第19話 とある中年男性の午前
ジリリリ!
来客を知らせるチャイムが鳴る。
はて、今日は予約などなかったと思うが……珍しい、飛び入りの相談か。などと考えながらコーヒーを片手に階段を降りた。
時計を見るとまだ朝の九時、嫌な予感がする。
「私、憑かれてるんです」
あぁやっぱり。
事務所の扉を開けると開口一番そんな言葉を投げられた。そこには『らしい』格好をした猫背の女性が立っていた。
全体的にヨレヨレな服に、痩せていると言うよりも疲れた雰囲気。
この手の人はだいたいが……。
俺は昨日、一昨日と十数時間ずっと運転して八朝山まで《見えない》甥のために《見えるようになる不思議な仮面》を買いに行っていたから疲れているのにツイてないなぁ。
「すみません。上でまだ寝てる者がいるのであまり大声を出さないでもらえると嬉しいのですが……」
「あらっ!すみません……。恥ずかしいわ……」
女性は口に手を当てて首を振っている。
……なんとも縁起くさいというか……。
甥は今日
今までのそれと違い今週の遅刻はそれなりの理由があるので大目に見てはいるが……。
……果たしてアイツはこのままで卒業できるのだろうか。
亡き姉……
「……座っても?」
「はい。どうぞ」
女性を事務所のソファに案内して来客用のお茶を淹れていると我が家の問題児が起きてきた。
「ふああぁ……。学校いってくらぁ」
「高虎、お前本当に遅刻多すぎるけど卒業できるのか?」
「大丈夫大丈夫。んじゃ」
「すみません。失礼しました」
「いえいえ、お子さんですか?ずいぶんと大きいですね」
「いえ、アレは甥です。あぁそういえば挨拶が遅れてましたね、すみません。『天城相談所』の天城です。」
「……あっ私もし忘れてました……。三田と言います」
「ミタさんですね。よろしくお願いします。……ではさっそく話の方、聞かせてもらっても?」
ローテーブルにお茶を置き女性の正面にある一人掛けのソファに座ると女性は語り始めた。
寝ないように気をつけないとな……。
どうせまともな話ではないだろうし。
「さて……どこから話せば良いのでしょうか」
「……お好きなところからで大丈夫ですよ」
「はい。では……あれは私がまた小学生のころ、当時、大人しかった私はここよりもずっと田舎に住む祖母の家に夏休みに行くのが好きでした。でも祖母の住む家のある村には……とある因習があって……」
因習のある村……。
なにか映画でも観たのだろうか。
「――――という事があったんです……。私、呪われてますよね?憑かれてますよね?」
おかしい。
壁掛けの時計の針が知らぬ間に十時を指している。
目を閉じた記憶はないのに一時間も時が進んでいる……だと……。
余りにも荒唐無稽な話を延々と聞かされ続けたせいで目を開けたままに寝てしまっていたのかも。
「……あの?」
おっとマズイ、この手の《話を聞いて欲しい》人相手に寝ていたなんてバレたら大変な事になるぞ……。
「えぇ、そうですね。恐らく貴女のおっしゃる通りかと……」
「?!やっぱり!そうだと思ったんですよ」
因習の残った村がどうとか言ってたし適当に合わせておけば問題ないだろう。
俺はそのまま細かい話は躱わしながら、それらしい相槌で肯定を繰り返した後、近所の『メンタルクリニック』を紹介した。
「メンクリ……ですか?アナタも私のこと頭のおかしな人間だって差別するんですかぁぁあ?!!!」
マズイ。想像通りブチギレた。
俺は想定していた事に気づかれないよう敢えてキョトンとした様な表情を作り、この手の人が来た時用のセリフをつらつらと並べる。
「え?あぁ、違うんですよ。ここのクリニックは普通のクリニックを表面上では装っていますけど実情は『知ってしまった人』を拾い上げるためにやってるクリニックなんですよ」
「……バカにしているの?」
「いえ、……世の中にはミタさんの様に巻き込まれて知ってしまった、気づいてしまった人と言うのが多少なりともいるんですよ。そう言った方たちが皆、無事にウチのようなところへと辿り着くわけじゃないんです。大抵の場合、家族友人に相談し……メンタルクリニックのような場所へ行かされる。そこで効果のない薬や治療を受け……。わかりますよね」
