第30話 熊本城

 学校から熊本城まではそう遠くない。あっという間に入場口についた。熊本城の入場料は部費で支払うということで、俺たちは熊本城の天守閣前に続くスロープに入った。


 先頭を八田部長が歩く。その右に春月先輩が並んだ。当然、山根先輩はその右に行く。

 その後ろを俺と有栖が並んで歩いた。


「やっぱり、幼馴染み、仲いいんだね」


 有栖が八田部長と春月先輩を見て言う。


「そうだな」


「でも、山根先輩も春月先輩と仲よさそうだね」


 やたら春月先輩に話しかける山根先輩を見て言う。


「うーん、仲いいって言うか……一方通行だから」


「え、そういうこと?」


 しまった。有栖は山根先輩の事情は知らないか。


「うん、何回も告白して振られてるって」


 俺は小声で有栖に教えた。


「そうなんだ……でもあきらめてないんだね。春月先輩も邪険にはしてないみたいだし」


「だよな。ちょっと不思議な関係だ」


「それにしても……八田部長が熊本城見学を私の都合に合わせてくれた理由が分かったかな」


「ん? なんでだ?」


「だって私が居なかったら、たっくんはあの3人の後ろを一人で歩くことになっちゃうでしょ」


 そうか。そこまで考えて八田部長はなかなか熊本城見学を言い出せなかったのだろうか。もしそうなら意外に気遣いできる人だな。ただの軍事オタクと思っていたけど。


「ここは大天守がよく見えるぞ! 一年生、写真を撮りなさい!」


 八田部長が俺たちに呼びかけた。俺と有栖は言われるがままに写真を撮る。


「あ、みんなでも撮ろうよ! ね!」


 春月先輩の言葉で俺たち5人は天守閣をバックに写真を撮った。


 少し進むと八田先輩が言った。


「よし。ここから逆側を見てみろ」


 天守閣とは逆の方向を見ると、そこは石垣に挟まれた通路がいくつも曲がり角になっていた。連続枡形れんぞくますがた、と看板に書かれている。


「これが熊本城が難攻不落である理由の一つだ」


「なるほど……つまり、まっすぐに攻め入ることが出来ないわけですね?」


 有栖が聞く。


「そうだ。さらに石垣の上からいろんな方向から狙い撃たれる」


「確かに。だから、薩摩軍の近代兵器による攻撃でも落とせなかったんですね」


「うむ。加藤清正の仕掛けは近代戦にも対応できていたんだ」


「まさに難攻不落……」


「お、有栖ちゃんからその言葉が出たね!」


 春月先輩が言う。


「だから、私は別に難攻不落じゃありませんから……そのうち攻め落とされると思いますよ」


「え!?」


「まあ、いつになるかはわかりませんけどね」


 そう言って有栖は歩き出した。


◇◇◇


 大天守に入ると、その内部にはさまざまな展示物がある。それを見て行ったが、そのときも先輩たち3人と俺たち2人に別れがちだ。


「あ、たっくん見て! 天守閣の模型があるよ……」


 有栖が俺の手を引っ張る。なんか……デートみたいだ。思わずそう思ってしまった。


 だが、西南戦争のフロアに入ると、八田部長の目の色が変わる。部長は近代戦が専門だから一番詳しいのはこの階だ。


「よし、一年生、こっちに来なさい。説明してやろう」


「あ、はい!」


 有栖がトコトコと八田部長のところに向かう。俺もその横に付いていった。


「ほら、ここに天守炎上についてのさまざまな説が書かれてるな」


「でもちょっとだけですね。あ、こっちに城下の焼失について書かれてますね。ここに何か……」


 部長と有栖は次第に熱い討論になっていく。

 俺は話について行けず、それを後ろから見ているだけだ。なんか……盛り上がる二人を見るのは複雑な気分だ。いつの間にか俺はそこから少し離れていた。


「あらら、白木君、有栖ちゃんを取られてへこんでるの?」


 横から小さい声で春月先輩が言ってきた。


「そういうのじゃないですよ」


「そう? さっき二人を見てた目が恐かったけど?」


「そ、そうですかね……」


「ふうん、白木君もそういう感じなんだ……」


「な、なんですか?」


「まあ、有栖ちゃんだもんね、気持ちは分かるよ」


「勝手に分からないでください」


 俺は少しそこから離れた。すると今度は山根先輩が話しかけてくる。


「お前、なんで俺の美羽と勝手に話してるんだよ」


「山根先輩のものじゃないですし、勝手に俺が話しても問題ないはずですよ」


「おや、不機嫌だな。冗談って分かるだろうが」


「山根先輩が言うと冗談に聞こえないですから……まあ、でも山根先輩と話すと安心しますね」


 この人は春月先輩にしか関心が無いからな。


「まあ、そう落ち込むな。八田部長が谷崎をそういう目で見ることは無いから安心しろ。部長は結局、美羽だからな」


「……そうなんですかね」


「一年以上見てきたからな。大丈夫だ。ほら、お前もすねてないで議論に加わってこい!」


 俺の背中を押す。俺は押されたまま、有栖の隣に行った。


「……でも部長の説だと……」


「いや、だから……」


 有栖と部長の議論はずっと続いていた。俺もときどき同意したり反論したり、少しだけ入っていくことが出来た。


◇◇◇


 最上階の展望フロアまで上がると、熊本市内を一望できる。ここでは、先輩たちと離れ、俺と有栖は二人でいろんな場所を眺めた。


「あれが学校でしょ、あの先が公園かな。そして、あの辺がたっくんの家だよね」


 有栖は楽しそうに上からの景色を眺め、俺にいろいろ教えてくれる。


 ふと見ると、八田部長はアプリで明治時代の写真を重ねるやつに夢中のようだ。

 ということで春月先輩は山根先輩と二人で見ている。山根先輩、良かったな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る