第9話 魔女“レティアノール”
◇◇◇
――深淵迷宮(アビスダンジョン)
「なっ、なんでお前がここにいる……? “レティアノール”!!」
透き通る純白の髪には紅(くれない)の髪が混じり合う。大きな瞳は見ているものによって色を変える銀眼。
黒地に白の刺繍をあしらったスリットが入った光沢のあるワンピース。細い腰にゆるりと巻かれたベルトには白い魔導書とドワーフ製のダガー。
フード付きのコートは着崩されていて、完璧な美乳がのぞいている。手に持っている青と赤の大きな魔石がついた黒杖は……俺がプレゼントしたもの……。
世界最高峰の魔術師。
天職【魔女】。“魔導を司る女”。
俺の義腕の制作者でもある【魔道具技師】でもあり、あらゆる魔法を操る【賢者】でもあるクソチートの化け物……。
作り物のように整った容姿は健在で、
トクンッ……トクンッ……トクンッ……
俺の脈が力強くなったような気がする……。
だけど、それは仕方ないだろ? コイツは俺の“初めて”の相手で、んで……、俺を捨てた女なんだから。
レティアノールは小首を傾げたまま優しく微笑むだけ。
トクンッ、トクンッ、トクンッ……
(チィッ!! クソッ……!!)
な、なんか未練たらたらで恥ずかしいじゃねぇか!!
「ぉ、お前、なにしに来たんだよ!?」
「“なにしに”って……、レティはルシ君を助けに来ただけだよ?」
「は、はぁっ?」
「ふふっ。会いたかったよ、ルシ君!」
「だっ、騙されてたまるか!! 俺に助けなんて必要ないんだよ」
「……ふ、ふぅ〜ん。本当にそうかな?」
「……ガキ扱いするのはやめろ。あれから俺も強くなった! 今ならお前にも負けないくらいにな……!」
「そうだね……。……ぅ、うん。確かにレティでも勝てないかも。……よく頑張ったんだね、ルシ君」
スッと伸ばされた手は俺の頭に伸びるが……、
パチンッ……
俺はその手を払いのける。
「……ッ!!」
「どういうつもりだ? レティアノール……」
「……昔みたいに“レティ”って呼んでくれないの?」
「ふっ、笑わせるな。自分がしたことを忘れたのか?」
「……プロポーズを断ったこと?」
「そ、そうだよ! その次の日に速攻で姿を消して俺を捨てただろ? 今更、どのツラ下げて会いに来たんだ!?」
「は、ははっ……。この顔、かな?」
困ったような笑顔があの時と重なる。
――えっと……ごめんね……?
異世界で50年かけて知り合った“ヒロイン”に振られたんだ。今更……。ふざけんじゃねぇよ、まったく。
「じょ、じょーだんっ! ごめん! 今のなし! と、とにかく! レティはルシ君を助けに来たの! この“麗しのお姉さん”に任せなさい!」
「だれが“麗しのお姉さん”だ……ったく」
「ふふっ! でも、レティがいれば心強いでしょ?」
「……別に」
「ぁ、相変わらず素直じゃないんだから! このこのぉ〜」
「ツンツンするな」
「ふふっ!」
……相変わらずだ。
見た目はクール系の超絶美人のくせに、コロコロと表情を変えるような、このギャップにやられたんだ。
「ルシ君……本当に会いたかったよ……?」
ク、クール系美女が瞳を潤ませやがる。
このままじゃ、やばい……。
やっぱドストライクすぎる……。
ぶっちゃけ……、もう裸に見えてる。
以外と脱いだらすごい胸。華奢な腰。プリッとした尻。恍惚としたエロい顔も頭の中に一瞬で蘇ってる。
ゴクッ……
お、落ち着け、俺!!
大丈夫! あれから俺も片手じゃ収まらないくらい女を抱いてきただろ!? ………………ひ、久しぶりにちょっとくらい……って、違う!!
ま、また騙されるのはごめんだッ……!!
