第12話 青春街道は赤く染まるか


「もう、無理っす……」

 バタン、と俺は力なく倒れる。


 幸いにもココ、体育館裏の開いたスペースには雑草がそれなりに生えているので受け身もロクに取らず倒れこむ俺を優しく迎えてくれた。

 昨日のように校庭でこんな風に倒れたら制服が汚れるからこうはいかない。

 昨日の一件で、もう制服の替えはないのだから。


「まだまだ軽いな天城ぃ!スジはいいが一撃が軽いわ!メシ食ってんのか?」

 五、六発イイの入れたはずなのに郡里くんはピンピンしてやがる。

 耐久力がマジで異常だ、同じ人間とは思えん。

 どんだけ全力で殴っても、蹴っても平気で受けてカウンター入れてくるゴリラとのタイマンで俺はもう今にも寝そうだ。カウンターくらいすぎた。

 

 つーか階級差いくつあんだよ……。

 俺だって八十キロ近くあるんだけど全然効いてねぇし、この筋肉だるま多分、余裕で百キロ超えてるだろ。

 

「郡里くんさぁ……マジでこういうの卒業して格闘技やってよ。……俺じゃ相手になんないし、郡里くんもつまんねぇでしょ」

 泣き声みたいだが事実だ。

 俺だって学内では郡里くんに次いで二番目に背が高いし決して痩せ型ではない。

 中学時代に色々と絡まれたせいで喧嘩だって慣れてないわけじゃない。

 最近はわけのわからない出来事に巻き込まれて、命のやり取りまで経験済みだ。

 なのに、この人には一向に叶う気がしない。

 

「格闘技はルールがあるからなぁ。喧嘩には何をされるかわからんっていう面白さがあってソレが楽しい!みたいなところあるだろ?」


 ……同じ日本語を喋ってるはずなのに理解できん。

 マジでこの人ギリギリ人間ってだけで根本的なところが違いすぎる。

「……もう地下格闘技とか行ってくれよ……」

「む?なんだそれは?」

「えー、知らんのですが、地下格闘技ってのはほとんどルール無しの……って言っても俺も詳しくないんで説明出来ねぇっすわ。すんません」

 本職の金田とかに聞けば違法っぽいそれらしい場所紹介してもらえるだろうけど……あの人らでも郡里くんは持て余すだろうな。

「ふん、まぁいい、誰かに聞いてみるわ。とりあえず俺は帰るがお前はどうする?」

「あー、ちょっとこのまま寝ます。喰らいすぎたんで」

「こんなところで寝るのか?……お前変わってんな、まぁいい、また遊ぼうぜ」

 変わってるって……アンタにだけは言われたくねぇってみんな言うよ。

「お疲れっした」

「おう、またな」


 ……あぁ今日は一年の……ミナカミさんのところに行って話聞くはずだったのになんでこうなるかねぇ。

 

 ようやく『母さんが死んだあの事件が』その答えを知っていそうな手がかりを見つけたって言うのに……。

 ……まぁいい、同じ高校に通ってんだ。今日じゃなくても聞く機会はあるだろう。

 今までずっと探していたんだ、ほんの一日くらい……………………。


 ――――――――――


 体育館裏で寝て起きると辺りはしっかりと暗くなっていた。スマホを見ると二十時を回っていた。

 俺は急いで帰ることにする。

 校舎ももう閉まっているだろうからカバンは置いて行こう。裏門の横の抜け道から校外へ出て帰路へつく。

 帰りの電車を駅のホームで待ちながら、さっきスマホで時間を確認した時にメッセージが来ていたことを思い出す。


『生きてるかー?水上さんの件どうすんだ?』

 都成からの連絡だった。

「……」

『生きてる。明日頼む』

 俺は遅くなってしまったがそう返信した。

 明日……といったがよく考えたら明日は土曜日か。

 ………てことは今日、金曜………って今日バイトあんじゃん!?


