終わる世界の王女リグ

つい

第1話

 意識が覚醒した。


 エフはまず、自身の体に異常が無いことを確認する。


 体の、各種部位はエフの反応に応えた。致命的な損傷は無い。


 ……しかし、この残存魔力量の少なさは問題だ。この状態で全力を出せば、五分も持たない。これで戦えと言うのは無理がある。


 今、戦いの可能性を考慮する必要があるのは、エフを起動した存在が、友好的とは限らないからである。敵国の人間であればすぐに攻撃。何らかの事情でそれが不可能であれば、自壊する必要もあるだろう。


「補給が足りません」


 エフは悩んだ末、第一声は結局、無難なものにした。自国の人造人間に回収されたのか、敵国に鹵獲されたのか、まだ判別がつかないからだ。エフは、エフを起動した存在の反応を待った。


「わっ……ほんとに動いた!」


 エフを起動した人間。少女だった。少女は驚いた様子で、エフから二、三歩後ずさった。


「……民間人?」

「……えっと……よくわかんない」


 状況整理のために、エフは辺りを見回した。その間、少女はおっかなびっくり、エフを見ていた。


「……ここは、基地ではない?」


 瓦礫の山。それ以外は分からない。エフは自身の位置情報の取得を試みるが、失敗する。


 エフは、位置情報の取得を諦めて、改めて、今度は注意深く、辺りを見回す。


 兵器に蹂躙され、たくさんの血を吸って、長い間、雨風に晒された瓦礫たち。


 『瓦礫』以外に、何も特定できる情報が無い。もしかしたら、ここはエフの造られた故郷かもしれないし、敵地のど真ん中なのかもしれない。


 休眠状態に入る前、最後に自分が受けた命令は何だっただろうか。エフは思い出そうとする。


 本土防衛だったか。それとも、敵国の首都の破壊だったか。記憶媒体に異常があるわけではないようだが、思い出すことができない。そもそも、作戦に関する記憶は形として残らないよう、工夫がされているのかもしれない。


 一つ分かるのは今ここに、この残存魔力で敵将の首を取ってこいなどと、無茶な命令をする人間は居ないということだ。


 エフは気を引き締めて、目の前の少女の、素性の特定に入った。


「……お前の、出身国はどこだ」

「……えっと……えっと」


 少女は困った顔をするだけだった。


 敵国のスパイか。子供は警戒されにくい。自分と同じ『人造人間』であれば、子供の姿であろうと、壊滅的な被害も出せる。


 エフは警戒を強めたが、少女は泣きそうな顔をするばかりだった。


「……リグレット」

「そんな国は存在しない」

「えっと……えっとね、リグレットってゆーの!」

「……リグレット」

「うん! ママはね、いつもリグって呼んでくれたの!」


 エフは、警戒をすることが馬鹿らしくなった。


 目の前の少女、リグレットから意識を外して、本部との連絡を試みる。……しかし、連絡は取れない。


 周りは瓦礫だらけで、銃声一つ聞こえない。


 人間の姿も、人造人間の姿も、リグレットを除けば、エフの視界内に存在しなかった。




 戦争は終わったのだろうか。それとも、まだ他の場所では続いているのだろうか。




 勝ったのか? 負けたのか? ……いや、それはどうでもいい。エフは今、目が覚めた。エフは戦いのために造らた存在だ。停戦命令は出されていない。ならば、本部に戻り、再び戦地に向かう以外の選択肢は存在しない。


「ねぇ、ねぇ、あなたは? なんて名前なの?」

「……」

 

 そういえば、自分にも仲間がいたな、と。エフはリグレットの質問を無視しながら物思いにふけり続けた。


 本部用とは違う連絡網。特に同型の仲間とは、秘匿性の高い、強固な繋がりがある。……しかし、連絡はやはり取れない。考えられる可能性は、向こうの通信機能が壊れたか……本体が壊れたか。


