第15話 とある少女における懺悔にも似た告白 其の二


 《魔法少女》と聞いた人はその言葉にどんなイメージを浮かべるだろうか。

 世代によって人によって性別によって、バラバラなものになるのは当然のこと、黒いローブ?杖に乗って飛ぶ?オトモは黒猫?ヒラヒラしたドレスで闘う?

 好きではあったが知識のない私でもコレくらいは浮かんでくる程度に《魔法少女》という言葉がこの国では認知されていると思う。


 でも、実際のそれは私が望んでいた様なキラキラしたものではなかったのだ。


 なぜあの頃の私は、物事が自分の思い通りに進むなどと傲慢な考えでいたのだろう。

 幼かったからと誰かが答えたとしても、その責任を払うのはあの頃から見た未来の私なのに。


 ――――――


「んで、魔法少女ってやつになった訳だ?」

 ソファの上で片足を組んだ体勢の先輩が先を促す様にコチラをみる。

「はい。その後すぐと戦わされて――」

「――《悪魔》……見えないアイツのことか」


「先輩は……師匠、叔父さんから悪魔の話は聞いてないんですか?」

 意外……でもないのか。

 公園の時、乱入してきたのにあまり立ち回りが慣れている様子でなかったことから、この人は私や師匠と違う、『見えない人』『知らない人』なのかと思ってた。

 でも今日、先輩が師匠と知り合いどころか血縁者であると知って、私は勝手に先輩もこちら側のことに多少なりとも知っているのかと思ってしまっていたが…………今のリアクションから見るになにも知らないのかもしれない。


「何もしらねぇ。アレが何かも、何て呼ばれてるかも、なんであんなもんがいるかもな。……俺にとって叔父さんは『まだ捕まってないだけのインチキ霊能者』からな」


「ひ、ひどい言い様ですね。師匠可哀想……」

 唯一?の身内にこんなふうに思われていたなんて……と思ったが――私も同じかそれより酷い境遇だった。


「『だった』ってことは……今は違うんだな?」


 ……あれ?師匠は意外と嬉しそうにしている。

 そうか、この一週間の出来事が先輩の中の価値観を更新させたと思ったのかな?


「まぁ……今週色々あって――ってミナカミさんから聞いてんだろ?」

「あぁ……聞いてるよ。高虎ならきっとどうにか乗り越えるだろうって信じてたから何も言わなかったけど」


 師匠はそういって程よく冷めたお茶を口に運んだ。

 

「ウソだな。おおかた、ミナカミさんがキングスモールで起きた、あの事件となんらかの関係があるって知ってたから俺を紹介したくなかったんだろ?そう考えたら朝の態度に納得がいく」


 先輩になんらかのスイッチが入ったのか、部屋の中の雰囲気が急に変わる。

 会話の主導権が完全に先輩の手の中に移動したかののうだ。


「俺が……母さんを殺された、あの事件に執着していること、叔父さんはよく思ってなかっただろ?事あるごとに前を向けだの未来に思いを馳せろ、だなんて青臭いこと言ってたし気づいてたよ。でも、普通知りたいと思うだろ」


 先程までのリラックスした体勢をやめ、先輩は立ち上がった。


 「何故、自分の母親は殺されなきゃならなかったのか。何故、ただの田舎のショッピングモールで十人近い人が殺されたのか。何故、犯人も動悸もどうやったのかすら未だ解明されないのか。何故、俺は殺され、生き返ったのか。……あの事件は謎が多すぎる。興味を持つなって方が無茶だろ。ましてや俺は当事者だ。ただの都市伝説好きじゃ辿り着けない謎まで知ってんだ」


「……今、先輩が並べた疑問に私は答えられます」


 言うつもりは無かったけど、言わなきゃいけないと思ったので私は小さく手を挙げた。


「だろうな」


 私を見下ろす先輩の目を私は見れない。

 先輩の背が高いというのも理由の一つだが……それ以上に。


「聖奈ちゃん。俺から伝えようか?」

 師匠は優しい。

 でもその優しさに甘えると私が私を許せなくなる気がした。


「いえ、自分で話します。話さないといけないんです。……まず、話を戻すと――私がラクちゃんに言われたのは『《魔法少女》は《悪魔》と闘う存在。《悪魔》は人の負の感情を喰らって大きくなって現れるもの』と言うことだけです。魔法の使い方は、契約した後、何もせずに理解できました」


