第22話 入部届

 翌日、金曜日。俺は歴史研究部のLINEグループに部員確保が出来たことを伝えていた。かなり大喜びされたが、誰なのかは伝えてない。


 有栖は今日も忙しそうだ。ちゃんと来てくれるだろうか。


 放課後になり、俺は歴史研究部の部室に向かった。


「白木君、新入部員、ほんとありがとうね。助かったよ」


 春月先輩がそう言って俺の手を握ってきた。


「いえ、お礼なら入部する子に伝えてください。でも、幽霊部員ですよ」


「うんうん、大丈夫だよ」


「……白木、いつまで手を握ってるんだ?」


 山根先輩が低い声で言う。


「あ、すみません!」


 俺は慌てて手を離した。


「ちょっと、山根君。私が握ってたんだからいいでしょ。感謝して握ってたんだから」


「……いいなあ、白木」


「あんたねえ……はあ、まあいいわ。それで、幽霊部員はいつ来るの?」


「忙しいのでそのうち来ると思います」


「そう。じゃあ、先に今日の勉強会を始めましょうか。今日は新撰組! 私が教えるからね! はい、部長も山根君もしっかり聞いてね」


「へいへい」

「おう、聞くぞ」


「あ、その前に紅茶入れるね」


 春月先輩が紅茶を入れ、新撰組の講義が始まってちょっと経ったときだった。


「すみません、遅れました!」


 そう言って有栖が入ってきた。

 春月先輩が有栖を見て言う。


「え? あなたって…・・」


「あ、俺が入ってくれって依頼した新入部員です」


「よろしくお願いします! 谷崎有栖です。幽霊部員ですけどいいですか?」


「え? ……えーっっ!!?」


 春月先輩の声が響いた。山根先輩も八田部長も驚いているようだ。


「あの……どうかしました?」


「いやいやいや、谷崎有栖って副会長候補のあの子でしょ!」


「はい、そうですけど……」


「そんな子がなんでうちに……」


「なんでって……たっくんに頼まれたんで」


 有栖、また『たっくん』って言っちゃってるし……


「たっくん!? たっくんって誰?」


「あ、白木君です」


「……白木君、そういえば拓実だったわね。それで『たっくん』呼びってどういう関係!? 幼馴染みとか!?」


 どうごまかそうかと考えていたところで春月先輩がいいことを言ってくれたので便乗することにする。


「そ、そうなんです! 幼馴染みでして……小さい頃から『有栖』と『たっくん』って呼びあってます」


「そうなのね。びっくりしたわ……幼馴染みか……」


「あ、はい、つい、いつもの調子で呼んでしまってすみません。でも、幼馴染みって内緒にしてるんで隠してもらってていいですか?」


 有栖が話を合わせてみんなに言う。


「そ、それはいいわよ。確かにみんなびっくりしちゃうんもんね。はぁ……白木君、そういうことは早めに教えておいてね」


「は、はい……すみません」


 そこにこれまで黙っていた八田部長が入部届を持ってきた。


「では、谷崎有栖さん。歴史研究部という名の不思議の国にようこそ。僕は部長の八田大悟さ。早速だけど、入部届、いいかな?」


「あ、はい……」


「ちょっと大悟。あんた、今、かっこつけてたでしょ」


「え、なんのことかな? 春月さん」


「はあ? いつも美羽って呼び捨てのくせに。なに美人の前だとかっこつけるのよ」


「そんなことはないから。いつもの僕だよ。谷崎さん、一緒に歴史の不思議を解き明かそう」


「は、はい……」


「うわあー、痛いわ……」


 春月先輩が言う。それを有栖が興味深そうに見ているから俺は教えてあげた。


「八田部長と春月先輩、幼馴染みなんだ」


「あー、本物の……」


「本物?」


「いえ、なんでもないです。あ、入部届、書きました」


「どうもありがとう、谷崎さん」


 まるで役者のような動きで八田部長は入部届を受け取った。


「ところで有栖ちゃん、歴史の何に興味があるの?」


 春月先輩が聞いた。


「あんまり詳しくないですけど……しいて言えば新撰組ですかね」


「新撰組! 私もよ!」


「そうなんですか! でも、私、漫画の知識なんで……」


「私もよ! ほら、ここに全巻並んでるでしょ」


 本棚を指さす。


「ほんとだ! すごい!」


「ねえねえ、誰が好きなの?」


「私はですね……」


 すっかり二人で盛り上がりだした。だが、有栖にはあまり時間が無いはずだ。


「盛り上がっているところ悪いけど、有栖、行かなくていいのか?」


「あ、そうだった。春月先輩、すみません! また今度教えてください!」


「うんうん、あ、選挙頑張ってね! 投票するから!」


「はい、ありがとうございます。部長も先輩もありがとうございました! 失礼します」


 有栖は八田部長と山根先輩にも礼を言って、去って行った。

 なんか、嵐みたいだったな。


「谷崎有栖、か……」


「なに黄昏たそがれれてんのよ、まったく……美人に弱いんだから」


 すっかりぼーっとした八田部長に春月先輩が言う。


「まあでも新撰組好きみたいだし、性格もいいみたいね。気に入ったわ。早くまた来ないかしら」


 春月先輩も有栖がまた来るのが待ち遠しいようだ。


「しっかし、お前も隅に置けないなあ。モテない仲間だと思ってたのに……」


 そう俺に言ってきたのは山根先輩だ。


「いや、有栖は幼馴染みですから。俺がモテないのは山根先輩と同じですよ」


「誰がモテないんだよ」


「いや、先輩が自分で言ってきたんですから!」


 まあ、しかしこれで部の存続は大丈夫のようなので良かった。

 有栖には感謝だな。


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