「ねぇってば!」

「静かにして」

「ねぇねぇ、ママ! ママを探してほしいの!」

「断る」


 この残存魔力量では、『飛行』や『高速移動』などの機能も、満足に使用できないだろう。それらを使用しない、普通の移動であれば数日は持つかもしれないが、行動範囲はかなり狭まる。


 短期戦か長期戦か。どちらの方が、状況整理の手掛かりが入手できる確率が高いか。正確な数値を出す演算もできるが、そのために探索用の魔力と時間を使っていては本末転倒だ。さて、どう……。


 エフは今後の行動を考えていた。しかし、それを強制的に中断することになった。なぜならば、リグレットが泣き出してしまったからだ。


「……私には、お前の母親を探す理由が無い」


 仕方なく、エフは泣くリグレットに声をかけた。とにかく静かにしてくれないか。エフは、強くそう思っていた。


「だって……だって、『ゴーレム』さんは、人間を助けてくれるって……ママがっ! 困ったことがあったら、『ゴーレム』さんにお願いしなさいって……」


 ……そういえば、『ゴーレム』『ロボット』『人造人間』、色々な呼称があったな。と、エフは思った。同時に、『人造人間』という呼称は初期の呼び方で、いつからか、差別的であると言われるようになり、『ゴーレム』という呼称が一般に定着したことを思い出した。


 人造人間を『人造人間』と呼称するのは、人造人間に対する差別表現であると主張したのは、人間だった。私たちはそれに関して、無関心だった。今思えば、人間たちがそんなことを真面目に議論していたあの頃は、平和だった。


「困ったときはね、ゴーレムさんにお話しすれば、助けてくれるのよって! ママが言ってたの!」


 リグレットの考えは間違っていなかった。エフは間違いなくリグレットの言う『ゴーレム』であり、人間の暮らしが豊かになるように、人間が、人間に似せて造った存在だった。


 だが、エフは戦闘用に造られたのだ。リグレットが想像しているのは、町中に溢れているような、『お手伝いゴーレム』で、エフとは似て非なる存在だ。……という説明を、リグレットに話したところで、理解はされないだろう。


 エフはそう考えて、戦闘用らしい攻撃性で、リグレットを脅して諦めさせることに決めた。


「私は戦闘用に造られたゴーレムです。今すぐ爆発するかもしれません」


 セリフは何でもよかった。こんな少女を脅すことに、エフは思考を割きたくなかった。


「で、でも、ゴーレムさんは優しくて、怖くないって……」

「どうでしょう。こんな瓦礫の山に放置されていましたからね。そういった安全装置の回路に、損傷を受けているかもしれません」


 一般的に、人造人間は、人に危害を加えることができないとされていた。しかし、エフには当然、そういった制約は無かった。魔力量が少ないので小規模にはなるが、実際、今すぐここで爆発を起こしてやることもできた。この少女が見た目通りであるならば、そんなことをせずともすぐに、殺すことがエフにはできた。


「わっ、どーしよう……じゃ、じゃあ、リグはどーしたらいいのかな? ゴーレムさん」

「私から、離れることをお勧めします」


 エフの言葉に、リグレットは「わかった!」と元気な返事をして、ぴゃーっと逃げて行った。エフはその後ろ姿を、無機質な目で見ていた。


 まず移動を開始するべきだろうと判断したエフは、歩き始めた。


 当然夜目は効くが、エフは夜間専用の型ではない。視界の確保には、それなりの魔力が必要だった。そうなる前に高所を目指して、辺りの状況を一通り見回しておきたかった。


 こういう時、男性型に造られた個体であれば、手足が長くて移動しやすいのだろうか。などと、エフは余計なことを考えてみる。


 エフは女性型で、女性型の中でも、小柄に造られている。作戦時であれば、全ての行動に魔力の補助が入るので気にならない。しかし、作戦待機時など、こうして魔力を温存して移動する時は、少し苦労する。


