第9話 何回まわっても世界は止まらない


 ウソ見たいだろ?飛んでるんだぜ。俺。


 体育館の扉を開けて中に入ったあと俺はそんなふざけたことを考えながら空を飛んでいた。

 時間にしたら二、三秒とかそこいらなはずなのに不思議なもんでゆっくり考える時間があるような感覚があるんだなぁ。これが昔の偉い人が言ってた特殊相――。


「ぐはぁあっっ?!」


 ゴロンゴロンと勢いよく転がって減速する。

 アスファルトに叩きつけられてなお転がったせいで身体中の至る所に擦り傷を負い、あちこちから出血し制服もボロッボロになる。

 衝撃が走った腹部を満身創痍、立ち上がりながら見てみると馬のヒズメ?蹄鉄?のような痕がクッキリと残っていた。


「うま……?馬??」


《見えない馬》が敵ってこと?

 そんなもん見たこと……は当たり前にないけど、聞いたこともねぇよ。

 今日一日じっくりと授業中に寝まくったのにも関わらず負ったダメージが大きすぎて激しい睡魔が襲ってくる。

 《見えない馬》はたとえ俺が寝ようと攻撃のではやめないだろう。寝るイコール死だ。

 

 パチンっと自らの頬を叩いて生気を戻す。

「よしっ!」

 決めた!なんだかしらねぇけどこの《見えない馬》をこないだみたいにぶっ飛ばしてさっさと寝る!

 あと起きてられたら厨二……じゃなくて《魔法少女》に色々と話を――。


「おぶっぅっ!!」


 日に二度も馬に蹴られ空を飛んだことのある高校生がこの世界に何人いるだろうか。

 多分、今日に限っていえば俺だけだろうと断言できる。

「……う、おう……うぉえぇええ」


 腹部に走った激痛と衝撃で胃液と朝コンビニで買って食った握り飯をぶちまけた。胃酸の辛さで喉が焼ける、涙も出てくる。

  

 体育館にいたはずが校庭の真ん中付近で四つん這いでゲロ吐いてる高校生がこの世界に……。

「ふざけんな、馬コラぁ……ボコスカ蹴りやがってテメー……」

 なんて口を拭いながらイキり散らかしたところで見えない《ソレ》をどうにもできやしない。

 

「避けて!!」


 《魔法少女》の声に反応して四つん這いになったまま真横に飛び退くと顔の近くを風が切った気がした。

 間一髪、避けられたということだろう。


「……ありがとう魔法少女後輩!」

「……なんでそんな無防備なんですか!キチンと予備動作を見てください!死んじゃいますよ!」


 無茶言うなよ。

「俺は《見える》側じゃねぇんだ!アンタ、馬の居場所がわかるなら教えてくれ!」

「えぇ?……先輩って何者なんですか――ってあぶなっ!」

「うおおっー?!」

 俺は水泳選手かってくらい全力で土の校庭に飛び込み見えない攻撃を躱わす。とにかく今はなりふり構わず動き続けるしか選択肢がなさそうだ。

 

「本当に見えてないんですか?」

 なんでコイツはちょっと猜疑的な目で俺を見ているんだ?見えないフリする意味がないだろうが。


「いいから!居場所とタイミングを教えてくれ!」

「目の前です!」

 自称魔法少女の言葉とほとんど同時に俺はナニカにぶち当たる。

 俺は咄嗟に両手で《見えない壁》に手を当て強く弾く、その反動で距離をとった。

 一瞬触れただけだが、その無機質で温度を感じない異質な《ソレ》に覚えがあった。深夜の公園で俺の身体を掴んできた《腕》と似た不気味な感触だ。


「一度校舎に逃げ込むのはどうだ?!」

 来る方向が全くわからないというのはとてもやり難い。相手のいる方向を限定できるような場所、校舎内ならなんとかなるかもしれないと思っての提案だったが……。

「校舎内で暴れられたら崩壊の危険があるからダメです!あぁっ避けてください!!」


「っうおっー!??もう無理だっ!いつまでもこんなんやってらんねぇよ!」

 敵の姿が見えないので今のが危なかったのかすらわからない。その姿さえ見えればいくらだってやりようは浮かぶかもしれないのに。

 


「あっ、こっちに――」


 《魔法少女》の方に敵が向かった?