「なんとも雑な説明だな。……そのラクちゃんとやらは」

 ソファに、今度は優しく座り直した先輩は不服そうにしている。

「……契約してすぐ、キングスモールの近くで悪魔が出て……私はそれを倒しに行きました。それが初の実戦で……初の……敗戦でした」


 先輩のことを視界の片隅にも入れられない。

 怖い、という感情は一ミリもなく……私はただ申し訳なさで涙が溢れていた。


「聖奈ちゃん……」

 優しい声で私の名前を呼んでくれる師匠。


「……」

 先輩は何も言わない。

 何も聞こえない。


「……ごめんなさい。……ごめんなさい。……ごめんなさい!わたしが、私があの時――」


「――つまりお前が勝てずに逃した《悪魔》が俺の母さんを始めとした被害者を産んだわけか。……それで諸々の説明がついたわけだが……俺が生きているのはなんでなんだ?」


 ……凄いなぁ。

 私がコレだけ泣いて……傷ついて、苦しんでいるのに先輩は全く興味がなさそうで……。

 私からは眩しいくらいに強くてイカれてる人間なんだ。


「高虎、お前それっ!後輩の女の子がこんなに泣いているの見て――」

「――同情も、叱責も罵倒も今更したところで何の価値もないだろ。五年経った今でもコレだけ泣けるほど後悔してんなら俺からは何も言うことねぇよ。……それに二回だけとはいえ、必死に……ボロボロになって闘ってる姿も見たからな」


 涙で歪んだ顔を見せたくないから顔はあげないが……声色から察するに先輩は普段通りの……人を寄せ付けない冷たい表情のまま、今の言葉を言ったのだろう。


 私はそんな先輩の優しさに応えるべく、涙と鼻水を拭い……顔を上げた。

「女子高生がしちゃいけねぇ顔してんぞお前」

「高虎!!」

「わざわざそんな事言わなくていいじゃないですか!分かってますよ!」


 ……思わず怒鳴ってしまった……。

 最低だな私。

 ほんとなら私が怒鳴られてもおかしくないのに。

 ……きっとこれも先輩なりの優しさなんだろう。


「顔洗ってこいよ。帰ってきたら俺が何で死んだのに生きてんのか教えてくれ。そしたら多分何で俺がに目覚めたのかわかる気がする」


「…………は??超能力??」

 何を言ってるんだこの人は??


「あ?……叔父さん、超能力の話は伝えてないの?」

「え、あーうん。そもそも高虎の話はしてなかったからな。聖奈ちゃんから『同じ高校に悪魔と闘える人がいます』って今週の頭に言われて詳しく聞いたら……『やべぇ高虎のことっぽい。……隠さなきゃ』ってなって……」


 師匠は急に雄弁に話し始める。が、なんとも言い訳がましいというか、なんというか。

  

「なんで隠す必要あんだよ。まさか、俺がキレ散らかすとでも思ってたってこと?」

「いやぁだって……どうなるかわかんないじゃん。それに俺は本心から高虎には前を向いて生きて欲しいって思ってるんだよ。幸いにも俺や聖奈ちゃんみたいに《見える側》の人間じゃない訳だし……」

 

「んだよそれ。見えなくても襲われることあんの分かってんだから教えてくれてもいいじゃねぇか」

「いやいや、今までこう言う話しても全然信じてくれずに流してたのは高虎だろうが!」

「うっ!……さぁせん」

「いや……俺もちゃんと説明するべきだったな……ごめん。」

 

 なんだろう。

 さっきまで圧倒的な存在感でこの場をコントロールしていた先輩はただの高校生みたいになり、優しく頼り甲斐のある師匠は急に普通の……いやちょっと幼い感じの、まるで普通の兄弟みたいだ。


