第10話 忙しい日々 (side 有栖)
4月も終盤になり、私、谷崎有栖は、忙しい日々が続いていた。正式に副会長候補となることを伝えてからは、先輩達との打ち合わせや立候補の手続きがあり、もちろん、勉強もしないといけない。時間が無い中、息抜きと言えるのは拓実君とのメッセージのやりとりぐらいだった。
親友の碧唯や成美とのやりとりもしていたが、どうしても生徒会のことを聞かれてしまう。それに対し、拓実君はあまり聞いてこないので気が楽だった。猫の話、歴史の話、友達の話、全然関係無い話を少しだけする。それで、気分を切り替えられた。
直接会って話せたら、もっと気分が楽になるのに。
でも、公園に行く時間も無いから実際に会って話すことは全然出来ていなかった。
「はぁ……」
家で夕食を食べながらため息をついてしまう。
「どうしたの?」
お母さんに心配されてしまった。
「最近、忙しくて……猫もなでに行けないし」
「じゃあ、たっくんとも会ってないんだ」
「うん、拓実君を待たせても悪いから」
「でも、たっくんなら言っておけば待っててくれるんじゃない?」
「だめだよ。拓実君にそんな迷惑掛けられないし。彼氏でも何でも無いんだから……」
拓実君はただの友達だ。
「でも、たっくんは迷惑だとは思ってないんじゃないの?」
「そういう優しいところがあるからこそ、言えないんだって」
「そっか。言っちゃうとたっくんは無理してでも待っててくれるもんね」
「うん、たっくん、優しいから……あ、私までたっくんって言っちゃった」
お母さんのたっくん呼びがうつってしまう。
「いいじゃない。別に誰かに聞かれているわけじゃ無いんだし」
「まあそうだけど」
家では「たっくん」でいいか。
「少しぐらいならたっくんも迷惑じゃ無いと思うよ」
「そうだけど……」
「有栖が『話したい』って言えばたっくんも喜ぶと思うけど」
「そうかなあ。たっくん、あんまり私に興味なさそうだし……」
あれからメッセージを送るのはほとんど私。たっくんはメッセージを返してくれるだけだ。たっくんの方から送ってくれることはほとんど無い。それがたっくんの優しさなのかも知れないけど。
たっくんが生徒会の相談に乗ってくれたお礼もすると言っておきながら、まだできていなかった。
今週末はお礼の品を買いに行く予定だ。たっくんが気に入る物がなんなのか、見当も付かないけど、何かを探してプレゼントしたい。予算は用意してるし。
◇◇◇
昼休み。選挙対策室となっている空き教室で話し合いが続く。会長候補の赤嶺先輩はあまり話さない。主に討論をするのは私とそのほかのスタッフたちだ。
「有栖ちゃんの言うことも分かるけど……」
「この点は譲れません」
「だけどねえ……」
討論が長引き、結局結論が出ないまま、今日の会議はお開きとなった。せっかく仲良くなった先輩たちとも少し気まずい。また、明日、これが続くのか……
何か気分が晴れるようなことをしたい。猫に会いに行きたい。そして、たっくんと久しぶりに何も考えずに話したい……
気がついたら、たっくんにメッセージを送ってしまっていた。
有栖『拓実君、今日時間ある?』
拓実『あるぞ』
何考えてるんだろ、私……
たっくんなら必ずそう返してくれる。今日も遅くなるのは確実なのに……
このままではたっくんの優しさにつけ込んでしまう。こういうのはよくない。
今日の予定を忘れていたふりをして、私は取り消すためのメッセージを送った。
有栖『あ、だめだ。今日も遅いんだった』
拓実『待っててもいいぞ』
やっぱり、たっくんは優しい。そう言ってくれると思っていた。でも……
有栖『だめだよ。結構時間かかると思うし。拓実君に迷惑掛けたくない』
これでいいんだ。
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