解答編
『箱』が破壊され、その当然の帰結として、『箱』が展開していた半球が崩れた。
ふりしきる半球の欠片。
僕らは避けようともせずにただそこに居た。
「……? ???? どういう????」
上記はザクレンのセリフである。
混乱の極みに口調が乱れたらしい。
「分からないのか? なら教えてやる」
俺は不正をしたんだよ。
英雄は分かりきったことを言った。
「そ──んな、はずはない」
「貴様が不正をしていないことは確かめた! あの『箱』もだ! 三百六十度一部の隙もなく、
「間違っているだろうよ。不正をしたんだから、道徳的に」
「確認はしたッ! 私も『箱』もッ!」
「三百六十度一部の隙もなく?」
「そうだッ!」
「じゃあ、内側は?」
「あ──」
英雄はふっ、と笑って「気がついたようだな」と言った。
「そう、最初から最後に至るまで、お前は外側しか見ていなかった。三百六十度一部の隙もなく、外側だけを、じっくりとな」
「……クソッタレェ〜〜〜〜ッ!!!!」
何やら二人は通じ合っているらしいが、僕は置いてけぼりだった。
「全体どういうことなんだ、英雄!」
「わからないか?」
「分からないさ! どうやって『金細工』だか『十字架』をコインタワーに仕込んだんだ!? それに、そんなことをする隙が一体いつ──」
「単純なことだよ」と英雄は笑った。「実に単純な、ミスディレクションだ」
言われて初めて、ザクレンが襲来する前に、そう言えばミスディレクションがどうのという話題があったことを思い出した。
僕は言う。
「ミスディレクション……、マジックにおける、トリックを看破されないために、見ていて欲しくない所から目を背けさせる、いわゆる視線誘導の技術……」僕は改めて語義を確かめた。「それが全体、どうしたんだ?」
いまだ真相に思い至らないらしい僕の鈍さには閉口しつつも、それでも英雄は、フェアにトリックを説明した。
「……俺が『箱』に腕を入れている間、ここにいる人間の視線はどこにあった?」
「────っ!」
英雄の一言に、ようやっと僕は思い至る。
「そうかっ! 『箱』に腕を入れている間は、『箱』もザクレンも、不正を見咎める為、手元に視線を注いでいたっ! もう片方の手には、見る必要がないと思って、一切視線を寄越すことなくっ!」
「正解」
一方に視線が集まる中、もう一方では、英雄はコインタワーに『十字架』だか『金細工』だかを仕込んでいたのか。
だが、やはりおかしい。
そんなスペースが全体どこに……。
「硬貨にも意匠というか、値段ごとにデザインが異なるよな?」と英雄。
「……?」僕は胡乱に思いつつも「うん、そうだね。一円玉には若木が。五円玉には水と稲穂、それに歯車、裏には双葉かな? があって、十円玉は平等院鳳凰堂。裏には常盤木。五十円玉は菊花。百円玉は桜花があったはずだ。五百円玉は……、確か桐で、裏は竹と橘だったかな?」と答えた。「それがどうしたんだ?」
「ああ〜……」英雄は「正解だが全て間違いだ」と言った。「模様の話じゃない」
「ん? それじゃあなんの……?」正直、わけがわからないと言った感じだったが「ん……?」と天啓を受け、ようやく理解する。「なるほど、五円玉と、五十円玉か!」
「そういうこと」
ここに至ってもわからない愚者同志には僕が説明する。
硬貨というのは基本的に、その裏表には模様が施されるばかりで、あとは何も無いものだが……、しかし例外的に、五円玉と五十円玉には、円の中心に、更に円が、穴がぽっかり空いているのだ。
そしてその穴は、硬貨一枚では些事もいいとこだが、重ねていけば、少なくとも円柱状のスペースが完成する。
そのスペースに、『金細工』だか『十字架』は潜められたのだ。
枚数確認の時は確か、五十円玉が五枚で、五円玉が十一枚あったはずだ。
インターネットで確認する限りでは、五円玉の厚みは1.5ミリであり、五十円玉は1.7ミリなので……、(1.5×11)+(1.7×5)=25ミリだ。
よって最低限、円柱は二センチほどあったことになる。
思い返してみれば英雄は、自身の伏せていた切り札について、確か、こんなことを言っていた。
──鉛筆の芯くらいの直径で、縦に二センチくらいのサイズしかない
縦に二センチくらいなら25ミリの、つまり2.5センチの円柱のスペースに問題はないし、五円玉や五十円玉の穴の直径は、各四ミリと五ミリ程度だ。
五円玉が五ミリ。
五十円玉が四ミリ。
小さい方に基準を合わせるとして、四ミリの直径なら、通常の範囲を出ない、普通の鉛筆の芯の直径と言えよう。
仮に問題があるとして、コインタワーを外側から見た時に、同じ柄の部分が多くなるかも、というのがあるけれど、
──まとめても千円を超さない為か、その順番に規則性はない、てんでバラバラだ
と言った具合に考えた覚えもあるので、おそらくはそこも、五円玉、五十円玉と、交互に重ねて解決したのだろう……、結構完璧に対策がなされている。
「で、でも! 一体いつ『十字架』だか『金細工』を取り出したんだ? ①どこからか切り札を取り出す。②視線が一方の手に集まっているうちに仕込みをする。この二工程を一気に済ませれば、流石にバレないとは限らない!」
「お前も見ていたはずだぜ? ほら、コインタワー建設途中にさ、残っている硬貨がないか各ポケットを探ってみて、結局紙片しか出てこなかった、みたいなくだりがあっただろう?」
── 見つかりそうか?
