第13話 今度こそ今度こそ
明日川さんの家から帰ると深夜二時を回っていた。
二ダブり同級生ゴリラの郡里くんから受けたダメージがまだ残っていた俺は帰宅早々眠りについた。
朝目が覚めると午前十時、顔を洗い叔父の残したコーヒーサーバーに入っている分をカップに移し替えサーバーを水につける。
これをしないと茶渋、この場合はコーヒーのしぶ?が残るからな。
叔父に声をかけようと階下を覗く。
「おはよう」
とコチラに背を向けソファに座る叔父に話しかけると叔父は俺の存在に全く気がついていなかったのかビクッと身体を震わせた。
「あ、お、おはよう、いたのか」
「そりゃまぁいるよ」
「珍しく早いな。今日は学校休みだろうに」
「まぁ休みなのに早く起きちゃう時ってあるでしょ?それだよ」
「……そうか」
……?
なんとも煮え切らない、不自然な態度の叔父に俺は不信感を抱く。
なにか隠しているのか?
「今日は土曜日だし……出かけるのか?」
「?いや、夜のバイトまで特に用事はないけど」
「……じゃあ図書館でも行ったらどうだ?」
「……誰か来るけど俺がいると都合が悪いとかそういうアレ?んじゃまぁ出かけるわ。っと、着替えが先か」
叔父の態度からなんとなく察した俺は部屋に戻りテキトーに着替えて外出の準備をする。
……特に行く当てもないけどとりあえず出るか。
スマホを手に取ると通知ランプが点滅していることに気がついた。いつからだ?
明日川さんからのメッセージだ。
『心配してくれてありがとね。アイツなんかトーサツ?用のカメラ仕込もうとして侵入してきたんだけどマジきもい!パパが体調崩したから外食行けなかったんだけど毎週ウチが金曜の夜いないの知ってたっぽくてマジヤバいよね?!』
……明日川さんってメッセージだとギャル感上がるっていうか強くなるのな。普段はもっと大人っぽい印象なのに。
メッセージの届いた時間を見ると今日の午前三時、あの後少ししてから送られてきたのか……悪い意味の興奮状態で書いたのかもな。
……さて、なんて返したものか。
俺はこのメッセージやSNSでの擬似的な会話ってやつが大の苦手だ。
表情が見えない、機微も抑揚も伝わらない、単純な文字だけのコミュニケーションというのはどうにも個人の資質に依存しすぎているような……。
「高虎ぁ!まだ出ないのか?!」
明日川さんへの返信を悩む俺に『早くしろ』と圧をかけてくる叔父。
あまり見ない叔父の一面になんだか笑えてくる。
「高虎ぁ、何笑ってんのよ。早く出てくれい!」
「あいあい、わーったよ。上手くいくの願ってるよ」
「あ、あぁ……ありがとう」
俺は階下にいる叔父に階段の上から声をかけた。
叔父ももう四十近い歳の頃だ。結婚……は早計か。
とりあえず恋人のひとりや――。
「こんにちはー!早く着いちゃいました?お邪魔だったら外で待ちますけど……?」
階下の事務所のドアが開いて聞こえてきたのは……
……おいおい、どうリアクションすればいいんだよ。
俺は階段を降りれず、叔父の顔を見る。
叔父は頭を抱えて黙っている。
「あれ?どうしたんですか?」
事務所内に入ってきた水上の姿が俺の視界に入ってくる。……これで確定してしまった。さっきまでは声が似てるだけだったのに。姿が同じなら……。
いや、まだだ!声と見た目が同じだけで同一人物とは言い切れない。
「あれ?ヤンキー先輩?なんで?」
「……よう、自称魔法少女後輩」
完全に確定したので片手をあげて挨拶した。
「叔父さん……マジかよ」
俺は階段を降りて叔父に声をかける。
「……いやまって、タカちゃん、今度説明するからとりあえず今は……」
タカちゃん?なんで今更そんな古い呼び方をしたんだ。
「すごいです師匠!こんなに早く見つけられるなんて!」
事務所のソファに力なく座る叔父の対面に座ったミナカミは目を輝かせている。
「……師匠?」
なぜ叔父は現役JKに師匠だなんて呼ばせているんだ?なんだ、俺がおかしいのか?
俺はソファで対面する二人を見下ろすように立ちすくんだまま会話に参加しようとする。
「タカちゃん、とりあえず今は席を外してもらえたり……」さっきもそう呼んでいたがソレは俺がまだ小学校低学年くらいの時の呼び方だろうが!
