第2話 猫の集会
谷崎有栖に朝から話しかけられた日の放課後、俺はまたあの公園に行ってみる。やはり誰も居ないが、猫は一匹居た。昨日居た茶トラだ。俺はまたなでてやる。猫のゴロゴロが心地よい。しばらくなでていたが、谷崎有栖が来ることは無かった。まあ、そんなものか。
俺は一人で公園を後にした。
◇◇◇
翌日の朝、また自分の席で本を読んでいると谷崎有栖が「おはよう、猫師匠」と挨拶をしてくれた。俺も「おはよう」とだけ返す。だが、それだけのことだ。それ以上の会話は無かった。
昼休み、一緒にお昼を食べている二宮良純が俺に聞く。
「で、あれからアリス様と何かあったのか?」
「は? あるわけないだろ」
「まあ、そりゃそうか。アリス様がお前を相手にするわけは無いよな」
「当たり前だ」
だいたい、俺には女子の友人はもちろん、男子の友人も二宮以外には居ないと言っていいだろう。
「アリス様、人気者だからな。昨日も告白されてたらしいし」
「告白?」
「ああ。サッカー部の2年生が断られたらしい」
「へぇー」
「すでに3人目って話だ」
「まだ入学して一週間ぐらいだぞ。多いな」
「まあ、あれだけ目立ってればそうなるさ。お前は名前も知らなかったようだけどな」
そんなに人気の女子だったのか。俺とは住む世界が違う人間だな。
その日、俺は公園に立ち寄らずに帰宅した。
◇◇◇
次の日の朝。俺が自分の席で本を読んでいると、谷崎有栖が教室に入ってきた。
「あ、おはよう、猫師匠」
「おはよう」
「昨日、公園行った?」
「いや、行ってないけど……」
「私、行ってみたら猫が5匹も居たんだよ」
「え?」
いつも白猫と茶トラの2匹ぐらいしか見てなかったが、そんなに猫が集まる公園だったのか。
「ほら。こんなに居るのは師匠も見たことなかった?」
谷崎有栖はスマホで撮った写真を見せてくれる。確かに猫が5匹写っていた。白猫と茶トラ以外に、三毛猫と黒白のハチワレ猫、そしてあの黒猫が居た。俺を公園に導いた猫だ。
「確かにいるな。あの公園でこんなに居るのは見たこと無いけど……これは猫の集会かもしれない」
「猫の集会?」
「うん、猫は夕方とか夜に特定の場所に集まるんだ」
「へぇー、そうなんだ」
とはいえ、俺もそんなに猫の集会を見たことは無かった。
「俺も見てみたいな……」
「特定の場所に集まるなら、またあそこに集まるんじゃない? 今日行ってみようよ。師匠にも見せたい」
「そ、そうだな」
「うん、じゃあまた放課後ね」
そう言って谷崎有栖は去って行った。あれ? これは放課後に待ち合わせということか? 放課後デートみたいになってるが……俺の意識しすぎか。
◇◇◇
放課後、俺は公園に行ってみた。谷崎有栖はまだ来ていない。だが、猫は居た。また白猫と茶トラの2匹だけだ。いつものやつだな。
白猫をなでていると谷崎有栖がやってきた。
「あれ? 今日は二匹だけ?」
「そうみたいだ。俺が来るときにはこの二匹しか見たこと無いな」
「そうなんだ。私は黒猫も結構見てるけど」
俺をここに導いたあの猫だろうか。
「そうか。猫にも人間の好みがあるんだろうな」
そんなことを話していると近くの藪がガサガサと揺れ、中から黒猫が顔を出した。
「あ、この黒猫だよ!」
谷崎有栖が言う。
「あの黒猫って、もしかして……」
「知ってるの?」
「うん。俺はあの黒猫に導かれてこの公園に来たんだ。それから見たことなかったけど」
「そうなんだ……」
黒猫はこちらをじっと見ていたが、次第に谷崎有栖の方に近寄っていく。そして足にすり寄ってきた。
「この猫、君が好きみたいだな」
「嬉しい……」
谷崎有栖はかがんで黒猫をなでだした。黒猫は大人しくなでられていた。
だが、それ以上、猫が現れることは無かった。
「うーん、おかしいなあ……昨日は5匹居たのに」
「まあ、猫の集会はよくわかっていないところもあるし、仕方ないよ」
「うん……師匠にも見せたかった……あ! そうだ!」
谷崎有栖が大きい声を出した。
「え、何?」
「猫の集会を見かけたら連絡するよ! 連絡先交換しよう」
「そうか……そうしてくれるならありがたいな」
俺は谷崎有栖と連絡先を交換した。だが、谷崎有栖はかなり人気の女子じゃなかったっけ。今日も告白されたとか。そんな人気の女子の連絡先を手に入れて大丈夫だろうか。そんなことを考えていると、谷崎有栖が言った。
「あ……できれば私と連絡先を交換したことは内緒にしておいてもらえると助かるかな……」
「別にいいが……」
「ごめん、バレるといろいろ言う人も居るから」
「そうか。人気者も大変だな」
「人気者って……そういう言い方、師匠にはして欲しくないな」
谷崎有栖は少し不機嫌になって言った。
「あ、すまん。嫌だったよな」
「ごめん、私の方こそ……なんか偉そうだったよね。そうじゃなくて、師匠って私のこと知らなかったぐらいだし、そういうのとは無縁かなって勝手にイメージしてたから……」
「まあ、ひねくれてるのは確かだな」
「ひねくれてる?」
「みんながいいってものにはあまり共感できなくて。すぐ逆張りするから俺は」
「そうなんだ」
「だから女子には興味ないって感じで居たし」
「へぇー、ほんとは興味あるんだ」
「いや、無いけどね」
「ふふ、ほんとにひねくれてるね。でも……今は私のこと、ある程度は知ってるんだよね?」
「隣の席の二宮がうるさく言うからな」
「そっか……で、どう思った?」
「いろいろイメージができあがって大変だなって思ったよ。本当は猫を怖がる普通の女子だ」
「怖がってないし!」
「この間は触るのも怖がってただろ」
「今はこの通りだから」
そう言って黒猫をなでる。
「……すっかり猫になれたんだな」
「この黒猫は師匠より私になついてくれたみたいだしね」
谷崎有栖は自慢げに黒猫をなで続けた。
「私、ときどきこの公園に来るから、そのときには師匠と普通に話したい。いいかな?」
「なんだよ、普通にって。俺は自分が話したいようにしか話さないからな」
「うん、さすが師匠。それでいいから……あ、もう行かなきゃ。じゃあ、明日ね」
「おう」
谷崎有栖は帰っていった。
夕日の中、谷崎有栖の後ろ姿をふと見ると、長い黒髪が揺れていた。
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アリスとたっくん。ときどき黒猫 ~公園で偶然出会った女子に猫のなで方を教えたら~ uruu @leapday
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