「いいなぁ血の繋がりって」


「いや、どういう感想なのそれ」

「聖奈ちゃん、とりあえず一旦顔洗ってこようか、洗面所はすぐそこだから」


 師匠に促された私は洗面所へと向かった。

 師匠と先輩はまだ何やら楽しげに口論をしていたが……さっきまでの暗い私を励まそうとしているかもって思うと感謝が止まらない。

 まぁそんなこと別に考えてなさそうなんだけど。


「うわぁ……」

 鏡に映った自分の姿にドン引きした。

 目がもう腫れてる。

 明日が日曜日で良かった。


 二人のところへ戻ると師匠がいなくなっていた。

 師匠を探す様に顔をキョロキョロ動かす私に先輩が

「叔父さんなら外で電話してる。仕事相手らしくて……まぁ俺らに聞かれたくないか、電話の相手に俺らの会話を聞かせたくないんだろ」と教えてくれた。


「そうなんですね。……あのさっき言ってた超能力って本当何ですか?」

「あー……。まぁ本当とも言えるし冗談でもあるかな。――誰にでもあるだろ?そういうの。例えば『時計を見る前に遅刻を確信する』とか『』とか」


 あぁなるほど。そういう日常で起こるちょっと不思議なことを大袈裟に言っているのか……。

「『見える側』でもないのに素手で立ち向かっていたから本当に超能力あるのかと思いまし――あれ?そういえば先輩、あれだけ悪魔から攻撃を受けてたのに……怪我とかなんでしてないんですか?」


 私はいつも生傷だらけで、ボロボロの包帯や絆創膏をあちこちにして、厨二病なんて言われてるのに。


「……まぁそれはアレだよ。……超能力だよ」

「いやそれホンモノの超能力ってことですか?!」


 魔法でバリアを張れる私と違って生身で攻撃を受け止めて、数日すら経っていないのにピンピンしてるなんておかしい。

 

「……そういえばウチの高校には《怪獣》って呼ばれる不良の先輩がいるってウワサしてる子がいたけどそれって天城先輩のことだったんですね!」

「それは別の人ね。ほとんどゴリラみたいな声のデカいオッサン見たことない?」

 ……ある。

 天城先輩も相当に背が高いが、それをゆうに超えるであろう二メートル近い人が制服を着て歩いてるのを何度か見かけた記憶がある。

「……それは違う人なんですね」

「郡里くんってギリギリ人間寄りのゴリラがうちの代に……ダブりかましているんだけど、あの人が怪獣ね」


「いやでも、アレだけの怪我して今、平気な顔してるのも人間離れして……」

 あれ?もしかしてそれって……。


「それはちょっと人より怪我の治りが早いだけの話……ってどうした?」

 思うところがあり、先輩との会話に集中でき亡くなった私に先輩が違和感を覚えたのか、少し怪訝な……疑うようなそぶりを見せる。


「……あの、昔からですか?」

「なにが?って今の話の流れからすると怪我の治りが早いのがってことか?……からだよ。死にかけて、医者に『何故生きているのかわからない』ってまで言われたんだ。勝手に読み取ってくれるから話が早いけど……少し怖い。この人に隠し事はできなそうだ。


「……多分。先輩のその力は……ラクちゃん……。私に魔法少女としての力をくれたの影響です」

「?!」


 私の言葉に先輩は驚いて目を丸くしている。

 意外だ。

 私の知る限り……と言ってもまだ知り合って一週間も経っていないが……先輩がこういうリアクションをするのは初めてな気がするし、キャラに合ってない。

 なんでも察しているような、見通しているような澄ましたイメージだったから意外だ。


「教えてくれ」

 師匠の帰りを待つか悩んだが、私は先輩に私が今、知っているだけ情報を伝えることにした。


 あくまで私の主観であることを先輩には留意してもらいたい。

 

  

 


 

  


 

 

 

 

 

 


 


 


 


 


 

 


 

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