第3話 友達

 谷崎有栖たにざきありすと連絡先を交換し、もしかしたらたくさんメッセージが来るかも、と身構えていたが、その日の夜には何もメッセージが来ず、俺も送ることも無かった。


 翌日の教室でも谷崎有栖の様子は何も変わることは無く、俺にメッセージを送ってくることも無かった。


 昼休み、隣の席の二宮良純が俺に言う。


「お前、ときどきアリス様を見てないか?」


「え!?」


 しまった、いつの間にか見ていたか。


「ハハハ、ひねくれ者のお前ですら魅了したか、さすがアリス様だな」


「そんなんじゃないし……」


「ごまかさなくてもいいだろ、俺も時々見てるし。ていうか、クラスの男子全員が見てるんじゃないか。あの美しさだからな」


「まあ、確かに綺麗だけどな」


 思わず言ってしまう。


「なんだよ、アリス様にはやけに素直じゃないか」


「そんなこと……」


「でも、高嶺の花だし俺たちには話しかけることも難しいぞ。観賞用、という感じだな」


「観賞用って。人を物みたいに……」


「だって仕方ないだろ。アリス様も男子を寄せ付けないし。連絡先をゲットできた男子はまだ一人も居ないらしい」


「マジかよ……」


 そんな貴重なものを手に入れていたのか。それにしてもなんで俺に。そこまでしても猫の集会を見せたかったのか。


「いまや難攻不落のアリス様って呼ばれ出してるぞ」


「難攻不落って……熊本城じゃないんだから……」


「だから現実に恋愛するならアリス様の周りに居る女子だよな……。杉本さんとか山鹿やまがさんとか。杉本さんは男子とも気軽にしゃべってくれるし。山鹿さんはゆるふわ女子って感じでかわいいよなあ」


 二宮の言葉に俺はあきれた。


「お前、谷崎さんの友達まで見てるのかよ。俺には誰が誰だか分からんぞ」


「アホか。ちゃんと見ておけ。あのショートカットの体育会系という感じの子が杉本碧唯すぎもとあおい。肩までの髪で小柄な方が山鹿成美やまがなるみだ」


 二人とも可愛らしい子ではあるけどな。


「よく知らないが、そのあたりも人気なんじゃないのか?」


「そりゃあな。だが今のところ彼氏は居ないらしい」


「よく知ってるな」


「情報通の友達が言ってたんだ」


 その情報通の友達も、俺が谷崎有栖と連絡先を交換したことは知らないようだな。当たり前か。誰にも言ってないし。


 とはいえ、何もやりとりはしてないから、意味は無いけどな。


◇◇◇


 放課後になり、俺は教室を出て例の公園に向かった。今日は猫が一匹だけ、茶トラが居た。


「お前はいつもここに居るな」


 そう言いながら猫をなでる。

 そのとき、メッセージが来た。


有栖『師匠、公園に居る?』


拓実『居るぞ。でも猫は茶トラだけだ』


有栖『わかった』


 「わかった」ってどういう意味だろう。一匹しか居ないなら来ない、ということか。それとも茶トラに会いに来るのか。


 しばらく経つと後者だということが分かった。谷崎有栖が公園に入ってくる。


「今日は一匹か……」


「今のところな。でも、谷崎さんが来たから増えるんじゃ無いか?」


「そんなこと……あ!」


 そう言った途端に黒猫が藪の中から出てきた。あいつ、いつもあそこにいるのか。でも黒猫だから居ても探しにくい。俺をここに導いたときもあそこに隠れていたんだろう。


 黒猫はすぐに谷崎有栖に近づき、足にすり寄った。


「君は私が好きだねえ」


 谷崎有栖はそう言って座り、黒猫をなでだした。


「そいつ、谷崎さんになついてるよな」


 そう言ったときだった。


「うーん……師匠、ちょっといいかな……」


「え?」


 少し不機嫌な声だ。俺が何か変なことを言ってしまったのだろうか。


「私のことを『谷崎さん』って呼ぶの、変じゃない?」


「え? だって谷崎だろ」


「そうだけど……私の友達はみんな有栖ありすって呼ぶし」


 友達ね。確かに谷崎さんの周りの女子は「有栖」と呼んでいた。


「えっと……もしかして、俺に有栖ありすと呼べと?」


 今まで女子を名前呼びしたことなんて、妹以外無いぞ。


「うん。だって、師匠が弟子に名字で『さん』付けっておかしいでしょ」


「いや、弟子にした覚えは無いけど」


「えー! だって、ずっと猫師匠って呼んできたでしょ」


 有栖はショックを受けた顔で言った。


「だからって認めてないぞ。俺も文句は言わなかったけど」


「それは黙認したってことじゃないの?」


 谷崎有栖はどうしても俺の弟子になったということにしたいらしい。


「じゃあ、分かった。『有栖』と呼ぶから、『師匠』と呼ぶのはやめてくれ」


「そんな……師匠と弟子だと思ってたのに……」


 谷崎有栖は悲しそうな表情を見せた。


「『師匠』って呼ばれるのはなんだかむずがゆい」


「……わかった。師匠とは呼ばないけど、拓実君は私の師匠だからね」


「勝手に師匠と思うのはまあいいとして……名前呼びかよ……」


「だって、私のことを名前で呼んでるのに『白木君』はおかしいでしょ」


「そうだけど……でも、教室では『白木君』にしておいてくれ。俺も『谷崎さん』と呼ぶから」


「そうだね……わかった。ありがとう師匠――じゃなかった拓実君。なんか、ちゃんと友達になれた気がする」


 有栖はにっこりと笑った。友達か。谷崎有栖と友達になったとか言ったら二宮のやつ、腰抜かすだろうな。


「……まあでも教室で俺が有栖に話しかけることは無いだろうけどな」


「えー!」


「そりゃそうだろ。俺の静かな高校生活が騒がしいものになってしまう」


「……そっか。迷惑だよね……わかった。あんまり話しかけないようにする。でもメッセージは送っていいよね?」


「ああ、もちろんだ」


 友達だからな。

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