「はい……想像はつきます」
「そうした人たちが集まりやすい場所で《本当に困ってる人》を探しているのが今ボクが紹介した《メンタルクリニック》なんですよ」
「な、なるほど……。……?メンタルクリニックで見つけた《本当に困ってる人》をココに紹介するならわかるんですけど、ココからメンクリを相談される意味がわからないんですけど?」
……バレたか。
ここで素直に『アナタに必要なのは適切な治療とお薬です』と言えたら楽なんだけど……そうはいかないし、そんなこと言ったらこの先どんな目に遭うか。
「……ハッキリと言いますと、ウチはもっと簡単な、もっと日常的な《怪異》を専門とさせて頂いてまして……」
「つまり!私に起きている問題は扱いきれないと?!」
「はい……誠に申し訳ないのですが、言葉を選ばずに言わせていただくとその様な形になります。……幼少期から続くその村の因習による――」
「――村?因習?私そんな話しましたっけ?!」
?!
な……何が起きてる?
……まさかこの人、自分が話した内容を忘れてるのか?!
「……」
マズイ。コチラを訝しむ様な、疑う様な目で見始めた。さっきまであんなに楽しそうだったのに。
とにかく黙るのはマズイっ!なにか話さなくては。
「……最初、ミタさんが話し始めた時に言っていましたよ。お婆さんの住む村に預けられていた時期があり、その村にはある因習が残存していた……と」
「……言ってたかしら」
くっ、コイツ小一時間も訳のわからん作り話でコチラの時間奪っておいて自分は忘れてるとか邪悪すぎる。高虎だったら確実にキレ返してるぞ……。
「ボクはその話を聞いた瞬間から勘づいてました。『あぁこの人は問題を直視できない様にされているな』と」
「な、……それはどういう」
食いついた。
『他人に話を聞いて欲しい人』の大半は『人の話を聞く気がない』のだがこうやってよく分からない話を並べて『知りたい欲』を刺激してやると意外と聞いてもらえるもんだ。
「村、因習……いくつか思い当たる節があるんですけど……聞くうちにいくつか候補が絞れました。その上でボクの手に負えないと判断して《メンタルクリニック》をご紹介させてもらったという運びになります」
「……つまり、私が結婚できないのも、親から悪口ばかり言われるのも学生時代イジメられていたのも職場で陰口ばかり言われてるのも全て……幼少期から呪われていたからと言うことですね?!」
……さすがにコレを肯定するのが憚られる。
本気で彼女のことを思うのならば恐らくココは否定するべきなんだろうけど……それは自分の仕事ではない……と思う。
「今ボクがここで説明をするよりも全て含めて《クリニック》で説明を受けた方が分かりやすいと思うので、是非そちらで」
「なるほど分かりました。……伺ってみますね」
「是非!今日のお代は結構ですので……是非伺って下さいね」
お互いのためにも。
良かった。ようやく帰ってくれた。
いつの間にか正午を指す壁掛け時計を傍目に捉えながらミタさんを見送り出すことに成功した。
……この手の客は割と多い。
物語調の話し方をする人の殆どが嘘か勘違いだ。
本当に困ってる人は……。
ジリリリ!
来客を知らせるチャイムが鳴る。
昼食を摂ろうと思っていた矢先なので居留守でも使おうかと思ったが、時間的に先程のミタさんが出てきたのを見られた可能性が高いのでイヤイヤ対応する。
事務所の扉を開ける。
「あの……お昼時にすみません」
大人しそうな……敢えて言うなら地味な女性と。
「しゃーす!ちょっと聞きたいことがあるんすけど予約とかなくて平気っすか?」
ホスト風の身なりをした若い男性がそこには立っていた。
あぁなんとなくだけど
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