第2話 猫時代の記憶

 猫として覚えている一番古い記憶は、こちらをのぞきこむニンゲンの子どもの顔だった。


 お母さんや兄弟たちとはぐれてしまって、植え込みの中でうずくまっていたときだ。


「あ、子猫がいるよ! 」

 そんな声が聞こえた。見上げると、ぼんやりした視野の中にニンゲンの男の子が見えた。

「白猫さんだね。きれいなおめめ」

 最初の子より一回り大きいニンゲンの女の子ものぞきこんでくる。

 男の子が手を伸ばして私の頭をなでた。

 私はとにかく寒くて、お腹が減っていて、必死でミャーミャーと鳴いた。

「この子、震えてるよ。姉ちゃん、うちに連れて帰ろうよ」

 小さい方の子が言った。

「えー、お母さんに怒られちゃうよ」

 大きい方の子が言った。


 ふたりのニンゲンの子どもはしばらく、何か話したり、私の頭をなでたりしていたが、やがて小さい方が、ひょいと私の体を持ち上げた。

 急に地面の感覚を失って、私は手足をバタバタさせた。

 ニンゲンの腕の中を運ばれてしばらくすると、ふっと暖かい空気が体を包み、やわらかい布の中に降ろされた。そのぬくもりに、私はちょっと安心してミャーミャーと鳴いた。

「子猫って何食べるのかな。牛乳飲むかな?」

 鼻先に出されたのは、ほんのり甘い匂いのする白い水。

 おそるおそる舌を出してなめると、お母さんのお乳を思い出す味で、私は夢中でぴちゃぴちゃ音を立てて飲み干した。

 お腹がいっぱいになると、眠気がやってきてウトウトする。

 幼い子猫のぼんやりとした認識の中でも、安全な場所にいるのだと感じていた。


 だけどその心地よい眠りは、大きな声に破られた。

「ちょっと、子猫なんか拾ってきたの? うちでは飼えないって、前も言ったでしょ!」

「だって、かわいそうだったんだもん」

 小さいニンゲンが泣きそうな声で言っているが、大きいニンゲンの声がそれにかぶさる。

「元の場所に戻してきなさい」

 しばらくニンゲンの声のやりとりが続き、やがて私は首筋を乱暴につまみあげられた。

 ジタバタと暴れたがどうしようもなかった。

 冷たい風が鼻先を通り過ぎ、しばらくして、覚えのある土と草の匂いがして、私は地面の上にどさりと降ろされた。

「猫ちゃん、ごめんね」

 小さいニンゲンが、鼻をすすりながら言った。

「ほら、帰るわよ。早くして」


 そして、ニンゲンは去っていって、私は冷たい夜の中にひとり残された。

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