第8話 自分で肩書を名乗るのってちょっと


 「怪我とかはないんだよな?」

 警察署からの帰り道、叔父の運転する車の中でそんな会話になった。

 

「……ないよ。ちょっと腹、蹴られたけど知ってるでしょ?この程度すぐ治るから」

 叔父は俺の超能力について多少知ってる。

 中学時代、馬原兄弟によって腕を折られた後、数日で完治した時にバレたからだ。

 叔父はその『不思議な力』を我が家の血によるものとか言ってたな。あの頃は馬鹿げてるとしか思えなくて流したけど……今は。


「治るからって無茶はするなよ。……今回は本職の人間まで出張ってきたんだろ?本当に殺されるかもしれないんだぞ?」

「かもね、でも今回はそうならない確信があったし……。つーか俺がどうとかじゃないんだよなアイツらは……」

 馬原兄弟にコチラから手を出したのは中学までで、卒業してからは一度も手を出してない。

 ずっと逃げるか隠れるか、防御に徹するかでやってきてる。それでも、いやそれがまたヤツらを苛立たせるのか際限なくエスカレートしているのが現実だ。


「……確信って?」

「ん?あぁ、単純に連れてかれた時、目撃者が山ほどいたから本職の金田たちならリスクを鑑みて手引くだろうって思ったんだよ。向こうからしたらバレても構わないって状況でも相手でもないしね。馬原兄弟はそれが分かってないみたいだったけど」


 馬原兄弟はここ数日、俺を執拗に狙っていたが躱わしたり、逃げたり、通報されたりと上手いこといってなかったから業を煮やしたのだろうけど……。

 まぁ馬鹿だからそんなもんだろ。

 金田は馬原兄弟、というか馬原議員に恩を売りたかった、金をもらったから知らないが、警察にすぐバレるようなリスクとは釣り合いが取れなかったのだろう。


「人間相手だと俺は役に立てないからあんまり、心配かけるような生き方をしないでほしいな」

 叔父はいつも叱るでも呆れるでもなく諭してくる。

 こういう態度が俺に一番刺さるってわかっているのだろう。


「……わかってるよ。そういやさ、叔父さんは《見える》んだよね?」 

「まぁな。見えなきゃこんな仕事できないだろ?っと着いたぞ」


 叔父に訊きたいことが山のようにあったのに聞き出し方を考えているうちに叔父の家に着いてしまった。


 三日連続で日を跨いでから帰ったし、今日に関して言えば叔父の家に着いた頃にサラリーマンや学生たちが出勤していく姿さえ見かける、そんな時間に帰宅して寝てしまったら遅刻じゃ済まないだろう。

 いくらうちの高校が諸々に緩いとはいえ出席日数の問題だけはあるのだから行かないわけにはいくまい。


「高虎、今日はどうするんだ?眠いだろ?休んでいいんだぞ」

 俺が降りると運転席から出ずに叔父が訊ねてくる。

 

「いや、シャワー浴びてからすぐ行くわ。学校で寝る」

「そうか。俺はまた出なきゃだから戸締り頼むわ」

 

「了解。あーっと……叔父さん仕事忙しいのにホントごめん」

 恥ずかしいので面と向かって謝れない。

 仕事で県外にいたのに巻き込まれた側とは言え警察沙汰で深夜に呼び戻した癖に、だ。

 我ながらロクな人間じゃないと思う。 

 

「気にすんな。二人だけの血縁じゃねぇか」

 叔父はそういうと笑ってまた仕事へと戻っていった。

 《血縁》叔父のよく使う言い回しだ。

 家族とは決して言わないところに叔父なりの優しさというか距離感が窺える。

 気遣っている相手が俺なのか今は亡き叔父の姉、つまり俺の母なのかはわからないが。

 

 《インチキ霊媒師》という全てを無に帰す肩書さえなければ叔父は本当に善人だと思う。

 ……いやインチキなんて本当は付かないかも知れない。

 それを確かめるべく俺は軽くシャワーを浴び、学校へと向かった。

 


