話してくれんだよな?」

「アツっアツっ…………」


 ……説明よりも大判焼きを食べることに集中してる叔父に倣い俺も食べることにした。

「よ、よく食べれますね」

 ミナカミから指摘されて始めて気がついた。

 

 たしかに……普通、バイト仲間が死んだなんて知ったら……アッツ……。……食欲なくすべきだったな。

「……コレでも多少なりショック受けてるよ。まぁ薄情なのは間違いないし、自覚してるけど」


 口の中に残った小豆を、しっかり冷めたお茶で流し込む。

 コーヒーの方が合うよな。と思いコーヒーを淹れに立ち上がる俺の背中に自分の分をしっかり食べ終えた叔父が声をかけてくる。


「さっきの電話は警察からでな。死んだ状況が余りにもおかしいから手伝ってくれって言われたんだよ」

 

「はあ?!警察から?初耳だ。……つまり警察は怪異というものの存在を認めていたと?」

「あくまでも《一部の人たちは》だけどな。頭の硬い連中や直に関わってない人らには信じられんのだろうな。高虎もついこないだまで信じてなかったし」


 それを言われると辛いな。

 でも普通に考えて警察がそんなオカルティックなこと信じるか……?

「いや、そうか。街の《異変》や《死》に触れる機会の多い警察こそ、オカルトで説明状況に立ち会う可能性が高くなるのか」

「あぁ俺もそう思うよ」叔父はそう言ってミナカミに視線を移す。

「私もそう……思います」

 ミナカミは両手を膝に乗せ小さくなってる。

 元々小さいのにさらに小さくなっていて消えてしまいそうだ。

 何をこんなに……?

 淹れたてのコーヒーをマグに移しソファへと戻る。

 甘くなった口をコーヒーの程よい苦味が混ざり合い疲れていた脳みそに元気を送る。


「……お前もしかして《被害者》が出るのは自分のせいだとかアホなこと思ってるのか」

「ア、アホってなんですか?!」

 膝を叩いて立ち上がったミナカミは明らかにキレている。

 なんか今週よく女がブチギレてるの見るなぁと思ったけど男も同じくらいブチギレてるし問題ないな。


 問題はこっちだ。

「先輩にはわかんないんですよ!!私には責任があるんです!救える力もあるし!救わなきゃいけないんですよ!」

「まぁまぁ落ち着いて。ねっ!?」

 叔父が必死にミナカミを宥める。

 ヒートアップしそうな雰囲気だったが叔父が無理矢理食べさせた大判焼きのおかげでミナカミは多少、落ち着きを取り戻した。

 

「……それはあれか?魔法少女になった代償とかいうやつか?」

「……そんなものはないです。でも……みんなを守る為に闘える力を手に入れて、闘うって約束したんです」


「約束……?あぁ、ラクチャアとかいうライオン?だっけ?」

「……ラクちゃんです。ふぅ。ご馳走様です、美味しかったです」

 直前までブチ切れてた割にキチンと完食してご馳走様まで言えるメンタリティを賞賛したい。


「ラクちゃんは私に魔法少女の力を渡して……負けた私のせいで消えてしまいました」


 ……そうか。だからラクちゃんとやらは今いないし、ミナカミは魔法少女とやらを何年もやってるはずなのに知識や戦闘能力が……満足いくものではないのか。

 俺はマグに入った飲み頃のコーヒーを飲み干し、ミナカミに訊ねる。


「俺が……生きている理由とラクちゃんとやらは繋がるのか?」

「はい。……私が逃してしまったによる被害者の中で最も若かった……私と歳の近かった先輩を救う為にラクちゃんはその《命》を使いました」

 

「あくまでも俺の推測だけど……高虎の異常な回復力はそのラクちゃんっていう《悪魔》と魂か何かが混ざり合ったことによって生まれたチカラなんだと思う」

 叔父は『勝手な想像だけどね』と付け足した。


 正直、納得はいく。

 あまり考えないようにしていたけど、おかしいとは思っていた。

 マトモな人間なら数ヶ月はかかる怪我も一日足らずで治るなんて普通じゃあり得ない。


「……え?悪魔?」

 自分のことに頭がいっぱいですぐに反応出来なかったが叔父は今、悪魔って言ったか?


