第10話 ナイストゥーミーチュー


 落ちていた仮面の眼の部分に開いた穴から向こう側を覗くと世界が、見える景色が色づいて見えた。

 異様なほど薄暗く陰鬱な雰囲気に満ちていた先程までの光景とは大違いだ。

 人気がなく、照明類が点いていないから暗いのかと思っていたがそうではなかったようだ。


 見慣れた放課後の夕焼けに染まる校舎、校庭の真ん中には……化け物。


 怪物、怪獣、怪異、悪魔、妖魔、瞬間的に思いつくだけでもこれだけの表現が浮かんだが、どれもしっくりくるし、微妙に違う気がする。

 

 二足歩行する双頭の馬が仁王立ちで首をブルブルと威嚇のようなことをしてコチラを見ていた。


「馬、馬だな……」

 顔面は馬だ。間違いない。

 二つ頭があるという異様さよりもバキバキにムキムキな身体つきが印象で上回るのは俺が今なお勝ち筋を考えているからに他ならないからだ。

 

 ……さて、どう戦う?


 百八十センチ後半の俺がゆうに見上げているということは相手は身の丈三メートル近くあるはずだ。体重差は……。

 現実的に考えるなら神経が集まってるとか言われてる鼻周り、人体に近い構造なら正中線を攻めるべきか?

「そもそもコレは生物なのか……?」

 弱点なんてモノが存在しない可能性の方が高いだろ。


 ブォオーーー!!!


 と、聞き慣れない雄叫びと共に化け物はコチラ、ではなく《魔法少女》の方へ駆け出した。

 ターゲットが二転三転するのはなぜだ?俺とアイツのどちらを狙っているとかではないのか。


 その巨体からは想像ができないほどの猛スピードで駆ける化け物の側面を突いて飛び蹴りを喰らわせると倒れるまでは行かないまでも体勢を崩した。

 仮面のおかげで見えるようになったのでわかったがコイツ、視野がアホみたいに広い。

 今の飛び蹴りに多少なりとも反応してやがった。


「……なんか弱点とかねぇのか?!」

 まだ倒れたままの《魔法少女》と化け物の間に立つようにして背中越しに《魔法少女》へと問いかける。


「弱点ですか?……特にそういうのは

「!?じゃあ普段どうやって対処してんだっ?!」

「どうやってって……普通に魔法で倒してますよ!」

「じゃあ今もそうしてくれ!今にも向かってきそうなんだ!」


 俺がそう言い終わると同時にコチラへと全力で駆け出す化け物。

 縦に並ぶべきじゃなかったか。

 あの巨大であのスピード、体当たりですらハンパじゃない威力になりそうだ、が避けるわけにいかない。


 公園でやったようなカウンターを決めるしか俺に、俺たちに活路はないだろう。

 魔法とやらがどれほどの威力を持っているのか想像することしかできないが、それが十分なモノだとしたらなにも問題ない。しかし、もしそれがこの化け物の勢いを止めるほどの威力が無かったとしたら……。


 だから俺は全身全霊で立ち向かう。

「悪いな」

 と呟くが、背後にいる《魔法少女》に、この言葉が届いたかはわからない。

 俺は手に持った仮面に付けられているゴム紐の輪に頭を通す。

 

 これで両手が空いた。

 全力でぶん殴れる。


 足は肩幅より少し開いて半身になる。

 防御は考えず左肩を化け物にむけて身体を捻り力を溜める。

「ふぅーーー」息を深く吐き集中。


 二つの頭についた四つの目と目が合った気がした。


 化け物は直前で前傾姿勢になり、二つの頭を振り始めた。狙いが定まらない。

 噛み付くように口を開いた化け物。

 肩か首でも狙ってんのか?

 

「タダでやるわけねぇだろ!!」

 

 左の肩に化け物の歯が触れるか触れないかというところで左半身を引き渾身の右ストレートを片方の頭に叩き込む。


 呻めきもせず顔を背けた、側でない方の無傷の頭が、口が俺の右半身に噛み付いた。


「ぐぅあああ!?!」

「退いてくださぁーい!!」

 光芒一閃とでも言えばいいのかピカッと後方が光ったと思ったら俺に噛み付いていた向かって右の頭が消滅している。

「な、なん、」

 あまりにも突拍子のない事態に言葉が追いつかない。


「まだまだぁ!」

 眩しい……光線が、ビームが複数飛び交い、頭を一つ失った馬の化け物に襲いかかる。

 

