第2話

「リグレット。あなたは『魔力』をどう理解……えっと、どんなものだと思いますか」


 エフは、リグレットに話しかけた。


 嬉しそうに、無駄に、エフの名前を連呼していたリグレットは「んーとね……」と考えるような仕草をして、静かになった。


 もし、エフが話しかけなければ、いつまでも終わることなく、エフの名前を呼んで笑っていたのではないか。そんな風に感じてしまうほど、リグレットには底知れない無邪気さがあった。


 リグレットが特別に無邪気なのか。それとも、子供というのはみんなこうだったか。人間の子供など、何十年も見ていないリグレットには判断がつかなかった。だが、この無邪気な生き物は、この世界に、絶望的なまでに適さないという事だけは確信が持てた。


「えっとね、ママがね……? リグには、ゴーレムさんを元気にする、凄い力があるのよ! って!」


 しばらく、うんうんと唸っていたリグレットは、たどたどしく説明した。


 その説明を聞いて、間違いではないな。と、エフは思った。


『魔力持ち』の人間を言葉で表すなら、『過剰な生命力を持つ人間』だとされている。もちろん、簡単に表すならばという話で、完璧に表している表現とは言えない。というか、未だに、魔力の正体の完全解明は済んでいない。


 生命力が高いとは何か。


 病気になりにくいとか、怪我の治りが早いとか。それもあるが、もっと本質的なことだ。


 例えば生まれたばかりの赤ん坊は、高確率で魔力を持っている。そのため、幼少期は魔力持ちだったという人間は、かなり多い。だが、ほとんどの人間は、第二次性徴を迎える頃に、魔力を失う。大人になっても魔力が残っている人間は、ほんの一握りだ。


 大人になっても魔力が残っている人間の特徴として、年齢の割に言動が幼い。というものがある。言動だけではない。知能そのものの発達や、身体の発達なども、年齢の割に遅い。


 そしてその傾向は、強い魔力を持っているほど、濃く現れる。その特徴故に、魔力が利用されていなかった時代は、『魔力持ち』は劣っていると判断され、差別の対象であったらしい。今では考えられない話だ。


 リグレットの持つ、底抜けの明るさは、生涯魔力を持ち続ける人間のそれなのかもしれない。と、エフは考えたが、すぐに意味の無いことだと気付く。なぜなら、この終わりつつある世界では、リグレットが大人になることはないのだから。リグレットがどちら側の人間なのか、考えるだけ無駄なことだった。


「リグレット。あなたは、私を、どうやって起こしたの」

「えっとね、ぎゅーっとしたの! 頑張れー! 起きてー! って思いながら、ぎゅーっとするの!」


 効率が悪いな。と、エフは思ったが、むしろ、そのやり方でこれだけ魔力が回復しているなら、大したものだと考えなおした。


 だからこそ、勿体ないと思う。効率的に魔力を伝達すれば、エフは、残存魔力に縛られることなく、派手に動くことができる。


「そのやり方は効率が悪い。次からは私と粘膜……」

「ねんまく……?」


 エフは不自然に、口を閉ざした。そんなエフを不思議そうな顔で、リグレットは見上げた。


「違う……忘れて。ゴーレムに粘膜は無い。今のは人間同士の話」

「んんー? んー、わかったー!」


 ……別に、ごまかす必要はないだろう。


 確かに、人造人間に粘膜は無い。特にエフは戦闘用なので、生殖器もない。よって、今エフが話そうとした話は、エフとリグレットには関係の無い話だ。だが別に、効率の良い魔力供給のやり方の解説であって、無理やりごまかす必要があった内容ではない。説明したって、よかったはずだ。


 エフはそう思ったが、何故かリグレットに具体的なやり方を説明することが憚られた。説明内容が、幼い少女にふさわしくないとして、思考回路に組み込まれた、倫理規定に抵触したのかもしれない。きっとそうだ。……こんな世界、こんな状況でも、やはり規定に縛られている私は、完全な人造人間なのだろう。エフは淡々と、そう思った。


「……今までのやり方でいい。魔力を頂戴」

「うん! えへへ! エフ! 頑張れっ!」


 ぎゅーっと、リグレットはエフに抱き着く。エフは棒立ちで、それを受け入れる。


「疲れたら、離れてね」

「んー……リグ、まだ平気だよ!」

「そう」


 子供が、自身の体力を正確に把握していないことは、エフでも分かる。程よく魔力が充填されたところで、エフは「ありがとう。もう元気になった」と言って、リグレットを剥がした。


 実際、リグレットの魔力量に、エフは驚かされた。エフは、リグレットを気遣ったわけではなく、本当に十分な補給を得てから、リグレットを剥がした。


「今から大きく移動する。乗って、リグレット」


 エフは、地面に膝をついて、リグレットが背中に乗りやすいよう構えた。


「エフ、おんぶしてくれるの!? えへへ! やったぁ! ママもね! ママも、リグのこと、おんぶしてくれたんだよ!」

「そう」

「うん! リグね、おんぶ、すきなの! あったかくて、すき!」


 リグレットが振り落とされないよう、エフはしっかりと支える。


 ……不安だ。リグレットの安全を考えれば、全力は出せないだろう。


 そう思ったエフはまず、探るように、軽く跳躍した。


「すごい! すごい! エフ、すごーい!」

「喋らない方がいい。舌を噛むと痛いよ」

「わっ……うん。わかった!」


 エフに注意されたリグレットは、むんずと口を結んで、エフに強くしがみついた。


 ようやく静かになった。と、エフは思った。


 それからエフは、適切な出力を探りながら移動を続けた。


 出力も安定し、静かなリグレットを背負いながら五分ほど経った頃。




 エフは、ひとまずの目的としていた場所へたどり着いた。




 エフはリグレットを背負い、鉄塔を目指していた。


 鉄塔はこの辺りで一番高い場所だった。まともに地に足をつけて立っている建造物は、その鉄塔以外、無かった。


 鉄塔に着いたエフは、下にリグレットを残し、鉄塔を素早く登り、周囲を確認した。


 見える範囲に、手掛かりがあればいいのだが……。エフはそう思いながらも、同時に、全く期待をせず鉄塔を登った。


 十秒もせず、鉄塔の頂点へと立つ。


 案の定、何も得るものは無かった。


 エフは三秒もせず、鉄塔から地面まで下りた。


「どーだった? エフ! ママ、見えた?」

「いえ、何も。少なくとも、この町は完全に壊れてる」


 魔力を使用し、視力の強化もしてみたが、見える範囲に生物の気配や痕跡は無かった。


 大きく移動しなければいけないだろう。エフは初めからそのつもりだったが、やはり面倒だなと思った。

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