第14話 とある少女における懺悔にも似た告白


 事前に言っておくとこれは私、水上聖奈みなかみせいなが語る一元的な話であるということに留意してもらいたい。


 

 ――――――――――


 

「どこから話しましょうか……」

 私は悩む、最初から話すと長くなるし、途中から話すと……自分がとても悪い人間だと恨まれそうだからだ。

 言い訳がしたいと言う訳ではないが、人からどう思われても関係ないと割り切れるほど私は大人じゃない。目の前にいると私の違いはきっとそこだろう。

 どこか親近感を感じてはいるが、根本的な部分がどこか異なっている。性別や年齢以外のなにか、人としての強弱のようなものが。

 

「全部説明してくれ。……言いたくないことは言わなくてもいいけど。とりあえず俺が知りてぇのは『叔父との関係』『なぜ逃げたのか』『あの化け物はなんなのか』『お前はなんなのか』…………それと『五年前のについて』だ」


 川の横を走る、たいして人通りの多くない道で太々しく仁王立ちに立ったヤンキー先輩こと、天城高虎という先輩はコチラに見えるよう指折り数えながら、そう言った。

 

 ジッと私の目を見て微動だにしない天城先輩の放つ『強い人間』という雰囲気に気圧される。 


「……それを全て語るには私の子どもの頃から話をしないといけないんですけど」


「だろうな」

 と一言だけ返ってきた。

 話終わるまで何時間でも付き合うぞ。とでも言いたいのだろうか。否、言いたいのだろう。


「わかりました……長くなるけどいいですか?」

 私の質問にただ首を縦に動かし肯定する天城先輩。


「天城先輩にはお父さんがいますか?私はいません。兄弟も姉妹も」

「同じだな。俺もいない」

 間髪入れずに返ってきた返事で納得してしまう。

 なるほど、だから話しやすいんだ。

 なんとなく感じていた親近感はきっとコレが理由のひとつだ。


「……そうだったんですね。えっと、私の場合はお母さんがその……一般的な……ちゃんとした大人じゃなくて……その……」

「言いたくないことは言わなくていいって言ったろ?俺の疑問に回答してくれたらそれでいいんだ。深く知ろうとも思わないし、知ったところで俺は慰めたり、アドバイスしたりする人間じゃあねぇ」


 ……だから話しやすいんですよ。

 勝手に私を可哀想に思ったり、悲劇のヒロイン扱いしない感じが楽で……自分も普通の人間だって思えるから。


「ははっ、そんなの求めてないですよ?」

「だろうな。じゃあ続けてくれ」

 

 冷たいな。

 この人があの師匠と血が繋がってるとは思えない。

 でも、私にとって先輩の言葉と態度が都合良かったので母に関する件を省略して話すことにした。


「えっと、ちょっとアレな家庭環境だったので、ずっと一人で家にいました。お母さんは養育費でいつも遊び回っていて帰ってこなくて、たまに帰ってもお金だけ置いてまた、出かける生活で。……だから都合が良かったと言っていました……」

 

「……?話が見えてこない。誰が言ったんだ?何が都合良いんだ?」


「…………」

 言葉にするのが怖い。

 前に同級生に話した時は馬鹿にされて、揶揄われて……軽いイジメの対象になった。

 

 小学生なんてそんなものって今なら思えるけど……あの時の関係性は高校に入った今でも残っているし、心の傷はちっとも癒ていない。

 なんてことないフリをして感情にフタをしているだけだ。


 私は無意識のうちに腕に巻いた包帯を触っていたことに、それを無言で見つめる先輩の目線で気がついた。

 あぁ嫌だな。この人の目からは全て見透かしているぞ。とでも言うような圧を感じてしまう。

 きっと気のせいなのに。

 

 天城先輩は組んでいた腕を解き、人差し指と親指で顎を掴みながら「俺が質問してそっちが答える形式の方が早そうだな」と少し気だるげに言った。


「……はい。じゃあそれで」

 不服、ということはない。

 ただただ申し訳ないという思いが止まらない。

 本当はキチンと自分から語るべきことなのに私はその責任から逃げている。


「じゃあ訊くけど、いつから魔法が使えるようになった?」

「っ!?」

 嫌にピンポイントだ。

 いや、そんな細いところを通そうというつもりが先輩にあるわけないんだ。

 だって先輩は今も『どうした?』と普通に心配するような表情をしているし。


「……小学生……五年生の時です」

「なっ?!」

 今度は先輩が驚いた。

 多分、先輩ならすぐに察しがついたんだと思う。

 だって先輩はの唯一の生存者なのだから。



「…………《キングス=モール桜間店怪死事件》。その当日に私はあの場所で魔法少女になりました」

「……チッ!だから叔父さんは……そういうことか……。はぁ……ここじゃ人目もあるし場所変えるぞ。叔父さんとこの事務所でいいよな?」


 私の頬を伝う涙に気づいたのか、ぶっきらぼうで粗野な態度だが、先輩は先輩なりに気を遣ってそんな提案をしてくれた。


「ごめんなさい……」

 先を行く先輩の背中に小さくこぼした私の振り絞った言葉が届いているか私は知らない。

 でも、例え聞こえてたとしてもこの人はなにも言わないだろう。

 


