第16話 セシリアの憂鬱とロキの暗躍



  ◇◇◇【side:セシリア】




「んっ、あぁっ! ぁああっ! ルシッ、君! んんっ、あっっ!! ぁ、ダメっ、壊れ、ちゃう!!」



 なぁにを考えているのでしょうか、ルシア様は……。



「んっ! くっ……クルッ! なぁっ、なんか、来ちゃうゥウ!! ぁっ、ぁぁあッ! んっ、んぅ、んんんっ!!」



 “卑猥な命令”……非人道的な命令……?

 深淵(アビス)の中でその思考になるなどあり得ないと思っていましたが、私はまた私が浅慮であると知りました。



 ――レ、レティも求められるのは嬉しいからさ。



 はにかんだ絶世の美女の手前、私が踏み込む事などできるはずもなく毎晩のように甘美な声を聞きながら床につく……。


 ……って、“床につく”ではありませんよ!!


 ここは深淵(アビス)なのですよ?


 現存する地獄……いえ、攻略不可能な迷宮(ダンジョン)なのです。私の“常識”うんぬんではなく、ルシア様がいかに“非常識”であるか……。



 ベッドで眠れている。



 この事実が証明している。

 それもただのベッドではなく、男爵家では……いえ、ルベリアルの王宮にあったベッド以上の寝心地を提供されているのです。


 ルシア様がおっしゃった『拠点』……。

 『ノアの住民』であるドワーフが作ったと思われる『拠点』……。


 この『一軒家』での生活も今日で3週間を超えた。


 毎日、300m前後の探索とクリスタルの採掘。ルシア様が“【錬金術師】(仮)”と呼んでいる者が残した隠し部屋(スポット)での資料研究。


 規模の上限はわからずとも、あと1週間もすればこの階層のほぼ全てのマッピングが済むはず……。資料の解明は私は蚊帳の外。2人でイチャイチャしながら進めているため進捗の具合はわからない……。



 ――自分の言葉には責任を持つと言ったろ?



 妹(シスカ)への配慮は聞いていた。

 あの“ノアの所有者”であれば……、本当にルシア様が“絵本の中”の人物であるなら……。


 ――ルベリアル王国……というより、ガネルティ大陸を黙らすことなど造作もない。


 それは決して大袈裟な言葉ではなくそれは事実。


 ……本当に『所有者』であるなら……。



「んんっ、あっ、ぁあっああ!! ルシ君ッ! ル、ルシ君!! んんっ! ぁっ、ぁっあっ! んんっあ!!」



 もぉおおっ!!

 か、かか、壁が薄すぎるのです!!!!

 ええ! わかっておりますとも!!

 信じないわけには行かないですよ!!



『Dear セシリア姉様へ』



 この手紙が何よりの物証。


 困窮と飢餓をしいられていた孤児院の仲間たちも保護され、今まさに“ノア”にいるとのこと。


 そのあまりに美しく荘厳な“天空都市”……いえ、“天空国(スカイピア)”の全てが新鮮であり刺激的であり、常に夢見心地である……と……。


 信じないわけにはいかない。

 間違いなく、シリカの筆跡だったのだから。

 私が読み書きを教え、子供の頃からずっと見てきた。文字の癖は変わって……、いや、直っていない。



「ルシ君ッ!! レティ、ぅっ、ぁあっっ! こ、壊れちゃぅううっ! ぁっあっあっ!!」



 バサッ!!



 私は羽のように軽い布団を頭までかぶり、少しでも“2人の情事”の音を遮断することに尽力する。



(もうすぐ1ヶ月……。ルシア様……いえ、レティアノール様も……。本当に帰還する気があるのでしょうか……?)



 私はギュッと目を閉じて両手で耳を塞いで丸くなる。



 ……このままでは頭がおかしくなりそうです。



 ・1日3回、ルシア様に《魔力回復(マナ・ヒール)》をする。

 ・回復薬(ポーション)各種を制作する。

 ・瞑想して体内の魔力を自覚する。



 ルシア様は“師となる”と言ってくださった。でも、私はレティアノール様が訪れてから、これしかできていない。というより……、



 ――まぁ、ぶっちゃけ邪魔なんだよねぇ。



 苦笑しながらレティアノール様を連れていく後ろ姿。『拠点』と言う名の“家”に残る私。傀儡のように命じられたことをこなしてレティアノール様が作って下さる食事を頂く。



 まったく……。

 心底情けない……。



 スゥウウ……



 無意識に自分の魔力に問いかける。

 身体をめぐる魔力は全体に行き渡り、指先がじんわりと温かくなるだけ……。



 私は……足手纏いから脱却できているのでしょうか? 本当にこれだけで良いのでしょうか?