 マズイな、二回見て二回とも負けかけてる所からみると彼女は弱い。

「逃げ――!」

 ろ。と俺が言い終わる前に彼女の前に薄っすらと見える透明な板?壁?が現れたように見えた。がそれはナニカによって簡単に崩され《魔法少女》は身構えたまま弾き飛ばされる。なんだってんだアレは?


 弾き飛ばされた《魔法少女》のことより半透明の板が気になる。……そういえば自称魔法少女なのに魔法を使ってる姿は見てないな……今のアレが魔法だったのか?

 いや、今はそんなこと考えてる場合じゃあない。

 弾き飛ばされたあと、追撃なんてされたら――。


 後輩のために身体張って頑張りますなんてタイプじゃないんだけどな。大きく息を吸う。 

 

「うぉい!!コッチにこいよ!俺が相手だ!」

 見えない敵の注意を引こうと大声を出す。

 《魔法少女》がわずかに動くのが見えた。どうやら無事……ってわけではないが息はありそうだ。


 姿が見えないからって別に攻撃が当たらないわけじゃないし、無敵ってわけでもない。公園でやった時みたいにドデカい一撃入れれば勝機はあるはずだ。

 けど、あの時は《魔法少女》のアシストがあったから完璧なカウンターを入れられたわけで、今その頼みの綱は……。

 傍目に映る彼女は俯けに倒れたままなんとか身体を起こそうと必死にもがいている。あんな満身創痍の後輩の女子に、手伝わせようなんて頼めねぇな――。


「うがっ?!!」


 三度目の攻撃。

 を喰らう。


 コチラからは一度も攻撃できていないのに向こうからの攻撃はもう三発目。そのどれもが俺の身体に十分なダメージを与えてきている。

 ……そうかさっき《魔法少女》の前に現れた半透明の壁はきっとバリアだったんだ。

 朦朧としてきた意識の中、校庭に倒れ込んだ俺はそんなことを考える。

 そうでもなきゃ俺よりずっと小さく軽いであろう、あんな女の子がこんな攻撃を何発も喰らって生きていられるはずもない。

 ……あぁなにかコチラに近づく気配がする。

 ムカつくなぁ。せめてそのツラ見てみたかった。


 地面の土を握りしめて悔しさに震える。

 もうなにも手がない。

 この土でも投げるか。

 そう思って倒れたまま手の方へ目線を向けると……。

「……あれは、仮面?」

 そうだ。

 アレは《魔法少女》が被っていた…………。

 犬?たぬき?のお面だ。


 なんとなく手を伸ばし、仮面を手に取った。

 木?出てきているのか軽く、それでいて少し温かみがあった。《見えない敵》とは大違いだ。


 コチラに真っ直ぐ向かってきていた気配が止まった気がする。なんの確証もないんだけど、そんな気がした。


「コレか?コレのチカラか?!」

 俺は痛みと眠気を我慢しながら手に持った仮面を前に向ける。

「ち、違います!それにそんなチカラはありませんっ……」

 素顔の《魔法少女》が未だ立ち上がれないまま必死にコチラへ届くよう声を振り絞ったように伝えてくる。

「じゃあどう使えってんだよ!」


「か、仮面なんだから顔に当ててください!」


 そうか、いや、そうとしか使わないか。

 なにを変身ポーズみたいに掲げてたんだ俺は、恥ずかしい。恥ずかしい……がちょうどいい、仮面を被れば顔も隠れる。


「きぃやああ!!やめてください!!!!」


 ん?!なんだ?!コチラでなく向こうに敵がいったのか?!

「おい?!どうした?大丈夫か?!」


「大丈夫じゃないですよ!何考えてるんですか?!」


 ……?《魔法少女》は想像と違い元気だ。

 襲われたわけじゃないのなら何故あんなに騒いでいるんだ……?


「その仮面!さっきまで私が着けていたんですよ!先輩がそれ着けたらか、か、か、間接キ、キ、――」

「……?あぁ間接的に顔面を擦り付けたみたいになるのか」

 年頃の女の子はそういうことを気にするものなのか……。めんどくせぇ。


「安心しろ、顔に直接は着けない」

 そういって顔の前に仮面を持ってくる。

 仮面の目の部分から覗いた世界には――。


 化け物が、巨大な化け物が目の前に現れた。 

 

 

 

 


  

 

 

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