「コレもまた仮説だけどね。ラクちゃんってのは恐らく悪魔だと思うよ。……あー、一応言っておくと《悪魔=悪いやつ》ってわけじゃないからね?あくまで《悪魔=人間の感情の集合体》的な……ってあくまであくまって分かりにくいな」


 おどけて笑う叔父を無視して俺は思考を巡らせる。


「……叔父さんは……独学なのか?師匠とかいるの?」


「いないよ。《見える人》に会ったのは聖奈ちゃんが初めて。……姉貴が亡くなったあとモールの様子を見に行った時に……ね?」


 叔父の言葉にミナカミは黙って頷く。

「二人とも独学ってわけか……。正解かは知らないけど、……今までの話が二人の共通理解。ってことはわかった」


「そう、もしかしたら全然違うかもしれない。俺らが悪魔として排除してる《あの存在》は実は良いもんで、俺らが悪いもんの可能性も全然ある。難しいね」


「……でも、モールやそれ以外の場所で被害に遭った人の多くは何も悪いことしてない人たちでした。そんな《悪魔》が良いもんだなんて私は思えないし……自分の命を犠牲にして先輩を救ったラクちゃんが悪いもんとも……」

「うん。そうだね。……だから悪魔にも良いのと悪いのがいるんだろうね」

 小さくも力強いミナカミの言葉に叔父は優しく返す。


「まぁなんにせよ『よくわかんねぇけど』ってことだな。……とりあえず俺の知りたかったことは大体全部わかったし満足だわ」


 つまり『叔父との関係』は《見える》人間としての師弟関係。

『なぜ逃げたのか』は俺に怒られると思ったから。

『あの化け物』はよくわかないけど悪魔と呼んでいて、多分人間の悪い感情の集合体って共通認識。

『ミナカミはなんなのか』=魔法少女。


『五年前のあの事件』は――――。


「キングスモールで起きたあの事件は……私があの悪魔を倒せていれば起きなかった事件なんです……。私が……私さえ……。そのくせ私は今も生きていて……私が死んでいれば……っ」

 大粒の涙がミナカミの頬を伝うのが見えた。

 

「聖奈ちゃん、それは違うよ!キミが自分を責める必要なんてないんだ。……だから俺はラクちゃんを悪魔だって……」

 叔父は自分では慰められないと思ったのか懇願するような目でコチラを見た。

 ……たしかにこういう状況では温かく、親しみのある叔父が優しく諭しても伝わらないだろう。


 冷たく冷静で……冷酷な俺の方が向いてるかもな。 

「……なぁミナカミ」

 俺は静かにミナカミへと話しかける。


「……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 ミナカミはごめんなさいbotと化してる。

 自分でも感情の流出を止められないんだろう。


、俺は小六だった、ミナカミは小五だろ?魔法少女とやらになったばかりの小五のガキに何が出来んだよ。そこらのランドセル背負った奴ら見りゃわかるだろ。言ってることは大人の真似事だからそれっぽく聞こえても実際はお子様。なんも出来ねぇで当たり前だ」


「でも……。先輩は……っ……なんで私を責めないんですか?!」

 あぁそうか責められたいのか。

 そりゃそうか……。

 責められる方が楽だもんな。


 たいていの人間はそう考えるだろう。

 俺もミナカミの立場だったら絶対に自己嫌悪に陥り、他人から責められた方が楽だと考えるはずだ。


「……俺は責めねぇよ。俺が責めるのは、目の前で自分の親が殺されて、自分も殺されてんのに闘えなかったあの頃の弱い自分だけだ。他人は関係ねぇ。もし誰かを責めなきゃならねぇなら……あの事件を産んだ《悪魔》とやらの元になったヤツだ。……まっ、そんなヤツがいるのかは知らねぇけど」


 ……ミナカミを慰めるべく思いついたテキトーな言葉を並べていたわけだが、自分の言葉に違和感を覚える。


「聖奈ちゃん。あんまり自分を責めないでよ。俺と違って闘えるキミが無茶して大怪我でも負ったらこの街は……」


 プルルル、プルルル。


 叔父のスマホが空気を読まずに鳴り響き、それに応えた叔父は『ちょっと出てくる』と言い残し駆け出した。


「……」

「一応言っとくとな……」

 二人、残されて気まずいので俺はミナカミに話しかける。


「……はい」

「俺は『俺から母親を奪ったナニカ』に対して執着して、復讐をしたいと考えてる。だから力を貸して欲しい」

 俺はミナカミに手を差し出す。

 が、ミナカミはその手を眺めて握り返してこない。


「ダメですよ。私は、先輩の言う『復讐相手』ですから」

「あぁ?!何言ってんだお前。……ミナカミさんよぉ、アンタはあくまで『俺の母親が死んだ遠因の一部』でしかなくてだな……。そんなこと言い始めたら、あのモールを建てた企業やら施工業者、みんなみんな恨まなきゃならなきゃならねぇだろ?んな元気、俺にはねぇよ」


 ミナカミはなぜか狼狽してる。

「どうでも良いけどよ。手、出してんだから返してくれよ」


 おずおずとミナカミは小さな手を出した。

「アンタが見つけて俺がぶん殴る。最後の美味しいところはアンタの魔法とやらで決めてくれ。んでよぉ、見た姿の悪魔とやらがいたら教えてくれ」

「……はい」


 こうして俺は厨二病と思われていた《魔法少女》水上聖奈と共同戦線を張ることになったわけだ。


 他人が同じようなことしてたら、深入りしなきゃ良いのにって思うのに自分が当事者になるとガンガン進んじゃうんだから人間って愚かだよな。

 ……俺が愚かなだけか。

 

 


 

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