 


「んんんぁあっ!!」



 絶頂に達したらしい2人にとって、私はどうでもいい存在……。



「最―、によかっ―」

「――――は、――だ! ハハッ!!」



 途切れ途切れの会話は遠くに聞こえる。




 あぁ。本当に頭が痛い……。





  ※※※※※



 ――深淵迷宮(アビスダンジョン) ??階層



 自然豊かでキラキラと光が舞う神々しい階層。

 巨大な幹の根本には広大な湖。そのほとりで眠るドラゴン。そのドラゴンの尾に持たれて座っている1人と幼女がいた。



「また見てるのか? 暇人だなぁ! お前は!」



 声をかけたのはバチバチッと雷を纏う男性。その筋骨隆々の巨躯と変わらない大きさのハンマーを背に、ヒラヒラと長い帯を風に靡かせる。



「“トール”……。ここでの娯楽なんてこれくらいしかないさ。でも……、この子たち面白いよ!」



 ニコッと笑顔で応えたのは1人の幼女。

 “トール”と呼ばれた男性はひょこっと幼女が見ている水晶を覗き込む。そこには、「人間(ヒューマン)」と「魔女」、そして「巫女(みこ)」が写っている。


「確か“犯罪者が送られる”んだったか?」


「そうだよ。ここに来るのは地上社会での不適合者ばかりさ」


「“コレ”は『ギリシャーノの巫女(みこ)』じゃないのか?」


 トールが指を刺したのは金髪碧眼の女性だが、声をかけられた幼女は「フフッ……」と小さく笑う。


「……ククッ、巫女が犯罪を犯すとはな。『神たる連中』の程度が知れる!」


「うぅ〜ん、この娘(こ)は違うんじゃないかな……。とても真面目そうだし、献身的で自虐的。犯罪を犯すタイプじゃないと思う」


「ん? そうか? では、エネルギー量が多い“白髪の女”が原因か? 確か【魔女】と呼ばれる種だったか?」


「……どうだろうね。どちらにせよ、“現存する地獄”にいる事実の前ではそんなことは取るに足らないことだと思うけど」


「“現存する地獄”? なんだ、それは」


「こないだ教えてあげたでしょ? “ここ”はそう呼ばれているのさ」


「……ハハッ、なるほどな! カハハッ!! すべて貴様のせいだろう?」


「えぇ〜? 遊んであげてるだけだよ?」


「カッハッハッ! 相変わらず趣味の悪い女だなぁ!」


「トールにはわからないよねぇ〜。面白いんだよ、本当に……。自ら命を断つような生き物は……」


「ぉ、おお、“ロキ”……。幼子(おさなご)の姿でそのように笑うんじゃない。かなり悍(おぞ)ましいぞ」



 “ロキ”と呼ばれた幼女はさらにニヤリと頬を緩める。



「ふふっ……、とにかくさ。“新しいオモチャ”はとっても面白そうなんだよ? 今回は本当に目が離せないよ!」


「……まあ巫女(みこ)を奪えば、最終決戦(ラグナロク)でもこちらに優位な、」


「違うよぉ〜!! よく見て! この子! この目の下にクマのある男の子!!」


「……? ただの小物ではないか! 貴様の言う“オモチャ”なのだとしたら、すぐに壊れてしまいそうだがなぁ?」


「確かに、そうだねぇ〜……」



 ニコニコとしていたロキはトールにはバレないように片側の目を開き、その金眼を怪しく光らせる。


 “最強”であるトールの見解があまりに自分とはかけ離れていることに嗤いが止まらなかった。


「ねぇ、トール。久しぶりに賭けない……?」


「……ふんっ、貴様の企みに付き合わされるのはもうコリゴリだ! 他を当たれ!」


「ボクたちさ……。“来るべき日”を待つだけじゃ存在している意味がないだろ? どうせなら楽しまなきゃ損だと思うんだ!」


「……ふっ、コヤツらごときが“最強”たる我の退屈も満たしてくれると?」


「ボクと競争するんだ! “上”には『神獣』も多いでしょ? いい鍛錬にもなるし、なかなか面白いかなって!」


「……カハハッ! 我にとっては鍛錬になどならんぞ!?」


「だから競争なのさ! “最強”なら、ボクより早くこの者たちの場所までいけるでしょ?」


「ふっ、余裕だ!」


「生捕りにして連れてきた方の勝ち。……そうだな。君が勝てば更なる名声を得れる。……まぁボクはどうせ勝てないだろうけど、競争っていうゲームを楽しめる!」


「カハハハッ!! 良かろう! コイツらをここに連れてきた方の勝ちだな?」


「ボクのところまで連れてきた方の勝ちだよ!」


「同じではないのか?」


「あっ。ちなみにもうスタートしてるよ?」


「なにっ!? ぬぉおおおお!! 我は負けんぞぉおお!!」



 猛スピードで走り去っていくトールには目もくれず、ロキはニヤァアっと口角を吊り上げた。



「トールは本当に単純だなぁ〜……」



 見つめる先は幹の上。

 “雲”という名の“壁”のその先……。


(さてさて、『最強』がいないうちに色々と準備しなきゃね!)



 ロキは宙にスルスルっと『文字』を書いた。


 ポワァアッ!!


 途端に眩い光が辺りを包み込み、その中から白と黒の毛並みを持つ巨狼と、無気力な表情をしたボロボロの少女が姿を現した。



「トールと遊んでおいで。迷子にさせちゃえばいいからさ」



 コクンッと頷いた1匹と1人。

 巨狼の背に乗り走り駆け出したのを見送ったロキはスクッと立ち上がりテクテクと歩いた。


「……フフッ、フフフフッ」


 ロキは子供らしく両手で口を押さえて笑う。


「久しぶりだね。“アキラ君”……、いや、今は“ルシア君”だったかな……? フフッフフフッ……。次はどんな顔を見せてくれるのかな?」


 ゆっくりと闊歩しながら口角をあげた幼女の影は、その背丈からは違和感しかないまさに巨人の影と呼んで差し支えなかった。





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