 駅の電光掲示板を見るとバイト先のある駅に停まる電車はまだまだこない。……こうなったら走るしかねぇ。

 

「くそがぁ!!」

 俺は全力で走り、バイト先のコンビニへと向かった。


 着いた頃には脚が嘘みたいにパンパンで汗も秋口の夜とは考えられないくらい流れていた。

「はぁはぁすんません。遅れました」

 息も絶え絶えのまま挨拶してすぐに着替える。飛んじまった俺の代わりに誰が入っているんだろうか。

 

 

「天城くん、キミぃ困るよ!あり得ないよー?学校じゃないんだよ?!仕事をなんだと思ってるんだい!」


 遅刻した俺の代わりにオーナー兼店長が出ていたようで出勤するなり怒られた。

 

 内心、今までバイトに遅刻したことはなかったし、なんならお前の息子の遅刻を俺が今までどんだけカバーしたと思ったんだ。と思っていたがソレを言ったらいよいよ最期まで行くことになるのが目に見えてるので俺は何も言わずに頭を下げることに集中した。


 俺はここを辞めるわけにはいかない。

「だいたいねぇ、君あれでしょ桜間東でしょ?あんな学校行ってなんになるのかねぇ?さっさと辞めて働いた方が良いんじゃないの?どうせあんな学校出たところで進路なんか就職しかないんだから。――――」


 言いたい事言ってんなぁ。

 頭の上を過ぎていく言葉を俺は無視して頭を上げジッとオーナーの目を見る。

 

「……反省してるフリはもういいから、さっさと働いて!私は帰るから――ってなに?!その顔!」

 ギョッとした顔で

「……?顔ですか?」

 別に何も変わったことはないつもりだが……と思いつつ鏡を見ると頬骨辺りが腫れてるし鼻血が散ったのか顔中が赤くなってる。郡里くんのせいだ。


「……さーせん。顔洗ってきます」

「病院行った方が良さそうだけど……バイト終わるまではちゃんと働いてね」

 そう言ってオーナーは帰って行った。

 これが俺がここを辞めるわけにはいかない理由だ。


 普通なら明らかに殴られた跡のある高校生に働かせたり、お客さんの前に出すなんてあり得ない。

 でも、あのオッサンはそうする。

 なぜなら自分と家族しか大事に思えないから他人に対して本当に興味がないのだ。

 明日には俺が怪我していたことを忘れるだろう。

 でも俺が遅刻したことは忘れない、それはオーナーが俺の代わりに働かされたからだ。


 嫌な人間ではあるがソレが徹底しているし、なにより他人に興味がないおかげでコチラから無駄に話を引き出そうとしたりしないのが俺からするとありがたかったりする。

 自分の話ばかりで人の話を聞かない人間というのは訊かれたくないこと話したくないことがある俺のような人間からすると助かるのだ。


 このコンビニでバイトする前に働いていたところでは『親がいなくて叔父のところに住んでる』と知られただけで根掘り葉掘り聞き出そうとする連中が多くいて嫌気がさした。

 だが、ここではそんなことが起きない。

 だからあのオーナーの息子が毎度のように遅刻してきて、謝りも感謝もせず残業した俺と交代するのも許しているのだ。


 ……が、今日はどうにも遅い。

 二十二時の交代でたいていヤツは二十三時頃には着いてるのに今日はまだ来ない。

 時間はすでに深夜零時に差し掛かっていた。


「ちっ!いくらなんでも遅せぇな。なんか事件にでも巻き込まれたか?」

 俺は外を走るパトカーをみて思わず出た一人言に自分で驚く。

 事件……。昨夜のような、この前の公園のような事件に巻き込まれた可能性も――。

 

 またパトカーがコンビニの前を通り過ぎる。

「多いな」

 これが都会の繁華街ならザラにある事かもしれないがここじゃ相当珍しい光景だ。

 消防や救急は出てないし、家事やら事故じゃないのか……?


 プルルルル!!!!