「えぇ?!なんで?!」

 駅のホームで電車を待っていると都成が声をかけてきた。

「おっす」軽く挨拶を交わす。

「おはよ。ってウソだろ?!」と騒ぎながらスマホで時計を確認した都成は「んだよ、遅刻したのかと思ったわ」と言いながら俺の肩に手と頭を乗せた。


「いっつも遅刻するヤツと同じ時間に登校してるの見かけると焦っちまうわ。やめてくれ」

「毎日遅刻しろってか?」

「いやいやいや、言われるまでもなく毎日遅刻してただろ!」

 やめてくれ、一睡もしてない頭に大声は毒だ。

 今なら立ったまま寝れそう。


「んで?なんで今日に限って遅刻せず来たんだ?」

「……まぁ色々――」

 他人に話すことでもないしテキトーに流すかと最初は考えたが思い直した。

 自分で話していた方が眠らなくて済むだろうと考えたからだ。

 実際、昨日の放課後に起きたことを都成に話していると時々意識が飛びそうになるがなんとか耐える。

 人って喋りながらでも寝れるんだって初めて知ったよ。


 俺の話を聞く都成はいつもと違いムダ口を叩かず黙って聞いている。

「……とまぁこんな感じで寝てないから遅刻もしてねぇわけだ」

「……わけだ。じゃねぇだろ?!お前かね――」

 と言いかけたところで電車が停まって俺たちは学校へ向かうため降りた。

 本職の人間の名前を他人に聞こえるくらいの声で出すのを躊躇う程度の脳みそのついてる都成は小声になった。

「金田ってアレだろ?警察にはどう説明したんだよ?!」

「説明するわけねぇだろ。名前も存在も完全に黙秘カンモクしたわ。警察は気づいてるっぽいけどな」

「だよなぁ。……でも、どうせアイツらすぐ出てくるんだろ?の力で」

 安心したような素振りやガッカリしたような素振りを忙しそうに行い話聞いてますよって分かりやすくアピールする都成のこういうところが聞き上手感をうまく演出していてモテるんだろうな。

 なんて頭半分寝ながら考えていると学校に着いた。


 当初の予定通り学校に着いてすぐ俺は眠りにつくと、目が覚めた時には夕方になっていた。


 授業が終わったとか放課後になったとか通り越して日が翳り始めていたのだ。いくら秋になり日が短く成り始めたとは言っても……。


 ……ここでようやく違和感を抱く。

 

 いくらなんでも静かすぎる。


 うちの高校は偏差値の低い高校ではあるがその代わりといっちゃなんだが生徒たちは活発で騒がしい。

 部活動に勤しむ生徒もたくさんいる。

 文化部も運動部も関係なく、みな元気に満ち溢れている……にも関わらず誰の声も物音も気配もしない。


 これじゃまるであの夜の公園のようだ。


 俺はそんな考えが頭に浮かぶと同時に席を立ち上の階へと走り出す。

 一昨日の経験からすれば今はマトモな状況じゃない。外へ逃げるのが正解だってのはわかっている。

 わかってはいるが……上層階への階段を一足飛びで駆け抜ける。


「くそっ!よく考えたらクラスがわかんねぇ!!」


 二年である俺のクラスは三階、その上層である四階には一年生のクラスがある。

 俺の目的だった《厨二病》のクラスがわからないのでとにかく全ての教室を覗き込む。


 が、ダメ。

 どこにも彼女は見当たらない。


 俺はため息をついて窓の外に目をやりグラウンドを眺めるがコチラにも人影は見当たらない。


 正直ちょっと期待していた自分に恥ずかしくなる。

 世の中そんな不思議に満ち溢れているわけないのに、それを子どもみたいに期待していたのだ。

 一昨日のアレは本当に偶然でしかなくて、俺は蘇我の目が訴えたように部外者の一般人なのだろう。


 少し肩を落とし重くなった足を無理矢理に動かし俺は帰宅することにした。

 ……もしかして俺が忘れてるだけで中間テスト的な期間に入っていて部活動が休みなのかも知れないしな。と自分を慰める。


 ……仮にテスト期間で生徒が早く帰っていたとして、こんなに静かなものなのか?

 教師はどうした?

 壁掛けの時計を見るとまだ四時を回ったばかりだ。


 窓の外を見ると学校の敷地外には普通に人が歩いているのが見えた。

 ここ桜間東高校だけが世間と断絶したかのようだ。


 昨日の今頃はクソみたいな現実と向き合わされていたのに今日は摩訶不思議で幻想めいた状況にいる。

 正直、昨日のほうが先が読める分、精神的に楽だ。


 結局、俺は誰の姿も見つけられないまま校舎を出ることにした。

 学年関係なく女子と仲良くやってる都成にでも頼んで《厨二病》を紹介してもらうか。

 ん?なんか別の意味に捉えられる未来が見えた気がする。これも超能力ってことにしておこうか――。


 とかまぁなんとも呑気なことを考えて帰路に着こうと下駄箱で靴を履き替え外へ出る。

 校庭を横目に右に進めば昨日、馬原兄弟が陣取っていた正門があり、そこを左に進めば最寄の駅に着くのだが……左手にある体育館からなんともいえない不穏な空気を俺は感じ取った。


 公園の時と同じだ。


 そう思うと同時に俺の脚は左に進んでいた。


 我ながら猪突猛進というか考えが足りないというか。

 一度気になったことがずっと頭に残ってしまう。

 確かめないと試さないと調べないと気持ちが悪いので仕方がない。


 体育館の扉に手をかけると案の定、中から騒がしい雰囲気が伝わってきた。

 なんでこう体育館の扉ってやつは大きくて重いんだろうな。中学も小学校も似たような造りだった気がする。


 横に引き中へ入ると仮面をつけた少女が体育館の奥の方で倒れていた。

「……また負けてるじゃねぇか《厨二病》」


「っ?!なんでまた入って来れたんですか?!って言うか私は《厨二病》じゃないです!《魔法少女》です!じゃなくて危ないです!!」


 《魔法少女》……自分で名乗るのか。

 そう言った少女はちょっとだけ頬が赤くなってる気がしたし、俺も聞いてるだけなのにちょびっと恥ずかしい気持ちになった。


 ――そんな感情は腹部を襲った謎の大きなナニカによる撃ち抜くような痛みですぐになくなったわけだが。


 

 

 

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