第13話 飛空艇“ノア”の所有者




  ◇◇◇




「では、お話し頂けるのですよね?」



 《誓約書》を交わしたセシリアはポツリと呟く。


「えっと……、ルシ君が目を覚ます前に、“ノア”のワードは出しちゃった。ごめんね……?」


 苦笑しながらはにかむのは、奴隷となったレティアノール。本人の希望により、薬指、腰、胸の谷間に奴隷紋を刻んでいる。


 胸元はまだしも、薬指への魔術陣の描き込み。

 よくもまぁ、そんな細いところに寸分の狂いもなく描けるもんだと感心しつつ、腰への魔術陣は俺が書いた。


 くねくねアンアンよがるレティアノールはそれはもうエチエチのジュルジュルだった……。




 …………ふぅ。




 気が向いたら、その様子も語らせてもらうとして、俺の血を混ぜた「魔髄液」で刻んだ奴隷紋。


 所有者たる俺の左手の甲には、レティアナールの血を混ぜた魔髄液で同じモノを刻んでいる。


 その上で《誓約書》を2枚制作し、3重での奴隷契約が成ったと言うわけだ。



 『レティアノールの魔力を俺に譲渡するモノ』

 『俺への故意な攻撃を禁ずるモノ』

 『俺が死ぬまで服従するモノ』



 《誓約書》に抜かりはなく、レティアノールの完璧な無力化に成功。もちろん、これは俺にとってはの話だが……。


 にしても、かなりの棚ぼただ。

 

 ――く、薬指にもいいかな……?


 コイツは俺をフッたくせにそんなことを言い始め、「どうせならお前の魔力よこせ」ってことになり、【魔女】の魔力を借り入れる事に成功したのだ。


 魔力量がそれほど高くない俺にとって、これはかなりのアドバンテージとなる。貯蓄を散財した俺にとっては僥倖。その責任の一部を支払わせる事にしたのだ。


 問題はその膨大な魔力を俺が制御できるか……って、そんなことは置いといて……。


「ぁ、あの……。あなたの素性を教えて頂けるということではないのですか?」


 ド変態セシリアはレティアノールの喘ぎ声に顔を真っ赤にしながら、「やりすぎではありませんか!?」と叫び、「お前はさっさとサインしてろ!」と《誓約書》を叩きつけ、いままさに、この状況が出来上がったのだが……。


 ぶっちゃけ……、さっさとエロい事したい。



「……あぁ。……なにを聞きたい?」


 どうせ、【鍵師】や“ノア”絡み。俺の実力に関してやレティアノールの正体と関係性……。まぁ、ちゃちゃっと答えてさっさとレティアノールと……。



 ドクンッ……



 俺はセシリアの瞳に目を奪われる。

 その無垢で汚れのない紺碧の瞳の美しさに呼吸を忘れてしまう……。



「……そうですね。では……、私があなたを補助するにはどうすればよいでしょうか……?」


「…………」


「……?」


(…………えっ? はっ? なに言ってんだ、コイツ……)


「あの……、私があなたを補佐をする方法を知りたいのですが……?」


「……ほ、ほぉー……。あれ? 俺の素性が気になってたんじゃなかったか? “一体、何者なのですか?”……その答えが知りたいんじゃなかった?」


「……気にならないと言えば嘘になります」


「……ふぅ〜ん」



 セシリアは真っ直ぐに俺を見つめる。

 【鍵師】である俺の実力を目の当たりにして、『自分』の肥やしにする姿勢は悪くない。


 言ってない事の方が多い。


 寿命を《施錠》している。

 不老であることをいいことに努力しまくった。

 転生者であること。レティアノールが言ってしまったと言っている“ノア”というワードなど……。



 だが、セシリアは聞かなかった。



 初めて「世界」に触れたのか、実感したのか……。はたまた、俺がノールとの戦闘で倒れたことで深淵(アビス)からの帰還に危機感を覚えたか……。



(ふっ……、“自分の立ち位置”を自覚したか?)



 ……しょーじき、ガネルティ大陸はヌルゲーだ。“その中”で持て囃されていても、“深淵(ここ)”では無意味だと理解したのだろう。


 ……いや、深淵(アビス)でもなく、俺とノール……クリスタルゴーレム、【錬金術師】(仮)といった、“俺の戦闘”を見て井の中の蛙であることを自覚した……?