「お、俺はもうお前のことなんてどうでもいいんだ! あれから俺だって女の1人や2人、10人や20人!! 女には飢えてないんだよ!!」
「ぇっ…………」
「い、今はこんな絶世の美女とよろしくやってるしぃ〜? ふっ……、今更来られても迷惑なのよ?」
俺は呆然としているセシリアの肩を抱いておどけてみせる。精一杯の強がりだ。性欲なんか持て余しまくっている。
予想外の再会にテンパっているだけだ。
正直、俺自身意味なんてわかっていない。
「えっ、ちょっ、いや、なにをしているんですか! 離してくだ、」
「へ、へぇ〜……。“リビアちゃん”に“カミラちゃん”……“アリアちゃん”……。……ノ、“ノア”の娘(こ)達だけだと思ってたけど……?」
空気が読めない聖女(セシリア)は俺から離れようとするが、引き攣った顔のレティアノールが言葉を遮る。
まさかの名前の羅列にゾクッと背筋が凍る。あと2人娼館の女を揃えればコンプリート……、いや……、“ノア”という発言に全身の毛が逆立った。
「う、嘘だよね? ルシ君……」
「……えっ? な、なんでお前が“ノア”を?」
「ぁっ……。ち、違う……違うの!!」
ズズズッ……
レティアノールの美しすぎる白髪が黒髪へと変化していく。途端にドロドロとした“重い魔力”が漏れ出し、《感覚解錠(センシズ・アンロック)》せずとも異質とわかる魔力が肌を刺す。
「だ、だめ……。“ノール”!!」
レティアノールは頭を抱える。
(……なっ、なにがどうなってる? って……おい!!)
状況が飲み込めない。
ただ一つわかっているのは……、
「《斬撃施錠(エッジ・ロック)》!!」
ブォンッ!!
俺は息を止めて愛刀を振るう。
グチャんッ……
ドロのような魔力……ドス黒い《水玉(ウォーターボール》)は《施錠(ロック)》された大気の斬撃にぶつかって弾かれる。
ズズズッ……
“水飛沫”は地面に穴を作った。
それが重力を帯びた《水玉》だと察するのは簡単で、人に当たればどうなるかなんてわかりきっている。
知らない。あり得ない。
レティアノールは「人」を殺さない。いや、殺せない。俺が知ってるレティアノールは……。
「レ、レティアノールッ!! お前、なにして……」
俺はここで言葉を止めた。
目の前にいるのは黒髪に怪しく銀眼を光らせる絶世の美女……。纏う雰囲気は「人」と呼ぶにはあまりにも浅はかだ。
「フフフッ……。あなたが“ルシア”……。“はじめまして”……そう言ったほうがいいかしら?」
小首を傾げながら妖艶に微笑むレティアノールの顔をした“なにか”……。
「……それにしても、【鍵師】って面白いわね? ……フフフッ、あたしに手取り足取り教えてくれていいわよ?」
クイッ……
“なにか”はレティアノールの控えめの谷間を自分でずらして挑発的に微笑んだ。
「こ、この方は誰なのですか? そもそもあなたは何者なのかと聞いて……ぃっ、いつまで肩を抱いているのですか!? 離してください!」
すぐ横で喚いているはずのセシリアの声はどこか遠くに聞こえている。
「まったく。はぁー……サイズが合ってないのよ……。レティアも苦しいでしょうに……ふぅ……」
クイッ……
更にずらされた胸元……。
(…………め、めちゃくちゃタイプです!!)
情けない話にはなるが、クーデレちょいエロ先輩キャラの出現に心臓はバクバクだ。
正直、“異世界のくせにラブコメ持ってきやがったなぁ!!”なんて小躍りしたくなってきてる。
(……チャ、《魅了(チャーム)》とか? そんな感じの魔眼系……? ……ぃ、いや、本当にそうならこの思考もないはずだよな……?)
俺が知っているレティアノールとは違うレティアノール。俺は400年経っても忘れるはずのない胸元のホクロに釘付けだったが……、
ニコッ……
レティアノールらしからぬ挑発的な笑みにゾクッと背筋が冷たくなる。
「ルシア……あんたはレティアに相応しくないわね?」
ゾワァアッ……!!
(《七重鍵師(セプテット)》!!)
反射的に俺は自身に『七重』のスキルを使った。
《魔力回路解錠(マナサーキット・アンロック)》。《身体解錠(ボディ・アンロック)》。《魔力施錠(マナ・ロック)》。《魔力眼解錠(マナアイズ・アンロック)》。《無限解析(エンドレス・アナリシス)》。《脳解錠(ブレイン・アンロック)》。《感覚解錠(センシズ・アンロック)》。
これは“緊急用”の中でも最上。
『脳(ブレイン)』と『感覚(センシズ)』を合わせた限りなく実力の上限に近い『俺』を解放した。
環境状態も把握していないのに『感覚(センシズ)』を解放……。本来なら自殺行為にも等しい愚行だが……、
(ふぅ〜……やはりな……)
深淵(アビス)に来てからのこの数十分での直感に頼ってよかった。
バチバチバチッ!!!!
肌を刺すコイツの魔力に冷や汗が頬を伝う。
“能ある鷹は爪を隠す”とは言うが、レティアノール(魔女)には残り全ての手札すらも切らなければ、話にならないのだから仕方がない……。
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