第26話 投票日

 それからの数日は有栖と会うこと無く過ごした。いや、教室では会ってるんだが、俺たちは話すことは無い。ときどき、メッセージでお互いの近況をやりとりするぐらいだ。歴史研究部の部活にも有栖が来ることは無かった。


 公園には行っていたが、相変わらず白猫と茶トラが居るばかりで黒猫は出てこなかった。


 そしてあっという間に水曜日。生徒会の信任投票の日になった。

 朝から有栖のメッセージが届く。


有栖『今日頑張るね』


拓実『気負わずにな。普段通りなら大丈夫だ』


有栖『うん。ありがとう』


 なんとなく、有栖が緊張しているような気がした。


 午後になり、俺たちは体育館に移動する。ここで、全校生徒の居る前で会長候補と副会長候補のスピーチが行われ、その後に信任投票となる。


「では、生徒会長候補、赤嶺鏡花さん、お願いします」


 壇上の椅子に座っていた赤嶺先輩が立ち上がり、中央のマイクに向かった。


「……みなさん、こんにちは。生徒会長候補の2年1組、赤嶺鏡花です。私が生徒会長に立候補したのは、この学校をより楽しく、正しく、みんなが誇りを持てる学校に変えていきたいからです……」


 赤嶺先輩の演説が始まった。なかなか立派な内容だが、隣に居る二宮は内容には興味が無いようだ。


「すごいよな、あの話し方。それにあのジェスチャー、姿勢もいいし、宝塚みたいじゃないか」


 確かに赤嶺先輩はいつも芝居がかっているように見える。これにうっとりする男子、女子が多いのも確かだが、なんだか嘘っぽく感じるのは俺がひねくれているからだろうか。


「……ではこれで、私の演説を終わります。ありがとうございました。」


 会場は割れんばかりの拍手に包まれていた。だが、良く見ると、しらけた顔をしている生徒も居る。俺と同じように赤嶺先輩に嘘くささを感じているのかも知れないな。信任投票は大丈夫だろうか、と少し心配になった。


「では、次に副会長候補、谷崎有栖さんの演説です」


 壇上の椅子に座っていた有栖が立ち上がった。そこに演説を終えた赤嶺先輩が来て有栖の両肩に手を置く。そして何事かささやき、有栖が頷いた。その光景は緊張した妹を安心させようとする姉のように見えた。


 そして、有栖の演説が始まる。凜とした立ち姿。一度息を大きく吸い込み、吐き出してから話し始めた。


「こんにちは、1年1組の谷崎有栖です。副会長候補として演説をします。私は今回の候補になるにあたり、赤嶺会長に僭越ながら要求を出しました。一年生なのに生意気ですよね。でも、それが実現できないなら、私が生徒会に入る意味が無いと思ったのです。その要求というのは……」


 有栖は正直だな。今回の裏側を話してしまっている。反感を買うリスクは避けられない。会場は赤嶺先輩のときよりも静まりかえっていた。みんな集中して聞いている感じだ。これが吉と出るか凶と出るか……


「……大きな改革をすることになると思います。みなさんにも今までのやり方を変えてもらうことが出てくると思います。でも、それにより、私たちの学校はもっと素晴らしくなると確信しています。もし私たちの考えに賛成していただけるなら、ぜひ投票をお願いします。ありがとうございました」


 有栖の演説が終わるとまたすごい拍手に包まれた。


「すごかったな、下手したら赤嶺先輩よりも拍手が大きいんじゃ無いか? おい、あっちの生徒なんか泣いてるぞ」


 二宮の言葉にその方向を見ると、確かに泣いている女子も居た。


「こりゃ信任間違い無しだな」


 俺もそう思った。しかし、有栖、お前はすごいやつだよ。


 それにしても、ああしてステージに立っている有栖を見ると、俺と友達なんて信じられないな。でも、有栖の部屋にまで行ったりしてるんだし。朝もメッセージをやりとりしたし、俺は有栖にとって一番親しい男子なのかもしれないのだ。


 演説終了後は投票が行われ、俺たちは教室に戻った。あとで戻ってきた有栖はみんなに囲まれている。

 ホームルームが終わると今日は部活だ。俺は一人で歴史研究部の部室に向かった。


◇◇◇


「いやあ、有栖ちゃんすごかったね!」


 春月先輩が俺に言う。


「だよなあ。幽霊部員とは言え、ほんとに俺たちと同じ部員かよって、思ったぞ」


 八田部長もそう言いながら嬉しそうだ。


「赤嶺もお株奪われたんじゃないか? 俺は赤嶺の演説をうさんくさいと思いながら聞いてたから、谷崎が赤嶺よりいい演説して、なんかスカっとしたな。谷崎が会長でいいくらいだ」


 山根先輩もなんだか饒舌だな。


「にしても、白木君。幼馴染みとは言え、あんな子と仲良くしてるなんて、君ってすごいんだねえ」


「いえ、俺は何もすごくないですよ。すごいのは有栖ですよ」


「まあ、そうなんだけどさ。あんな子がウチの部に居るってほんと誇らしいよ」


「だよな。幽霊部員だけど。今日も来ないよな?」


「でしょうね。特に連絡はもらってませんけど、さすがに今日は忙しいでしょう」


「そりゃそうか。だったら、そろそろ始めるぞ。今日は西南戦争の続きだな。準備してきたからな」


 八田部長の話は寄り道も多いものだからなかなか話が先に進まず、まだ戦争が始まる前で止まっていた。その続きを今日することになっていた。


「じゃあ、私学校の蜂起からだな。まず……」


 そのとき、部室の扉が開いた。


「遅れてすみません!」


 そこに谷崎有栖が居た。

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