 ――――――――


 天城先輩の叔父であり、私の師匠が事務所兼自宅として使っている小さなビルに着くと外で待っていた師匠が開口一番、先輩に怒鳴った。

『高虎!お前、女の子を泣かせるような男に産んだ覚えはないぞ』

『そらそうだろ。俺はアンタから産まれてねぇし……泣いた理由は……これから聞くからとりあえず中入ろうぜ。往来でする話じゃねぇだろ』


 ――そして今、師匠の構える事務所内のソファに腰掛けた私に視線が集まる。

 と言っても二人分だけなんだけど。


「よし!じゃあ話ぃ聞かせてもらおうか!」

 師匠が場を回し始める。

「そのテンションで話す話題じゃねぇよ」

 天城先輩はお茶を淹れてくれている。


「……ごめんなさい!私が勝手に泣いただけで先輩ひ何も悪くないんです。悪いのは……私なんです」

 座ったまま頭を下げる私。


「高虎、お前女の子にこんなこと言わせるなんて!」

「言わせてねぇし、言葉通りの意味しかないから、その説教モードはやめてくれ。時間の無駄。俺には知りたいことが山のようにあるんだから」

 大柄な先輩に凄まれて倍以上年上なはずの師匠が黙ってしまった。

 やっぱりこの人ヤンキーだなぁ。


「えっと……なんで泣いたの?」

 いつもの師匠に戻った。

「……私が魔法少女になった経緯を話そうと思ったら……その――」

「――大丈夫。高虎は君が思ってる何倍も……や……優しい?から」

「言い切れよ。……つーかもういいよ。なんとなくだけど察しはついてるし、怒んねぇよ」

 お茶を配り終わり、その大きな身体をドカっと乱雑にソファに投げ出した先輩の方に体重が掛かり、私の方がシーソーみたいに少し浮いた。

 

「でもよぉ察してるとはいえ、一応話してくんねぇか?勝手に俺が勘違いしてる可能性もあるし」

 ソファの端に座った私のほうを向いて先輩は静かに語りかけてくる。

 

「……はい。……私は……母が珍しく家にいて、どこか食事に連れて行ってくれると言ったので、まだ出来たばかりで行ったことのなかったキングスモールに行きたいってワガママを言いました」


「「……」」

 師匠も先輩も何も言わずコチラを見ている。

 でも、師匠と違い先輩の目には同情も哀れみも感じない、相変わらずの冷たい目つきだった。


「普段は絶対、人の多い所へは連れて行ってくれない人だったんですよ。でもその時は機嫌が良かったのか快諾してくれたのを覚えています。……モールに着いてすぐ……その……当時母の……恋人だったかな?……から連絡が入って私は一人、モールに取り残されました」


 今ならあの人の異常さがわかる……けど、あの頃の私にはそんなこと日常茶飯事で……あの人は幾つになっても、今もなお、自分が幸せであることが何よりも誰よりも大事な人なんだ。アレはもう変えられないし、変わる気もないだろう。


「一人で……いくらだったか、たぶん、数千円くらいを渡されて取り残されたモールを歩いていると不思議な声が聞こえてきたんです。内容は覚えてないんですけど……『こっちにきて』とかそんな感じで。周りの人には聴こえていない感じでした」


「……なんか怪談話みたいだな」

「高虎!真面目に話聞きなさい!」

「あぁ、悪いなミナカミさん、続けてくれ」


 先輩は粗雑な割に私を『さん』付けで呼ぶ。

 多分、距離を取りたいんだろうな。

 その距離感が私には有難いんだけど……嫌いな人は嫌いなんだろう。

 ……だから私の聞いたことある先輩のウワサは大半が悪い話だ。

 友達のいない私の耳にすら入るようなウワサ……。

 私より先輩のほうがきっと……ずっと辛い思いをしてきたんだろうな。


「……おい?寝てんのか?」

「っ?!すみません。……続けますね。――――」

 

「――――私は習い事も塾も行かせて貰えなかったから、ずっとテレビでアニメを観てる子どもでした。なのでその声を聞いた時、自分が物語の主人公に選ばれたような錯覚をしてしまいました。今、思うと笑っちゃうんですけど、…………当時の私は真剣にそんなことを考えてたと思います。そんなものに頼るくらい当時の私は自分の境遇を憎んでいたから……」


『憎んでいた』と言葉にしてハッとする。

 師匠はまるで自分のことのように悲しそうな顔をし、先輩はただ私の言葉を待っている。

 私に先輩のような強さがあったら、どれだけ救われて……救えたんだろう。


「……私は《私にしか聴こえない声》の指示に従ってモール内を歩きました。最終的にモールの屋上に辿り着いて、そこに声の主がいましたか」


「声の主……」

 先輩が小さく呟く。

「はい。バスケットボールよりちょっと小さいくらいで……羽根の生えたライオンがモールの屋上で飛んでいました」

 ……この話を前にして……私はバカにされ、嘘つきと呼ばれ、虐められた。

 だから今、私は先輩のほうを見るのが怖い。

 師匠は《見える人》だから前にこの話をした時、最初から信じてくれたけど……先輩は――。


「ライオン……羽根……」

 ソファにもたれ掛かって腕を組み天井を見つめながら唸っている先輩。

 もしかしたら必死に頭の中で想像してくれているのかも知れない。


 なんにせよ、私が恐れていたようなリアクションじゃなさそうで安心した。


「……私はその声の主に『魔法少女になりたい?』と聞かれて……私は『なりたい』と即答してしまいました。《魔法少女》がどういうものかも知らないままに」


「聖奈ちゃんは当時まだ小学校五年生、子どもだったんだもんね」

「……大人だとしても即答するやついそうだけどな。利益や不利益、リスクなんか考えないで行動するやつなんかアホほどいるだろ。バイト先で流れてるラジオニュースで毎日のようにそんな奴らが捕まってるわ」


 優しい師匠と対照的に厳しい顔をした先輩。

 コレから話す内容に声を震わせる私。

 ちょうどいい温度になったお茶で喉を潤し、話は本命の部分へと入り始める。

  

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