 バックヤードの固定電話が鳴り響いた。

 漫画雑誌を立ち読みしていた若そうな客が小さく『ヒャッ?!』と驚いている。

 アイツは名前も顔も知らんけどほっといて電話に出ても怒るような客じゃねぇし電話、出るか。


「はい、もしも――」

『天城くん?!悪いんだけど今すぐにお店閉めて帰ってもらえるかな?扉のカギわかるよね?!』

「オーナーっ?!え?なんすかそれ――」

『ごめん、今は説明しようがないから宜しく!電気とか全部消して行って!』

 ツーツーツー。


 言いたい事だけ言って切りやがった。

 俺は急いで立ち読み客にテキトーな言い訳を並べて追い出し、店長の伝言通りに店じまいをした。


 ……あの慌てっぶりから察するにマジで事件かなんかあったな。

 店じまいをしている最中も通ったパトカーがそれを物語っているようにも思う。

 全部合わせたら四、五台は通ったからな。こないだ馬原兄弟に拉致られた時ほどは多くないが、普通に考えたら多いわな。

 パトカーの向かった方向は住宅街しか……明日川さんの家の方角だ。「まさかな……」


 いや、ヤツならなら大いにあり得る。


 あのクソの親であるオーナーの焦りよう、パトカーの向かう方向、過去に明日川さんへ行ったストーカー紛いな言動。

 ……いや紛いだなんて抜かしたのはバカなお巡りだ。アレは俺からすれば完全にストーカーのそれだった。


 そう思うと俺は居てもたっても居られずコンビニの裏口を閉めるとすぐに明日川さんの家の方向へと走り出した。


 頭の中では『行ったところで俺に何ができる』とか『他人と関わりたくないとか言ってるくせに』と言った思考が巡るのに足は止まらない。


『自分に酔ってる』んだろうな恥ずかしい。

 けど、きっと『行かなくてよかった』って未来はない気がするんだ。



 ――パトカーがあれだけ出ていたからにはきっと事件そのものはもうすでに片付いているから俺にできることなんてないだろうと考えた通りの状況が目の前に広がっていた。


 すでに午前一時近いはずなのに辺りの家々は煌々と電気をつけて、人々が野次馬の如く集まっている中心に明日川さんの家があった。

 警察が野次馬の整理をしている。

 見知った人は見当たらない。


 人混みを掻き分けて進むと明日川さんの家の前で明日川さん本人と両親が肩を抱いて立っていた。

 睨みつけるような目線の先には一台のパトカー。

 スモークで見えないがあそこに多分……。

 そのパトカーの近くで警官と……コンビニのオーナーが話している姿が見えた。

 

 あぁやっぱりそうだったのか。

「アマちゃん?」

 明日川さんがコチラに気がついたらしく声をかけてきた。

「すんません。知り合いなんです」と野次馬を止めるため警備に立っていた警官に説明すると首を横に振られたが明日川さんがコチラへ寄ってくると警官も流石に通してくれた。


「明日川さん!大丈夫っすか?!」

 自分でも思っていたより大きな声が出てしまった。

「……」

 明日川さんも驚いた様子だ。

「あ、すんません。騒がしくて……」

「ふふっ、ビックリしちゃった。心配してくれたんだね?」

「そりゃするでしょ!……怪我とかはないんすか?」

 寝巻き……?の明日川さんは特に外傷はなさそうだが……。

「うん……平気だよ。直接なにかされたってわけじゃないから」

 その言いようからすると……間接的になにかされたってわけか。

 言いたくないだろう。訊かれたくないだろう。

 俺はそういう人間だから……俺ならそう思う。

 だから俺は訊かないし訊けない。

「無事でよかったっス」

「心配かけてゴメンね?」

 あざとく首を傾げる明日川さんはいつもより、ちょっと無理して見えた。


「……」

 心配そうにコチラをみる明日川さんの両親が視界に入った。帰った方が良さそうだな。

「今日、バイトだったの?……それとも誰かに聞いてわざわざ来て――」

「――すんません。勝手に来といてなんですけど俺がいても出来ることなさそうなんで帰りますね」

「えっ?!!」

 今度は明日川さんが自分が思っていたより大きな声を出して驚いていて、恥ずかしそうにしている。


「……もし、警察じゃ解決できない。頼りにならないって思ったら連絡してください。荒事なら多少、慣れてますから力になりますよ」

「…………それ以外じゃ連絡しちゃダメってこと?」


 明日川さんは揶揄うような、意地悪そうな顔でそう言った。俺は返答に迷って頭を掻く。

「……ごめん、冗談だよ?私ももう戻るね。お父さんがアマちゃんのこと睨んでるし」

 と言って笑いながら明日川さんは手を振って帰って行った。


「青春だねぇ」

 一部始終を見て聞いていたであろう若い警官にそう言われたけど誰だテメェ。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る