第29話 人気
黒猫の居場所が分かったことで、有栖はかなり安心したようだ。あの後、クロの写真をたくさん撮って、堂道さんの家を後にした。連絡先を交換し、ときどき遊びに行くことを約束した。
翌日の木曜日。有栖の周りはいつにも増して騒がしくなっていた。それもそうか。あれほどの演説をした後だし。いつもそばに居ないような女子や他のクラスの女子も来ている。男子も来ているが遠巻きに見ている感じだな。二宮もその中の一人になっていた。
それを自分の席から見ていると、一人の女子が近づいてきた。杉本碧唯だ。有栖の親友。この前、ハンズで遭遇してしまい、俺と有栖の関係はバレてしまっている。だが、杉本さんと話したことはそれ以来無かった。
「白木君。有栖、すごい人気ね」
「……そうだね」
「有栖は歴史研究部に入ったんでしょ?」
「そうだよ」
「昨日部活に行ったの?」
「うん」
「あんなに忙しいのに。少しは休まないと……」
「確かにそうだね」
疲れは絶対あると思う。昨日は無理を言っても帰らせるべきだったかもしれない。
「白木君、それ……」
「え?」
杉本さんが指さしたのは猫の消しゴム。有栖からのプレゼントだ。
「あのとき有栖が買ってくれたものだよ」
「だからか。有栖も使ってるんだよ。同じ物使ってたらバレるよ」
「そ、そうか……」
俺は慌てて筆箱に隠した。
「有栖に迷惑がかからないようにしてよね」
「そうだな、ごめん」
「私に謝っても仕方ないでしょ」
「確かに」
「はぁ……心配だわ。こんな大事な時期に……まあ、有栖が楽しそうだからいいけど」
「え?」
「なんでもない。気を付けてね」
そう言って自分の席に戻っていった。
しばらくすると二宮が隣の席に戻ってきた。
「お前、杉本さんと話してなかったか?」
「少しな。有栖はすごい人気だねって世間話だ」
「俺も自分の席に居れば良かったなあ。杉本さんと話したかった……」
「お前がふらふらと有栖に吸い寄せられてるからだ」
「そうだよな……ん、『有栖』?」
しまった…・・いつものように『有栖』と呼んでしまった。
「お前、ちゃんと様をつけろよな。『アリス様』だろうが」
「そ、そうだな。『アリス様』だった」
なんとかごまかせたか。
「まったく……それでもアリス信者の一人か」
「誰が信者だよ」
「お前だよ。いつも見てるの知ってるんだからな」
「そんなこと――」
「無いとは言わせないぞ」
確かに俺はつい有栖を見てしまっていた。気を付けなくては。
この日、有栖からはメッセージも来なかった。とにかく忙しそうだ。公園でも少し待ってみたが、有栖は来なかった。
この調子で、明日は熊本城に行けるのだろうか。
◇◇◇
翌、金曜日。今日は歴史研究部で熊本城に行く日だ。
しかし、やはり朝から有栖はみんなに取り囲まれており、余裕は無さそうに見える。
放課後になってもなにやら周りの生徒と話している。仕方ない。俺は一人で部室に向かった。
「あれ? 有栖ちゃんは?」
一人で部室に入ってきた俺に春月先輩が言う。
「なんか忙しいみたいで……来れないかも知れません」
「えー! 新入部員歓迎会なのに困るよ。連絡してみて」
「うーん、メッセージも見てるかどうか……」
俺はスマホで『有栖、今日来れるのか?』と送る。だが、なかなか既読にならない。
「やっぱり、忙しいのかと――」
そのとき、扉が開いた。
「すみません、遅れて!」
有栖が居た。
「よかったー、有栖ちゃん来れないかと思ったよ」
「いえ、もちろん行きますよ。言ったじゃないですか。たっくん、黙って行かないでよ。置いてきぼりで焦ったんだからね!」
「ごめん、忙しそうだったから」
「もう……ちゃんと行くと言ったと思うけど……」
「あらあら、有栖ちゃん、なんか拗ねてて可愛い」
春月先輩が有栖を抱きしめる。
「あ、いえ……」
「でも、来てもらえて良かった。忙しかったんじゃ無い?」
「いえ……たっくん優先なので大丈夫です」
「え?」
「あ、なんでもないです」
「ふうん……まあ、いいけどね」
「さ、みんな揃ったから行くか」
八田部長が言った。
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