決着

「当然の用心だ。目が見えなければ、周囲を警戒することはな」


 分類上、『箱』は魔物だ。

 生き物が暗闇を警戒しないとでも?


 そう言って、ザクレンは──いつのまにか血を拭い終えたと見える──、英雄を見据えて嘲笑した。


「とんだマヌケだよ、貴様は!」

「……クッソァ〜〜〜〜ッ!!」


 英雄は歯噛みした。

 『命賭けリスキング・ユア・ライフ』が題する通り、出血多量で死ぬリスクを負ってまでとった作戦が、全くの無意味だったのだ──それこそ、死ぬ思いだったはずなのに。


「傑作だったぞ? 決死の覚悟がふいになるところは。すわ絶頂という感じだった」

「…………」

「さあ、勝負は終わりだ。貴様に勝った事実を土産に、私は彼女に告白する!」

「…………」

「あぁ、楽しみだ。彼女どんな顔をするだろう。なぁサカキバラヒデオ? これからタカナシサユリを寝取られる側として、意見を聞かせてはくれないか?」

「……続きだ」

 ザクレンは耳を疑った様子だった。「は?」

「だから、続きだ」


 みるみる、ザクレンの顔は青ざめていった。


「し、正気か貴様ッ! 片腕を失ったんだぞ!? ゲームを続けている場合ではないわッ!!」

「何度も言わせるなよ」


 英雄はもう一度、噛んで含めるように言った。


「続きだ。俺はゲームを続ける。腕なら左にもついているし、持ち物も少しだが残っている」


 だから、と英雄。


だ」

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」


 瞠目どうもくの覚悟である。

 ザクレンは一歩二歩、と後退じさりして、戦慄わななきながらもこう言った。


「──良いだろうッ! そこまで言うなら続けてやるッ!」ザクレンは大きく顔を歪めながらも「続行だッ!!」と絶叫した。「貴様はここで死ねッ! サカキバラヒデオッ!」


 かくして、『命賭けリスキング・ユア・ライフ』は再開の火蓋を落としたのだった。







「それで、モバイルバッテリーとワイヤレスイヤホン、それに、読みさした小説を入れたわけだけれど、すでに二回持ち越したから使えない二つはともかく、小説の方はカウントに入るのか? それともやっぱり、腕を噛みちぎったからリセットなのかな?」

「……いや、まあ、腕を食いちぎった後を想定していなかったから、一旦リセットという形にはなるな」

 そうか、と英雄。「では続けようか」


 ジャンケン──、と二つの手のひらが相克そうこくする。

 結果は以下の通りだった。


「私の負けか」とザクレン。

「では、オレの勝ちだな」

 

 例によって例の如く、英雄が机上の山札から千円を取るのを待って、ザクレンは懐から千円を取り出した。

 もはや白々しいっていうか、空々しいくらいなのだが、その資金源を訝しみながらも、僕は千円が『箱』の口に消えるのを見た。

 その口腔内(もう胃だろうか?)には今、何枚の千円があるのか……、若干気になる所である。

 ともあれ、次の勝負だ。


「ジャンケン──!」「ジャンケン──!」


 今回は英雄が負けた。

 ザクレンが机上の山札から千円を取る。


「ほら、貴様の番だ」


 英雄はスマホを手に取った。

 再開前に、一応『箱』の目も拭われているので、機能しないという期待はできない。

 ダブルチェックを抜ける。

 スマホが『箱』の胃に入った。


 スマホで持ち越された分は以降表で示す。


 二十七戦目:英雄の勝ち。ザクレンが千円を消費。

 二十八戦目:ザクレンの勝ち。英雄は二十六戦目で支払い済み。

 二十九戦目:英雄の勝ち。ザクレンが千円を消費。

 三十戦目:英雄の勝ち。ザクレンが千円を消費。

 三十一戦目:英雄の勝ち。ザクレンが千円を消費。

 三十二戦目:英雄の勝ち。ザクレンが千円を消費。

 三十三戦目:ザクレンの勝ち。英雄は二十六戦目で支払い済み。


 心なし英雄に流れがあったようだ。

 しかし問題はここからである。


「ジャンケン──!」「ジャンケン──!」


 英雄の勝利だった。机上の山札から千円を取る。「次はお前だ」

「ああ」ザクレンは懐から千円を取り出した。「見たところ、残りの持ち物は財布だけのようだな? それも、空っぽの」

「そうだ。高い財布を買っておいて助かったぜ」

 

 見れば、確かに高そうな、いかにもな革製品の財布だった……、間違いなく三千円は超すだろう。

 

「ハン! だからなんだ。延命措置は虚しいばかりだぞ」

「……そうかもな」英雄は首肯した。表情は暗く、見ていられない。


 ジャンケン──、と二人手を出した。

 英雄の勝ち。

 ザクレンは千円を支払った。


「ほら、次だ」


 ジャンケン──、と二人。

 ザクレンが千円を支払った。

 

「次だ」


 ジャンケン──。

 革製品の財布を『箱』に投じた。


「次」


 ジャンケン。

 ザクレンは千円を支払った。

 

「次」

「次」

「次」


 ……。

 …………。

 ………………。


「……」

「……なあ」

「なんだ」

「貴様イカれておるのか? 勝てないのは先刻承知だろう」

「…………さぁな」

「なぜ続ける」

「……」

「なせだ」

「……」

「なぜなのだ」


 返答が無いのを見て、無言のうちに勝負を続行する。

 ジャンケン──、と相剋そうこく

 ザクレンの勝利である。

 

「さぁ、その残った物を入れるのだ」


 言われた通り、英雄は硬貨の塔をつまんで、『箱』の口の上に手をやった。

 総額は八百二十二円である。

 ボーダーの千円には届いていない。

 ……こうなるのは見えていたはずなのだ。

 ザクレンがイカれていると言うのも、むべなるかなと言うしかない。


「さぁ、それを入れろ。両腕を失うことにはなるが、勝負を続ければこうなることくらい、貴様は分かっていたはずだ」


 言われるがままにダブルチェックを経て、英雄は硬貨の塔を『箱』に落とした。


 『箱』は──


 どうしてか破裂した。

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