第3話 【鍵師】のCランク冒険者
◇◇◇
――シスカ大森林 vs.暗殺狼の群れ……?
(……6匹。ふぅ……【聖女】の前で6匹か)
音もなく、威嚇もない。
よりによって厄介な魔物と出会したものだ。
確か「不可視の狼(インビジブルウルフ)」とかいう別名を持っている魔物だったか?
この状況は随分と皮肉が効いている。
聖女は気がついていないようだが……、
ジィー……
俺から一切目を離さない個体……。
他のヤツよりも一回り大きく、別名通り「不可視(インビジブル)」。周囲と同化してその姿を見せない、本物の『不可視狼(インビジブルウルフ)』がいるのだから笑えてくる。
(単純に暗殺狼(アサシンウルフ)の変異種か……?)
この王国……いや、この大陸では未確認だったと思うが……? まあ、どうせ“魔境(マキョウ)大陸”の森には普通に生息しているヤツだ。
ここルベリアル王国の基準で言えば、討伐難度は一個体で[S+]程度だろう。……知らんけど。
重要なのは、俺が実力を隠している『Cランク冒険者』であること。そして『聖女』の前だということは、全力を出せないということ。
俺が……、「※ただしイケメンに限る」の注釈を無視して、無理矢理キスをしてしまったこと……。
性女の顔が良すぎること。唇が柔らかすぎること。乳がデカすぎず、かと言って小さすぎない美巨乳であること。クソビッチのくせにち○びがピンクすぎるということ。くびれがたまらなくて、キメの細かい肌が美しすぎるということ。
ついでに……、俺が『転生者』であり、12歳になると女神から『天職』を授かるこのクソ異世界で、俺が【鍵師】という天職を授かっていること。
何より重要なのは……。
(俺が『寿命』を《施錠(ロック)》している『不老人間』であること……)
「……《感覚解錠(センシズ・アンロック)》」
ピリッ……ピリピリッ……
俺は聖女にも聞こえないように呟き、全ての感覚を解放する。不可視だろうが、気配がなかろうが、長い時間を生きている俺の肌感覚はどんな生物よりも敏感だ。
ちなみに、この状態で傷をつけられたらあまりの激痛に意識がぶっ飛ぶから初心者にはオススメしない……。実際に死にかけた事も一度や二度じゃない。
“この世界”は現実(リアル)だ。
……テンプレかと思ったら勇者の首ってくらいには異世界テンプレが通用しない世界なんだ。
ピリピリッ!!
(ほら、来たぞ……?)
ピリピリッ!!
背後から1匹。
ピリピリピリッ!!
左右から2匹。
ピリピリピリピリッ……
正面から1匹。背後上空から1匹。
「……流石によくわかっているな」
本物の不可視狼(インビジブルウルフ)は俺が最大の障壁だと理解しているのだろう。
“魔力庫”に《施錠(ロック)》しているため、残量が少ない聖女よりも今の俺は魔力は少なく感じているはずだ。つまり、この場では「生物的に弱いはずの俺」。
それなのに、アイツは「俺」を見過ごせない。
おそらく、獣の本能が俺を危険視している。
おかげさまで聖女や勇者の亡骸に被害はなく、5つの牙を一度に向けてくれたので時短が望める。
(……一瞬で3匹屠れれば上々か?)
ピリピリッ!!
「《空気施錠(エア・ロック)》」
ポワァ!
背後からの個体を空気を手のひらで触れて《施錠》して大気の壁を作り出すことで出鼻をくじく。
グザンッ!!
背後上空からの牙にはあらかじめ固定しておいた剣を振り抜き、大気の壁で受け止めていた個体をドカッと蹴り上げる。
「《空気施錠(エア・ロック)》……」
すぐさま左手を横にかざして受け止め、
グザンッ、グザンッ!!