 エフがかつて、敵として相対した『人造人間』の中には、三メートルほどの男性型がいた。あれは流石に極端だが、私もせめて、もう少し大きい体で造られていれば……エフはそんなことを思いながら、苦労して瓦礫の道を進んだ。


 エフが瓦礫の道を進み、ちょうど十五分が経った。


 エフは一度、足を止める。なぜならば、エフに、背後から接近してくる存在を認めたからだ。


 索敵機能など使うまでもない。後ろから「わっ、わっ!」とか、瓦礫が派手に崩れる音とか、「ママ……」とか。騒がしい。


「着いてくるな」と、エフは言おうと決めた。


 エフはリグレットに、そう言うために、振り返る。


 リグレットはまさに、瓦礫を乗り越えたところだった。


 うまく着地できなかったようで、地面に座り込んでいる。その瓦礫は、エフも少し手間取った、大きな瓦礫だった。正直に言うと、エフは少し感心した。私よりも小さなその体で、よく乗り越えたものだと。


 リグレットは「イテテ……」と言いながら、ボロ布に近いワンピースから覗く、細く小さな膝を右手でさすっていた。


「わっ、わっ、どうしよう」


 ……膝を擦りむいたようだ。リグレットの膝は、真っ赤になっている。エフも思わず、うへぇとでも言いたい気持ちになって、顔をしかめた。同型の中でも、特に思考回路が人間に近いエフは、生々しい傷を見るのが好きではない。


 もちろん、それで殺生を忌避することは絶対にないが、戦闘用としては不向きな思考回路に違いなかった。


 エフがその様子を見ている中で、リグレットは再び膝の傷口に右手を添えた。


 そのまま、撫でるように、リグレットは右手を動かす。


 手を離すと、リグレットの膝の擦り傷は、綺麗に消えていた。


 その光景を見て、エフは、自分が一つ重大な事実を忘れていたことに気が付いた。




 誰かが、起こしたのだ。魔力切れで動けなくなり、休眠状態だったエフを。あの時、エフの目の前には、少女、リグレットしかいなかった。




 エフはリグレットに近づいて、口を開いた。


「お前、『魔力持ち』か」

「……えっと、えっとね」


 リグレットは慌てたが、やがて、小さく頷いた。


「う、うん……でも、ナイショ、なんだよ。……みんなに、言っちゃいけないの」


 リグレットは、瓦礫ばかりの周りをきょろきょろと見回して、こしょこしょと小声で、エフにささやいた。


 魔力はエフたち人造人間にとって、動力の源だ。残存魔力が少ないから、エフは今こうして苦労している。




 その魔力が、この少女から補給できる。




 魔力が供給できる人間は、真っ先に攻撃の対象となった。国はいかに『魔力持ち』の人間を守れるかが重要であり、そのために、そうでない人間がたくさん犠牲になった。


 時代が進むにつれて兵器開発も進み、いつからか、守る人間も守られる人間も、まとめて吹き飛ばされる、やったもん勝ちの世界になった。


 最後には、その地に住む生物を等しく、速やかに殺す兵器ができた。潜在能力で言えば、何度も改良を受けたエフにも、その力があった。




 要するに、魔力さえあれば、エフには何でもできた。本部の場所を突き止めることだって、魔力さえあれば簡単だった。今は、その魔力だけが無かった。




「母親を、探したいですか?」

「……う、うん! ママ! ママを探してほしいの!」

「分かりました。ですが、私には魔力が必要です。あなたが協力してくれなければ、動くこともできません」

「する! リグね、いっぱいきょーりょくするよ!」

「では取引……いえ、約束をしましょう。分かりますか? やくそく」

「うん。やくそくする! えっと……えっと……ゴーレムさんのお名前、まだきいてないや……」

「私はエフです。よろしくお願いします、リグレット」

「エフ……エフ! えへへ! エフ!」


 何度も、意味もなく、エフの名前を呼ぶリグレットを、エフは無機質な目で見つめた。

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