(……それで教えを乞うってことは自分が“底辺”であることを認めたってことか……)



 ハハッ、想像以上にいい女だ。

 気が強くて負けず嫌いの女は嫌いじゃない。



「あなたの素性よりも私には足りないことが多すぎると実感しております……。単刀直入に……。私はどうすれば足手纏いではなくなりますか?」


「……守ってやるって言ってるんだから別に必要ないようにも感じるが?」


「いえ。あなたは私を“生きて帰す”と約束してくれました。しかし、私はあなたを“生きて帰す”ことで恩を返せればと思っています……」


「……」


「私の命はあなたのモノ。たとえこの身を犠牲にしてでも……。そう覚悟を決めております」


「ふっ、そりゃありがた、」


「ですが、今の私では命を使うことすらできません……」


「……だから、“補助をするためにはどうすればいいか?”ってか?」


「……はぃ。まずは足手纏いから脱却できればと思います」


「ふっ……」


「あなたの人生……、いえ、【鍵師】でありながら、あそこまでの実力を手にするには想像を絶する努力があったのでしょう……?」


「……」


「その積み重ねた努力……。その一欠片でも私にご教示していただければ、私はそれ以上を望みません……」


「いい女だな……」


「ぇっ……、ぁっ、いぇ、当たり前、」


「ド変態のくせに……」


「…………はぁ。あなたはすぐにそうやって茶化して、」


「“あなた”じゃない。“ルシア”だ……」


「……ぇっ」


「……もしくは、“先生”? “師匠”? “ルシ神様(がみさま)”? 好きなのを選べ。……お前の性的嗜好は置いといて、俺を師に選ぶなんてなかなか悪くない選択だと思うぞ?」


「……!! ありがとうございます!」


「ほら、早く呼んでみろ。先生? 師匠? ルシ神様? どれにする?」


「ふふっ。では、お願い致します、“ルシア様”……」



 深々と頭を下げたセシリア。

 思えばフルネーム以外で名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。まぁ、俺は恋人を殺した男なわけで、ここに誘拐した男なわけで……。



 うぅ〜ん……。

 ……自分の恋人を殺した相手に拐われて、教えを乞うって……どんな気持ちなんだろうか……? やっぱりコイツは超弩級の変態ってことなんだろうか?


 でも、まぁ……。


「んじゃあ、まずは俺の『力』について教えてやる」


「……は、はぃ?」


「ハハッ! 説得力は必要だろ? お前は俺の初めての弟子になるってことだろ?」


「……そ、そういった意図はありませんでしたが、そう言って下さるのなら是非に……」


「よし、弟子1号!! まず始めに、正直な話、俺はお前にモノを教えられるような天才じゃなく圧倒的に凡才だ!!」


「……えっ、あの、」


「だが、俺には『時間』があった! 俺は“寿命”を《施錠(ロック)》している不老人間……。ぶっちゃけ覚えてないが、400才は超えてる!」


「……??」


「ちなみに、飛空艇“ノア”の所有者だ」


「………………」



 セシリアは固まった。


(ったく、コイツの絶句は何度目だろうか?)


 まあ……、都市伝説みたいなもんだしそれも仕方ないかもしれない。


 “厄災の巨船”。

 “天空都市”。

 “精霊の棲家”。

 “悪魔の巣窟”。

 “竜神の城”。


 数々の別名は見当はずれってわけでもない。


 実際は他種族が住まう空飛ぶ巨船。

 要するに都市と同等の大きさを誇る馬鹿でかい船。


 普段は《不可視(インビジブル)》だが、姿を見せたのはこの150年間で3度……。ガネルティ大陸ではないが、確実に存在していることは知られているはず……。



 “ノア”は俺の400年の集大成(すべて)だ。



 再三となるが、俺は確実に凡才で最強には程遠い。


 だが、『飛空艇“ノア”の所有者』……。この言葉は、『権力』をそれなりに持っている証明になりうる。



「ね、ねぇ、ルシ君……。奴隷でも嫉妬はするんだよ?」



 盛大にドヤっている俺にレティアノールがポツリと呟いた。なんか……ずっと噛み合ってない気がするのは気のせいじゃなさそうだ……。


「えっと…………、お前、俺をフッたよな?」


「そ、それは、あの時はノールのこともよくわかってなかったし、それに……あの、えっと……」


「……他に男いたとか?」


「そ、そんなわけないじゃんっ!!」


「ふんっ、どーだか……」


「レティが好きなのはずっとルシ君だけだよ!」


「…………」


「あぁー!! 信じてない!! 本当の本当なんだから! レティはずっとずっとルシ君の事だけを想ってたんだよ!!」


「あっそ……」


「うぅ!! ル、ルシ君のばかぁ!!」



 レティアノールはじんわりと涙を溜めてプクゥっと頬を膨らませる。そしてポカポカと俺を叩こうとするが、「んっ!」と可愛らしい声を出して胸を押さえた。



「……ま、待って! 奴隷って……。レティ、自分からルシ君に触れないってことなのっ……?」



 今にも泣きそうな顔。

 ってか、このひとくだり……。死ぬほど可愛いんだけど、もうエロい事、命令していいの……?











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