右からの牙は上段から首を斬り落とし、返す刀で正面からの個体の首を刎ねるついでに、左で受け止めていたヤツを後ろ回し蹴りでふっ飛ばす。
『『グゥルルルルルル……』』
ハハッ……なにが暗殺狼(アサシンウルフ)だ。弱い犬ほどよく吠える。
(さてさて……“お前”はどう動く?)
俺は相変わらず姿を消している不可視狼(インビジブルウルフ)に注意を払うが……、
スッ……
導火線がパチパチと弾けるように俺の肌を刺激していた殺気が唐突に消える。これは、対象を俺から他者に移したことを意味する。
「チィッ!! 《解析(アナリシス)》! 《魔石解錠(アンロック)》!」
即座に内部を見通すことのできる《解析》スキルを発動させ、暗殺狼(アサシンウルフ)を視認。左手で剣の柄に触れ、仕込んでいた魔石を《解錠》して魔力をズズズッと剣に宿らせる。
そして、ドス黒い魔力を纏ったその剣を……、
ブン、ブンッ!!
魔物の核である魔核(マカク)目がけて2回振るう。
剣から走る「魔力の斬撃」は聖女に向かった暗殺狼(アサシンウルフ)の胴体を斬り裂くが、それを視認している暇はない。
ピリピリピリッ!!!!
《解析(アナリシス)》したままの眼には不可視狼(インビジブルウルフ)が大口を開けて突っ込んでくるのが視えているのだ。
(《剣解錠(ソード・アンロック)》、《空気施錠(エア・ロック)》……)
剣の柄を離すと同時に大気を固定しながら、右手を大きく後ろに引く。そうすることで固定された空気は筒状となり、切先が剣という簡易的な長槍の完成だ。
それを大口の中に突っ込むように押し出せば……、
グジュンッ!!!!
不可視狼(インビジブルウルフ)の串刺しが出来上がる。
カランッ……
貫き終えた“長槍”の《空気施錠(エア・ロック)》が解除されて元通りの剣に姿に……、
ドサッ!!
不可視狼(インビジブルウルフ)は巨躯にお似合いの音を立てて絶命した。
俺は天職【鍵師】のCランク冒険者。
自分自身と触れたものを《施錠(ロック)》、《解錠(アンロック)》することと、内部構造を丸裸にする《解析(アナリシス)》のスキルを持つ齢400歳を超えた“人間(ヒューマン)”……。
長い年月の中で、剣を固定したのは手首を固定させることで角度が変えることなく力を分散させない方法を見つけただけ……。
万能に見える《空気施錠(エア・ロック)》も呼吸を止めている間しか《施錠(ロック)》されない欠陥スキル……。
【鍵師】は自分自身以外には制約だらけの、ハズレでもアタリでもない“モブ天職”。
最強チート無双……なんてのは俺には無縁だ。
俺は異世界に来たのに魔法の一つも使えない“欠陥転生者”なんだ。
……なんてことはない。
今の俺は、『最強』を追い求めて異世界中を旅するという夢の元、自由気ままにスローライフを送っているスケベで自己中で不眠症なソロ冒険者ってだけだ。
サァー……
森に静寂が戻ってくる。
チラリと聖女に視線を送るが、俺は苦笑しながら頬をぽりぽりと掻く。
(……うっかり魔石の《解錠(アンロック)》は見せちゃったが、剣技も使ってないし、愛刀も出してない……。《施錠(ロック)》しまくってる身体だし……)
「…………」
聖女は口を開けてポッカーンとしている。
(お、おかしいな……。必要最低限の力で対処したんだけど……)
た、確かにこの大陸はヌルゲーだが……。
(……ん? ……ってか、勇者を殺しちゃうとか……、もしかしてスローライフ終了のお知らせなんじゃね?)
今になって自分がしでかしてしまった事の重大さを自覚しながら、当たり前に不可視ではなくなった不可視狼(インビジブルウルフ)のモフモフに腰掛ける。
シィーン……
俺はしばらくの間ぼんやりと空を泳ぐ雲を眺めていた。
「……あ、あなたは何者なのですか?」
聖女が問いかけて来たのは随分と時間が経った後だった。
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