アリスとたっくん。ときどき黒猫 ~公園で偶然出会った女子に猫のなで方を教えたら~

uruu

第1話 公園での出会い

 高校に入学して数日が過ぎ、俺、白木拓実しらきたくみは今日も公園に来ていた。ここは昔の熊本城の一角らしく、学校からほど近いが、他の生徒が来ることは滅多に無い。


 にもかかわらず俺がここに来ているのは、猫に導かれたからだ。ある日の帰り道、俺は自分の前を黒猫が歩いていることに気がついた。飼っていた猫に似ていたこともあり、思わずあとをついていく。


 すると、黒猫はこの公園に入っていったのだ。そのまま俺もついていったが、気がつくと黒猫は居なくなっていた。その代わり、ベンチの上に茶トラの猫が寝て居た。


 猫は俺を見て「ニャー」と鳴いたので、背中をなでてみる。茶トラの猫は大人しくなでられてくれた。


 それから時々この公園に来て猫をなでている。ただ、黒猫はあれ以来見ていなかった。ここに居るのはいつも白猫か茶トラ。あるいはその両方。今日もこの二匹が居たので白猫をなでだした。


 しばらく猫をなでていると突然声を掛けられた。


「何してるの」


「え?」


 とがめるような声に振り返るとそこに居たのはうちの高校のセーラー服だ。同じクラスの女子だな。名前は思い出せないが、長い黒髪に長身でモデルのようなスタイルに明るい笑顔。女子をよく知らない俺にも見覚えがあったが、今は険しい表情だ。


「何って、猫をなでてるんだけど――」


「嘘でしょ。その猫、暴れるし、なでられる猫じゃないよ。いじめてるんじゃないでしょうね」


 そう言って、俺をにらむ。

 虐待を疑われてるのかよ……確かに俺は怪しいやつに見えるのかも知れないけど……でも、俺の体が邪魔でよく見えていないのか。


「この猫は暴れたりしないよ。俺は何度もなでてるし……」


 そう言って、猫をなでているところをしっかりと見せた。


「え!? 嘘……私もなでようとしたけどそのたびに暴れたよ」


「そんなこと無いよ。君もなでてみたら?」


「う、うん……やってみる」


 その女子はおそるおそる白猫をなでようとする。顔の前に手を突き出すと、猫が「シャー!」と声を出して威嚇した。


「うわっ!」


 慌てて手を引っ込める。


「ほ、ほらあ……私、嫌われてるのかな……」


 その女子は泣きそうな顔で俺に言った。


「そんなことないから。前からじゃなく背中から。背中をこんな風になでてみて」


 俺がその猫をなで出す。猫は動かずになでられていた。


「す、すごい……おとなしくしてる……」


「さ、どうぞ」


 俺は手を離した。


「う、うん……」


 その女子はおっかなびっくり手を伸ばす。その様子がおかしくて俺はつい笑ってしまった。


「な、何よ」


「いや、怖がってるからさ」


「こ、怖がってないし……」


「大丈夫だから、そっとなでてみて」


 その女子はようやく白猫の背中に触った。今度は猫も大人しくしている。なでだしても猫はじっとしていた。


「や、やった!」


「よかったな」


「うん!」


 その女子は満面の笑みを俺に向けた。しばらくなでているとその女子が言った。


「……さっきは、いじめてるって疑ってごめん」


「別にもういいよ」


「……あ、そろそろ帰んなきゃ。えっと……猫師匠、じゃあね!」


 急いで立ち上がると、その女子は帰っていった。


 猫師匠って……俺の名前を知らなかったからだな。にしても、猫師匠かよ……


 残された俺はしばらく猫をなでる。ついでに猫の写真も撮った。

 さて、俺も帰るか。


◇◇◇


 翌日の朝、俺は教室に入り、自分の席に座る。そういえば、昨日の女子は居るだろうか。教室を見渡したが、まだ来ていないようだ。俺はいつものように本を読み出した。


 しばらく経つと、「おはよう」と声が響く。この声は……俺は思わず顔を上げた。すると、


「あっ、猫師匠!」


 と昨日の女子が言い、俺のところに来た。


「同じクラスだったんだ。ごめん、気がつかなくて」


「いや、いいよ」


 俺は影が薄いからな。


「私のことは知ってたよね」


「同じクラスということは分かってたぞ」


「え? もしかして、名前は知らなかった?」


「まあ、そうだな……」


「そっか。そんな人がまだ居たんだ……」


 そう言われて、少しムッとした。思わず言い返す。


「みんな自分のことを知っているとでも思ってたのか?」


「そ、そうだよね……ごめん。私、勘違いしてたかも。さすが、猫師匠。目が覚めたよ」


「いや、俺も言い過ぎたよ。正直言うと、俺は女子の名前を全然覚えてないからさ。知らない俺が悪かったよ」


「別に悪くないよ。私は谷崎有栖たにざきありす。猫師匠の名前は?」


「俺は白木拓実しらきたくみ


「拓実……師匠っぽい名前だね。猫師匠はいつもあの公園に行ってるの?」


「ときどきかな」


「そっか」


 そこで「おーい、有栖!」という女子の声が聞こえてきた。


「じゃあ、猫師匠。またね」


「おう」


 谷崎有栖は自分の席に向かっていった。


「なんだなんだ?」


 そのとき、俺の隣の席に一人の男子が来た。二宮良純にのみやよしずみ。俺がこのクラスで一番話す友人だ。


「なんでお前がアリス様と話してるんだよ」


「アリス様?」


「一部の男子にはそう呼ばれてるぞ。モデルみたいな美少女で、高嶺の花といった感じだからな」


「まあ、そう見えるかもな……」


 昨日、猫を怖がっていた姿を思い出す。あれは高嶺の花って感じではなかったな。普通の女子だった。


「成績は学年トップクラスで、スポーツも得意。中学の時は生徒会副会長だったらしい。そんな高スペック女子とお近づきになったのか?」


 そんなやつだったのか……


「昨日、帰り道に偶然話しただけだ。向こうは俺が同じクラスって判ってなかったみたいだけどな」


「アハハ、そんなもんだな。アリス様がお前を認識してるとは思えないし」


「そりゃそうだけど、俺も名前は知らなかったし同じだろ」


「何言ってるんだよ。アリス様を知らないなんてお前ぐらいじゃないか」


「そんなことないだろ」


「やっぱり、お前はひねくれてるな。人気者には興味が無いってやつか?」


「違うよ」


 そもそも人気者だってことも知らなかったし。まあ、俺がひねくれていることは確かだけどな。

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