第10話 vs.【魔女】




  ◇◇◇




 パチパチッ……パチパチッ……



(肌が……弾けてるじゃん!!)



 《解錠》した『感覚』がここが死地であることを予見する。洒落にならないのは間違いない。



 ズワァア……



(ハッ……これが“不正(チート)”……。凡才の努力では埋まらない圧倒的な理不尽……)


 “レティアノールらしきモノ”から漏れ出す魔力。それは余裕で竜種を凌駕しており、


 ーー【魔女】は魔力そのモノだ。


 と言った“ジジイ”の言葉を思い出す。



 バチバチバチッ……!! 



 より明確に力量差を示される……。

 ここ130年は感じなかった『感覚(センシズ)』。【魔王】と対峙した時と同じ「感覚(かんかく)」。



 この異世界が知らせてくる。

 “お前はまだ『最強』ではない”という現実(リアル)……。それが目の前に立っている。



 ゴクッ……



 唾を飲み込もうにも口はカラカラ。

 文字通り息を呑み、小さく息を吐いた。



「……きゅ、急にどうしたんだ? もしかして誘ってくれてたりするのか? どうしてもと言うなら応えてやらないでもないぞ?」


「……フフフッ、いいわね。素晴らしい反応速度よ、ルシア」


「……い、いやいや、そんな胸元を晒して……。お前は俺に抱かれに来たんだろ? ど、どうしてもって言うなら応えてやらないでもないぞ?」


「……あら。重複してるわよ?」


「……なっ、なにが?」


「フフフッ。冗談でしょう?」


「……はっ?」


「フフフッ……、フフフフッ……!!」


「…………ふぅ〜……。お前、なに笑ってる? もしかして、俺にお前が斬れないとでも思ってんの?」



 “やる”なら“殺(や)る”だけ……。

 生死の境目だろうが、いくら力量差があろうが、俺にできることは抗うことだけ……。


 ……俺はまだ死ぬわけにはいかない。たとえ相手が初体験の相手でも、超超超ドストライクのラブコメキャラでも……、“俺を殺(や)る気なら”とことん付き合ってやる。



「……フフフッ。……“冗談でしょう?”と言ったのは……、あなたのその表情の話……」


「……はっ?」


「そんなに楽しそうにキラキラと眼を輝かされてもね」


「…………ッ!?」


「称号“下剋上(ジャイアントキリング)”の影響かしら? 力量差がわかっているのに死合いたくて仕方のない顔だわ」


「…………」


「ルシア……。あなた、相当の変態ね……」


「ハッ、ハハッ……!! 強者を喰らい続けることでしか俺は『最強』になれない……。安心しろ。俺は間違いなく“変態”だ」


「なかなか、いい男ね……」



 パラパラパラッ!!


 言葉を言い終えると共に真っ黒になっている魔導書が開かれる。鎖に繋がれたそれは宙に浮き、禍々しい魔力が更におどろおどろしく変化していく。



 ドガッ!!!!



 俺は一気に加速した。




 ズワァア……



 瞬時に巨大な魔法陣が8つ展開されるのが視えたからだ。



「スゥウウッ!!」



 俺は超高速移動の最中、大きく息を吸う。



 パッ、パッ、パッ、パッ……



 跳躍しながら8つの魔法陣に触れて、


(《魔力施錠(マナ・ロック)》……)


 陣に魔力が行き渡るのを阻止。

 対魔術師ではコレが生命線だ。


 都合よくコイツの魔法を斬れるとは限らない。並の魔法なら、大気の《施錠(ロック)》でド派手に魔法を斬ったりもできるが……。



(……生き物みたいだ)



 コイツのドロドロした黒い魔力は異質。

 自分の力を過信すれば命はない。俺は【錬金術師】(仮)のようなバカじゃない。このクソ異世界で400年も生きられているのは、俺がクソ臆病者の戦闘狂という矛盾だらけと生き物だからだ。



 トンッ……



 軽く義腕に触れ、“飛び道具”を右腕から取り出し、



(《苦無軌道施錠(ロード・ロック)》……)



 即座に12のクナイを投げつける。


 これは軌道の大気を施錠。魔力の濃さを絶妙にコントロールすることで、ゴムのようにしなやかな大気のロープを作る。



 グザッグザッグザッ……



 当然のように躱した相手は、小さめの魔法陣を3つ展開する。



 ズズッ……



(クソ。厄介な……)



 視えた未来には3本の《黒槍(コクソウ)》。

 魔法陣のサイズを小さくすることで速射に切り替えた。この思考の柔軟性が厄介極まりない。

 


 スッ……



 クナイの軌道を足場に空中で回避。



 ズザッ……ズゥウウンッ!!!!



 天井に刺さった《黒槍(コクソウ)》は刺さると同時に地面に穴を開ける。


 3つの魔法陣の奥が重なったように視えたのは気のせいじゃなく、魔術に魔術を重ねて変化させていた証拠だ……。




 ズザァッ!



 元の位置に戻り、改めて対峙する。


 ここまで3秒間……。

 愉しそうに笑みを浮かべる“レティアノールらしきモノ”とは対照的に、俺のコメカミからは汗が伝う。



「ル、ルシア・シエル!! 私も援護しま、」



 唐突に叫んだセシリアの言葉を遮るように抱きかかえ、先程の隠し部屋(スポット)に避難させる。



「……ちょ、ちょっ、」



 説明なんてできるわけがない。

 俺が呼吸を再開したら、もうなす術がない。


 俺はビッと地面を指差し、「そこにいろ」と釘を刺してすぐさま隠し部屋(スポット)から出た……のだが……、




 ゾゾゾッ!! バチバチバチッ!!!!