──うーん
その時の会話が思い出されたので、特に障りもなく僕は頷いた。「ああ、確かにあったな」
「その時だよ」
「え?」
「その時に俺は、ポケットから取り出した紙片の裏側に、切り札を隠しておいたのさ。言っても二センチしかないからな。小さな紙片でも、切り札は余裕で裏に隠せた」言うと、英雄は不意にザクレンを見て「切り札もそうだが、紙片はたまたまあったわけじゃない。テメェがさゆりを拐ってから、わざわざ「自分が犯人だ。近いうちにもう一度現れる。そのとき二人で勝負をしよう」なんて言ってたから、こっちも一応、準備をしてたのさ。あるであろう対策を切り抜けるべく、紙片の裏にそれを隠そうと」と言った。
そのあと英雄は、床かなんかに紙片を置いたはずだ。
そして時が満ちて、ミスディレクション要件が成立した刹那、『もう一方の手』で紙片の裏の切り札を掴んだのだろう……、その後のことは、すでに述べた通りだ。
①ポケットから紙片と共に切り札を取り出し、床に伏せておく。
②ミスディレクションが可能になった刹那、それを紙片から取り出し、塔に仕込む。
……そして③。
ザクレンと『箱』のダブルチェックを抜け、目的の『箱』を破壊する。
以上が今回仕組まれた、英雄のトリックだったらしい。
「なるほどそれはいいだろう。しかし、五円玉や五十円玉の穴に入る微小なサイズでは、あの『箱』を破裂させるような威力があるとは思えない」
「ん。なんというか」英雄は言い淀む。「『金細工』も『十字架』も、実は入っていないんだよ」
「はぁ?」ザクレンは思いっきり訝しんだ。「どういうことなんだ。入っていると言っていただろうが」
「入ってるさ、ただし、入っていないだけで」
「……? ??? 誤魔化すなよ、意味がわからない」
「だから、『金細工』も『十字架』も入ってないれど、『十字架の刻まれた金細工』はあったのさ」
「な──」ザクレンは瞠目した様子だった。「合体させたのか!?」
「そう、円柱状の金細工のデザインを、十字を掘ることで完成させたのさ」
「……なるほど、そういうことだったのか」
いかにも得心が行った、というような顔をしていたザクレンだったが、次第に怪訝な表情になり、「……ここまで徹底したトリックがあったなら、どうしてわざわざ腕を喰らわせた?」と言った。「意味がないだろう」
「……ああ、それね」まだ説明するべきところがあったかと、英雄は笑った。「予定外のことでね。アレは本来次善の策だったのさ」
「どういうことだ」
「そのまんまだよ。仮にトリックが見破られたら、俺は両腕を失う。んで、両腕を失った後出来るのはあれくらいだろう? ……本当は口に咥えてでも、『箱』に切り札を投じるつもりだったのさ」
確かに、ザクレンは不正が発覚した暁には、魔力による攻撃で両腕を断つと言っていた。
英雄はトリックを見破られたパターンも考えて、両腕を失ってもできることとして、アレを考えたに過ぎないのだろう。
だが、現実には順番が前後して、先にやらざるを得なくなったのだ。
「でも」と僕。「もっと早い段階で、あのトリックを仕掛けたら良かったじゃないか。そうしたらあんな風に追い込まれないで、普通に切り抜けられたはずだ」
「そこは素直に失策だったよ」英雄は肩をすくめて、苦笑する。「ピンチを演出したかったんだ。そうすれば、監視の目も緩むと思ってね」
答え終わると、場に静寂が訪れた。
概ね疑問は解消したらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます