第7話 vs.クリスタルゴーレム



  ◇◇◇



 ――深淵迷宮(アビスダンジョン)




 スゥウウッ!!



 俺は加速しながら大きく息を吸い、愛刀の柄から伸びた鎖を持ってブンブンと振り回す。



(《円空施錠(サークル・ロック)》……)



 刀の軌道上には大気でできた防御壁。

 これは息が続く間だけだ……。万が一の措置だが、俺は戦闘時でも10分は息を止めてられる。


 つまりはぁ〜!?

 10分以内に終わらすってわけだ!!



 タンッ!!



 跳躍と共に刀を上段に振り上げ……、



 ガキンッ!!!!



 問答無用で防御体制になったクリスタルゴーレムに愛刀を振り下ろしたが、


(ハッ! 絶対防御ってやつですかい!?)


 やはり一刀両断とはいかない。



 だが、無策で飛び込んだわけでもない。

 愛刀の特性が有効打になるかの検証だ。


 俺の愛刀が接触箇所からはパラッと“刃こぼれ”する。刃に残留する魔力は対象の魔力を引き寄せ、奪い取る。



 ズズッ……



 これは暗黒竜王(ダークネスドラゴロード)が持っていた引力の魔眼の効果なんだ。刃こぼれは奪い取った魔力を糧に再生するので破損しても問題ない。



(うん。……ちゃんと揺らぐな)



 俺の眼には波紋が広がるクリスタルゴーレムの内部を視認し続けている。


 スゥウウ……


 “魔力の流れを視認できる”。


 コレが何を意味するか……?

 忘れちゃいけないのは、今の俺は『脳』を《解錠(アンロック)》しているということ……。



 ブォンッ!!



 それに『完全な身体強化』で高速移動している。それなのに違和感を感じないのは、クリスタルゴーレムもかなりのスピードで動いている証拠だ。


 だが……。


 魔力の流れを可視化し、情報処理や反応速度を底上げしているとどうだ?



 スゥウウ……



 数秒先が視えちゃうんだな! これが!!

 


 ブォンッ! ブォン、ブォン!!



 三方向からの攻撃も意味がない。

 今の俺はクリスタルゴーレムたちと……いや、全ての生物と時間軸が違うと言える。


 本来なら、並の魔物なら止まって視えるんだが……。


 ……まぁ、初見殺しだ。

 閃光弾などで視覚を塞がれりゃ意味がない。



 ブワッ!!



 振りかぶったクリスタルゴーレムの数秒先を確認。



(ダメージのインパクトの瞬間だけ、魔力が偏るのはもうわかってんだよ……)



 時間にして0.3秒。

 本来であれば認識すらできないわずかな歪み。


 それも、……攻撃を受けた箇所ではなく、相反する箇所。まずは、わずかな小さな波紋を大波に変えて魔力の統制を奪うしかない。



 スゥウウウウ……



(《斬撃施錠(エッジ・ロック)》!!)



 俺は刀を突き型に設置して、振り下ろしてくる巨大な拳に大気の刺突を残して罠を張る。



 ブオンッ!!



 滑り込むように躱した腕。



 ガガッ!!


 大気の刺突が当たる瞬間にタイミングを合わせて最適な角度を演算。今度は愛刀の特性を使うためではなく、斬るための下準備だ。



(《剣施錠(ソードロック)》……)



 スパンッ!!!!



 魔力が薄くなった指先の第一関節目掛けて、愛刀を振り抜いて人差し指と中指を飛ばした。



 ズワァアッ!!!!



 途端に漏れ出し乱れた魔力。完全と思えたクリスタルゴーレムの魔力回路を観察しつつも、


 ブンッ! ブンッ!!


 不具合を出した個体を庇うような動きを見せた2体から拳を躱す……。



 スゥウウ……



 徐々に修復していくのを注意深く観察。


 

 スッ、スッ!!



 残り2体は襲いかかってくるが、回避に専念しながら修復されていくクリスタルゴーレムから目を離さない。



 結論……。



(……せ、性格悪いヤツ……!!)



 クリスタルゴーレム……いや、手の指を切り落とした個体の魔力供給源は左足の土踏まず……ま、まあ土踏まずと言ってもゴーレムにくぼみがあるわけじゃないが……。



(ど、どうせ他の個体の場所も違うんだろうなぁ〜)



 チラッ……



 俺は“8つの心臓を持つ生物”の方向を確認したが、姿を見せずに隠し部屋(スポット)に篭っているだけ。



 ご自慢のクリスタルゴーレムがぶっ壊された時の顔が見れなくてひじょーーーに残念だ。



「ふぅ〜……」



 俺は深く、大きく、息を吐く。


 自分自身以外を《施錠(ロック)》してものを解除するためじゃない。絶対に油断はしないが……、無駄に息苦しさを我慢する必要がないと判断しただけだ。



(……一体ずつ? ……いや。余力はありそうだから核を把握して一気に叩くのが上策か……)


 タンッ……


 左足の土踏まずが核である個体は放置して突っ込んだ。



(さてさてさて……。次は、研究資料に期待しよう……!)