 天井には6重の巨大な魔法陣。

 もう4層目に魔力が行き渡っている。



 痛いくらいの『感覚(センシズ)』。

 視える未来の光景……。



(……綺麗だ)



 この魔術で俺は塵と化すらしい。


 コレを制御するセンス。

 発動させる魔力。

 複雑な構築を可能にする知識。



(……いいなぁ)



 俺には無いモノだ。

 魔法も魔術も俺には無縁のモノだ。


 俺がコツコツと貯蓄する魔力の数百倍の魔力量……いや、精霊も見えず、魔力に属性がない俺にはそもそも無理な話か……。



(さて……)



 羨むと同時に生き残る術を超速で模索する。



 トンッ……



 軽く義腕に触れる。

 収納(ストレージ)にある全ての武具を解放する。



 ザザザザザザッ!!




(……《第七門魔力回路解錠(セブンスマナ・アンロック)》、《全武具施錠(アーマーズ・ロック)》!!)



 タンッ!!!!



 全てを大気で繋げて一気に加速する。

 投げやりになってるわけじゃない。


 剣、刀、槍、矛、クナイ×20を右の指先から。

 大盾×5を左の指先から……。


 大気の糸で繋げて《施錠》する。

 ……舐めてくれるな。手で持っているかのように扱えるまで250年。武具を連携させ、たった四つ型を創るのに100年。


 これまで貯蓄した魔力のほぼ全て消費する。

 深淵(アビス)からの帰還は絶望的になる。



 だが……ここで死ぬよりマシだろ?



(ハッ!! お前は知らないだろう? “レティアノール”……。お前といたのは剣術だけに囚われていた俺だ……)




 ズズズズッ……



 これから降る。

 槍のような黒い雨。レイピアのような鋭い雨。

 そんな生ぬるいモノではなく、天井から地面奥深くまで長く貫く、消えることのない《黒雷(コクライ)》が無数に降って来るんだ。



 ポワァアッ!!



 “レティアノールらしきモノ”は、俺がプレゼントした黒杖の魔石も黒に染め上げ、容赦なくそれを振るう。


 正面からも6つ魔法陣を展開。

 確実に俺の息の根を止めにきている。



 バチバチバチバチバチバチッ!!!!



 うるせぇーぞ、『感覚(センシズ)』。

 やられる前にやっちまえばいいだけだろ!!



 俺は『感覚』を《施錠(ロック)》する。

 反応速度は馬鹿みたいに落ちるだろうが、無傷は確実に無理だ。かすり傷で激痛なら、コレからの俺はショック死確定……。


 

 まだ1分も経ってないだろうに息が苦しい。

 ……格上とやるときはいつもこうだ。いつでも勝負は一瞬。細い細い蜘蛛の糸から手を離せば、奈落に堕ちる。



 フワッ……


 左手を降り、指先でコントロールする。


 バキバキッバキバキッ……!!


 頭上から降る《黒雷(コクライ)》のスピードを少しでも遅らせるために、ドワーフに造らせた最上級の盾で道を作る。


 稼げたのは0.3秒もないくらいだろうが……、



 フワッ……



 右手を降り、指先で操る。


 槍とクナイで相手の回避先の誘導して指定。

 矛で下半身を横薙ぎに振るい、正面からの魔術の発動を少しでも遅らせる。



「……フフッ!!」



 笑った“レティアノールらしきモノ”は横薙ぎの矛を後方に回避しようとするが……、



 トンッ……



 それは叶わない。

 背後には最初に投げたクナイの《軌道施錠(ロード・ロック)》が見えない網を張っている。



「……ッ!!」


(驚愕しているところ悪いが、射程圏内だ!!)



 クイッ!!



 指を折り、剣と刀を放つ。



 グシャッ!!!!



 同時に左腕と右脚に《黒雷(コクライ)》が着弾するが……、



 グザンッ!!!!



 剣と愛刀は両手で杖を構えた“レティアノールらしきモノ”の両腕を斬り飛ばした。



 パリンッ!!!!



 展開していた魔法陣の消滅。



「……くはっ!!!!」



 左腕右脚の消失……。激痛による呼吸の再開に《施錠(ロック)》していた大気が全て解除される。



 カランカランッ……



 小さく音を立てて武具が落ちる。

 


「ハァ、ハァ、ハァ……」


「くっ……!!」


「み、みたか……。俺の方が強い……。ハァ、ハァ、ハァ……」



 俺は左脚で立ち、義腕で愛刀を“レティアノールらしきモノ”に向ける。



 ボタボタボタッ……



 相手は両腕からの出血。

 俺は左腕と右脚からの出血。



「レティアノールを返せ。“レティアノールの偽物”……」


「……フフッ。フフフッ……。私は“ノール”……。いいわ。“レティア”がうるさいし変わってあげる」


「……」


「フフッ……楽しかったわ、ルシア……。これがあなたの戦い方なのね」


「ふっ……、あんまり凡才を舐めるなよ?」


「少しは認めてあげる……」


「……“ノール”」



 ドサッ……



 俺が名前を呼ぶとノールは倒れた。

 途端に俺の目の前も真っ暗になった。




 ドサッ……









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る