「って、ほとんど外してんじゃねぇか!!」

「しょうがないじゃないですか!難しいんですよコレ!」


 嘘みたいだ。

 あれほど撃って最初の一撃を含め片手で数える程度しか当たっていない。

「もっと撃て!数撃ちゃ当たるだろ!?」

 《魔法少女》と化け物の間に位置していた俺は全速力でその場を離れようとする、このままここにいては巻き添えを喰らいそうだし、邪魔になる。


「無理ですぅ。もう弾切れです」

「はぁ?!おまっ……」

 俺は急いで後輩を護るために元の位置へ戻った。


 とはいえあれだけ撃った光の……ビーム?は数発ほど当たっていたようで化け物の身体は何箇所か煙が出ている。蒸発?いや浄化とかのほうがそれらしいか。


 なんにせよ今が好機。

 俺は化け物との距離を一気に詰める。


 待ってましたと言わんばかりに大口を開けてまたも俺を喰らおうとするバカな化け物に駆け寄った勢いをそのまま全力で殴りかかる。

 瞬間的なことなのに頭の中ではゆっくりと時間が流れているかのような錯覚があった。

 あぁ馬だから歯が鋭利ではないんだとか、なんか二つ頭でバカな馬って覚えがある気がするなとか、今考える必要がないことを考えてしまう余裕がある。

 鼻や胴体を狙うこともできたが、せっかく大きく口を開けてくれたんだ…………。


「馬が虎を喰えるわけねぇだろうがァァァァ!!!」


 化け物の口の中に全力の拳をお見舞いすると『グギやァァ』となんともいえない断末魔をあげて化け物は灰になった。


 殴った感触は人のそれとは何かが違って不思議な感じだ。でもそれが何かはわからない。

 深夜の公園で殴った時と同じだ。


 俺はどっと疲れ身体のコントロールを諦めて地球に抱きしめてもらった。

 殴った勢いのまま地面に倒れ込んだので、また無駄な怪我をしてしまった。

 いやだなぁ明日の朝まで校庭で寝るとか風邪引いちまうぜ。


「……お疲れ様です。え?!先輩また外で寝るんですか?」

 じゃない魔法少女が近寄ってきた。俺と同じくらいあの化け物から攻撃喰らってたはずなのに大したもんだ……。

 

「お疲れ、魔法少女後輩。またって言うけどなぁ俺だって寝たくて寝るんじゃねぇんだ……よ」

「その呼び方やめてください!長いし恥ずかしいし……って仮面!!被らないでって私、言いましたよね!?」

 

「……あー、うん悪い。謝るわ……謝るから寝かせてくれ……」

「え?なんですかそれ?なんか悪いと思ってないけど寝るために謝ってるみたいな感じ出すのおかしくないですか?」

 おぉ……めんどくせぇ。

 クラスの女子たちに囲まれてた時とか登校中見かけた時はもっと物静かな印象だったのにめちゃくちゃ突っかかってくるじゃん。


「まぁ……とはいえ助けてもらったのは事実なので仮面の件については不問にします」

 なんで急にこんな偉そうになったんだコイツ。

 めんどくさい事になるのが分かりきってるから突っ込まないでおくけど。

「とりあえず《魔法少女後輩》でしたっけ?あの呼び方は金輪際しないで頂きたいですね。私には水上聖奈みなかみせいなという名前があるんですから」


「……あぁそうか、覚えたよ。ミナカミさん」

 基本的に俺は他人を呼び捨てで呼びたくない。

 懐かれたり、仲がいいと思われたくないからだ。

 それはこんなアホっぽい後輩が相手でも……。


「意外ですね。ヤンキー先輩なら下の名前をいきなり呼び捨てとかもあると思ってましたよ」


 ……嫌なあだ名返しか。ミラーリングってやつだな。

 正直言って他人にどう呼ばれようとなんとも思わないからそれは失敗だよ。


「安心してくれ。俺はキミと特別仲良くなりたいわけでも仲間になりたいわけでもないんだ。ただ答えが知りたいだけ……なんだ」

「えっ?!……なんなんですかそれ?答え?」


 困惑するミナカミに俺は付き合いきれそうもない。

 眠気が激しすぎて目が……曇ってきた。

「まぁ……そのうち……聞きに行くよ……」


「……あっ、そう言えばヤンキー先輩って名前はなんて言うんですか?!ってほんとに寝た?…………死んだんじゃないですよね……?…………あぁよかった。じゃあほんとに助かりました。今日も公園も……トイレの件も」


 結果から言うとその後、数時間俺は校庭で寝ていたところを発見した警備員が警察に通報、夜の十時半ごろにやってきた警察に起こされ『死体と間違えた、紛らわしいことをした』として補導、説教を受けた。

 結局、派出所から帰された頃には十二時を回っており四日連続で日を跨いでから帰る事になってしまった。

 中学の頃と違うのはこの四日とも俺の意思や意図が関係ないということは留意していただきたい。


 そして俺は翌日、例の如く遅刻をしたってわけさ。わかるだろ?

 

 

 

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