 俺の興味は『コイツ』を創り上げた【錬金術師】(仮)と、その研究成果に移っていた。





  ◇◇◇【side:セシリア】



 私はただ見つめていた。


 楽しそうに口角を吊り上げていた彼が、急に無表情になってチラチラと敵対相手以外を横目で見ているのをただただ傍観していた。



 カンカンッ……キンキンッ……ガキンッガキンッ……



 見ているはず……。

 私はちゃんと彼から目を離していないはず……。


 モヤァア……


 肌を差す魔力……。

 その量は、普段の彼と同一人物とは思えない。



(【鍵師】……ではないのですか……?)



 目で追えないほどの戦闘を前に、私はそんな疑問を抱いた。初めて戦闘を目の当たりにしたのは暗殺狼(アサシンウルフ)の群れと、その上位種……。


 その時の衝撃は開いた口が塞がらなかった。



 ゴクッ……



 これは……、口を開ける暇などない。


 眼前には……、



「“人外の宴”……」



 “遠い大陸”での出来事を描いた子供向けの絵本の世界が広がっている。


 クリスタルでできたゴーレムは、私が知っているゴーレムの動きじゃない。「【鍵師】だ」と“嘯(うそぶ)いた”彼は目で追えないほどの高速移動の中、クリスタルゴーレム……「と」……いえ……、「で」、遊んでいる。



 ……ガキンッ! ……スパンッ!!



 “音”が遅れている。

 ずっと注意深く見ているのに……。



 目の前で繰り広げられる遊戯(ゆうぎ)。

 まるで……、初めてアリの行列を見た子供が冷酷無慈悲にアレやコレやを試しては徐々に飽きてしまっているような……。



(……わ、私はいつの間にか眠りについているのでしょうか?)



 

 ……目の前の光景に現実感がない。


 人類最高峰である武力を誇る天職【勇者】。才能を誇る天職【賢者】。矛である天職【剣聖】。盾である天職【聖盾】。


 そして、人類最上である癒しを誇る【聖女】。



 私は“選ばれた人間たち”に囲まれていた。



 ガキンッガキンッガキンッ!!



(『人類』とは……? 『人間(ヒューマン)』とは……?)



 スパッ!! スパンッ!! 


 

 クリスタルゴーレムを斬るたびに、黒い剣……いえ、極東に伝わる“黒い刀”から漏れ出てるドス黒い魔力が増していく。


 彼の剣の振りなど視認できたものではない。だけど、揺らめく魔力の残滓が、彼の剣筋を教えてくれる。


 刀の軌道は流麗でいて豪快。時折り無駄な空振りをしているようでいても、その斬撃が罠(トラップ)魔法のように……。



 ――大気を《施錠(ロック)》したんだよ。



 ……そう。私は答えを知っている。

 暗殺狼(アサシンウルフ)が何かにぶつかったような不自然な動き。彼のただの牽制……。


 私が驚嘆して声も出せなかったあの戦闘……。あれはどれだけ手を抜いていたものだったのか……。



(私が知っている『常識』が間違っているのでしょうか? 彼の『常識』が間違っているのでしょうか……?)




 ガラガラガラッ……


 


 崩れ落ちていく3体のクリスタルのゴーレムをぼんやりと見つめながら、目の下にクマのある端正な顔に目を奪われる。


 上等とはいえないCランク冒険者らしい簡易鎧などの装備と、手に持っている黒刀のバランスがあまりに歪(いびつ)だ。



「まるで……人間に化けていた神様が力の一端を解放したかのようです……」



 ゴクッ……、ゾクゾクッ……



 目の前の光景を表現する自分の発言。

 その説得力の高さに遅れて身震いした。



(“ルシア・シエル”……。あなたは一体……。ほ、本当に何者なのですか……?)


 

「キィェエエエエエエエエエエッ!!!!」



 唐突にダンジョンを埋め尽くすような奇声が響き渡る。



「許さん許さん許さんぞッ……」



 言葉を話す“人型の魔物”。



 ……“そう”、ですか。

 こ、これが本当の“魔族”なのですね……? 


(……私たちが戦い、“魔族”と呼んでいた“アレ”は……なんだったのでしょう……)



 地面につくほど伸びた白髪。

 クリスタルの角と所々にあるクリスタルの鱗。

 

 異様に長い手足。両肩にはギョロリとした目玉。露出している肋骨(あばら)は大小さまざまな骨が幾重にも重なり合っている。



 ドクドクドクッ……


 剥き出しの殺意と存在の圧力に鼓動が警鐘を告げる。



 ゴクッ……


 《聖域展開(ホーリーフィールド)》の中にいても息苦しいなんて……、明らかに私が知っている“魔族”ではない。



 カツッ、カツッ、カツッ……



(……な、なにをしているのですか? あなたはっ!!)



 彼はニカッと笑顔を浮かべながらクリスタルゴーレムの残骸の上を闊歩する。


「こ、このクソガキィイイイ!!」


「おおぉ!! 先に仕掛けて襲ってきたのはお前だからコイツらを壊すのは当たり前だろ!?」



「……貴様ぁ、」


「んなことより!! お前、かなりの職人だな!! よかったら一緒に地上に帰ろうぜ!?」




 シィーン……




 彼の発言を理解できなかったのは私だけではなかったようだ。“魔族”も目を丸くして彼を見つめていたのだから。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る