「なんでだよ!!」
「なんでですか?!」
ミナカミと言葉が被り、お互い顔を見合わせ少し沈黙が流れた後、ミナカミが前へ向き叔父に訊ねる。
「……なんでこんなに早く見つけられたんですか?!流石に凄すぎますよ師匠!」
「どう生きたら女子高生に師匠なんて呼ばれるようになるんだよ叔父さん……」
しきりに感心するミナカミを見ていると自然と言葉が口から溢れてしまった。
「ヤンキー先輩!お言葉ですが師匠は確かにオジサンです。でも本人に直接オジサン呼ばわりするのはどうかと思います」
「いや待って聖奈ちゃん、これにはワケが……」
「聖奈ちゃん?!叔父さん、コイツとどういう関係なんだよ?!」
「コイツ?!ヤンキー先輩はヤンキーだから口が悪いのはわかりますけどコイツ呼ばわりされる謂れはありませんよ!」
ミナカミが立ち上がり俺に指をさして怒鳴りつけてくる。身体と同じく声も大きくないので威圧感はないが怒っているのは伝わってきた。
「高虎!聖奈ちゃん!一旦落ち着いて!」
叔父も立ち上がり俺とミナカミを落ち着かせようと手のひらを上下に動かしている。
なんかサッカーの審判みたいなジェスチャーだなって俺はちょっと笑えたけどミナカミはそうではなかったらしい。
「…………タカトラ?」
「ん?……あぁそうか名乗ってなかったな。俺の名前は天城高虎ってんだよ。……もしかして変なウワサ聞いたことあるのか?」
中学時代……荒れてた時のウワサが一人歩きして伝わっているかもな。と俺は杞憂したが――残念ながらそういう話じゃなかったらしい。
ミナカミは表情を曇らせ、俯いてしまった。
「……聖奈ちゃん。ごめん、ちょっと落ち着いて話を聞いてくれるかい?ちゃんと説明するから――」
叔父が俯くミナカミの顔を覗くようにしている。
ようやく説明がなされるのか、と思った俺がソファからすぐの所にある丸椅子を運ぼうと少し動いた瞬間、ミナカミが駆け出して出て行ってしまった。
「…………はあ?!」
驚いた俺はそんなリアクションしかできなかったが、叔父は頭を抱えてソファに座り込んだ。
「ちょっと!叔父さん!アレ、アイツなんなんだよ?なんでアイツがここにきてたのかもわかんねぇし、今のなんだよ?なんでいきなり出てってんだ?」
そもそもわからねぇ事だらけなのに――あのヤロウ、更に複雑にしやがった。
だから他人と関わるのは嫌なんだ。
「……追った方が良くねぇか?」
俺はなにも言わずに頭を抱えたまま座る叔父にお伺いを立てる。
「あぁ、頼む」
叔父はビタイチ動かずコチラに顔も向けることなくそう呟いた。
……仕方ない。
誰がどう、なぜ悪いかとかわからんけど、それを整理するためにとりあえず追いかけて呼び戻すか。
俺は叔父の事務所兼自宅を出てとりあえず駅の方へ向かって走り出した。
根拠なんてないけど……まぁ電車で来ただろ。
駅までの道のりを小走りで行くと割とすぐ肩を落としトボトボと歩くミナカミの後ろ姿を見つけた。
「ミナカミ……さん」
俺が声をかけ終わる前にミナカミはまた走り出した。
「ちょ、まてよ!」
それに気付き俺も急いで追いかけつつ声をかけるがなんか変な感じになった。
駅とは違う方に走り出してしまったので今どこをどう追っているのか自分でもよく分からないが地元じゃないミナカミはもっと分からないだろう。
俺がミナカミに追いついた頃には川沿いを走っていてドラマかなんかのワンシーンみたいで恥ずかしくなった。
「……はぁはぁ、つーかお前早えよ!なんでそんな足、早いんだよ!」
「……はあはあ……」
お互い膝に手をつき肩で息をしている。
部活っぽい雰囲気だがミナカミの表情は走った疲労とは違う暗さだ。
「……はぁー。なんで逃げたんだ?」
「……ふぅ……ふぅ」
「言いたくないのか言えねぇのか。……わからねぇけどさ。とりあえず叔父さんが……あぁそういえば『オジサン』呼びがどうとか言ってたけど……あの人さ、俺の母親の弟なんだよ。……本物の叔父さん、あの人からすると俺は甥。だから叔父さんなんだよ」
ふぅ、やっと息が戻った。
馬原兄弟やら、その関係で絡んできた不良どもから逃げたり揉めたりした経験で体力には自信あるんだよな。
……あぁそうか、ミナカミも《化け物》と闘ったりして、見た目よりずっと身体動かしてんのか。
だから足も早いし持久力もあるのか……。
「……叔父、さん。なるほど。そういう事だったんですね……。分かりました」
「勝手に自分だけ納得して帰るなよ?こっちもそれなりに納得させてくれねぇと返さねぇぞ?」
「…………」
ミナカミはムスッとした表情でコチラを睨みつける。
俺も負けじと睨み返す。
「そっちが勝手に話しただけじゃないですか。なんで私がそれに返さないと行けないんですか。意味がわかりません」
「…………じゃあいいや。帰る」
俺は多くの言葉を飲み込み、踵を返す。
ここで言い返して言い合いになっても不毛だし、それをコイツとしたくない。俺はそう思ったからだ。
多分、俺が自分から飛び込んだ深夜の公園。
多分、俺が偶然巻き込まれた放課後の校庭。
そのどちらも乗り切れた、死なずに済んだのはミナカミのおかげであると言えるだろう。
自身の腕力で誤魔化した部分が多少あったが……彼女が、ミナカミがあの場にいなかったら俺はもしかしたら為す術がなく殺されていたかもしれないとも思う。
だから俺は、彼女に突っかかる気にならない。
「……あの、天城先輩」
なんかちょっと青春っぽさのある川岸の道を戻る俺の背後からミナカミが声をかけてきた。
俺は立ち止まり、振り返らない。
「……私から話します」
覚悟と責任の入り混じった、いつになく真剣そうな声色で水上聖奈は語り始めた。
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