第3話 愚兄

 私はロックハート公爵家の長女ラミリス。多分、この家で一番まとも。


 代々続く武家で、我が家にはあまり教養は求められていないとはいえ、公爵家である。さすがに貴族の教養は必要だと思う。


 うちには貴族の教養が少しももない。ついでに危機感のかけらもない。まぁ圧倒的な武力があるから、危機感を持てというのも無理な話かもしれないけど。


 私も例にもれず。私は不出来な兄と違い、8属性すべての魔法が使えるし、剣術、槍術ともにとっくに師を超えている。


 でも、ただ強いだけじゃ貴族はやっていけない。私は公爵家の長女。貴族らしくしなければならない。もし、あの愚兄が公爵位を継ごうというならうまく排除して、私がこの家を継ぐことすら考えた。


 だが、飯を喰らい、惰眠をむさぼるだけの兄にも、いつしか変化が見られた。あの兄が10歳のころだ。唐突に運動をはじめ、あれだけぜいたく尽くしだった食生活も改めたのだ。


 なにか心の変化でもあったのだろうか。以外である。しかも、かなりの強度で運動を行っていて、正直少し見直した。


 武術も全くだめだったあの兄が、ここまでの運動をするとは。


 気づけばその肥えた体格は筋肉質で細身のものへ変わっていた。悪い人ではないどちょっと変わりものの両親が選んだ服もやめたようで、流行を取り入れた服を着こなしている。


 果てには勉学まで始めたようで、その速度は脅威のものだった。私の方が先に勉強を始めていたというのに、3か月で私が憶えていた範囲を追い越されたのだ。


 社交界に出ておらず時間が余っているとは言え、さすがに根を詰めすぎだ。


 何があの兄を変えたのだろう。気になった私は兄について少し調べてみた。


 午前には屋敷の外周を走り込み、そして戦闘訓練。午後になると、空が暗くなるまで机に向かう。そして、夜、部屋に戻った後も何やら運動を続けている様子。


 そして、運動が一通り終わった後は何やら自分に語りかけているようだった。


「ラミリスはよくできた妹だな。妹に負ける兄でいいのか? いや、いいわけがない。兄は妹を守るものなのだから……。それに、モテるためにも、もっとやるぞ」


 ……どうやら私の存在が兄に発破をかけていたらしい。脅迫観念から、やらざるを得なかったというべきなのか。


 私のせいで、兄は努力の、辛い道を歩むことになったのか。


 私は強くなる、賢くなる自分が心地よくて訓練や勉強をしているが、それが苦痛である人もいる。


 まともになったと内心喜んでいたが、そう簡単な問題ではないと私は思った。


 私は兄に努力を強いてしまった。だというのに兄は……。


 私は兄の言葉を聞いた日から、完全に兄に対する認識を改めた。


「お兄様。体調に問題はありませんか?」


「問題ない。こと程度で俺はへばらないさ。心配してくれてありがとな」


 私は常に、お兄様のことを気にかけていた。もし倒れてしまったりしては、私は……。


「お兄様……。無理は、なさらないでくださいね」


「無理なんてしてないさ。全部、俺のためになるからな」


◇◇◇


 お兄様は結局倒れることもなく、一日も欠かすことなく、半年以上もトレーニングを続けた。そして、今日。お兄様は王立学園の入試を受ける前に、ダンジョンなどで実践訓練をする旅にでるそうだ。


 きっと大変な物になるのだろう。護衛として、お兄様の師の魔法使い、虹色の魔法使いこと、ミスティナ様が付くので問題はないと思っているが。


 私が茶会などで外に出ているとき以外、毎日顔を合わせていたお兄様がどこかに行ってしまうのだと思うと、寂しさがこみあげてくる。


「ラミリス、行ってくるよ」


「お兄様……。どうか、ご無事で」


「ああ、風邪とか引くんじゃないぞ」


 お兄様が馬車に乗ろうとするその瞬間、私はお兄様の服の袖を引いた。本当にいってしまうのだと思うと、体が勝手に動いた。


「できれば、まだうちにいてほしかったです。……必ず、戻ってきてくださいね」


「当たり前だろ? 俺の実家はこのロックハート公爵家なんだから。長期休みは必ず帰省するさ」


「……約束ですよ?」


 私は涙をぬぐい、お兄様に向けて小指を突き出した。あれ、なんで私は小指を突き出したんだろう。


 意味不明な行動だと思ったが、お兄様は私の小指に自らの小指を巻き、「約束だ」とだけ言って馬車へと乗り込んでいった。


 その馬車を見えなくなるまで見守った私は、今後のことを考える。


 お兄様は王立学院に主席で入学してみせるぜと息巻いていた。


 私も、同じ学校に行きたい。入るからには、私も主席で。


 きっと旅を経てお兄様はさらに洗練された人になるのだと思う。ロックハート家の武人として、そしてお兄様の妹として。


 お兄様に置いて行かれないように、私も努力を怠らないようにしようと、私は決意を固めた。


「お兄様。2年後には必ず、私もそちらの学院に向かいます。全力で、追いかけますから!」



 


 

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