本当の別れ

マリーンとルンナは宿への道を歩いていた。


「......オムさん、彼女いたんですね」

「そうね。彼女がいるかどうかも知らないまま部屋に行ったのは間違っていたわ。もう、私達はとっくに道を違えていたというのにね。バカみたい......」

「マリーン様……」

「甘い言葉を言われて、つい甘い気持ちになってしまって。私って単純ね...」


マリーンは自分の愚かさを悔やむように言葉を重ねる。


「それはマリーン様が悪いんじゃなくて、オムさんが悪いんです!チヤホヤされていい気になったんでしょう!」

「ルンナ、慰めてくれてありがとう」


ナインに“あなたは恋がしたいだけだ”と言われた言葉は正しかったのかもしれないと、マリーンは思ってしまう。


気鬱な気持ちで宿の扉を開くと、驚くことにそこにはナインがいた。


ロビーのイスに腰を下ろしていた彼は下をうつむいていたが、マリーン達の姿を見ると、弾かれるように立ち上がり急いで寄って来た。


「姫様!!」


ナインはマリーンの全身を観察するようにじっとしばらく見る。何事も無かったらしいと分かるとホッとした様子を見せた。


「本当に……本当にあなたが無事に戻って来て良かった……!」


ナインはマリーンの手を両手で握ると下を向く。なぜか泣きそうな声で言うのでマリーンは戸惑った。


「ナイン……」

「ナイン様、勝手にマリーン様を連れ出してしまい、申し訳ございませんでした!」


ルンナが深々と謝った。


「違うの!私がルンナに頼み込んだのよ。ルンナは悪くないから!」

「……思うところはありますが、2人が無事に戻って来てくれただけで安心しました。姫様達が部屋にいないことに気付いたのはオレだけです。オレが言わなければベック殿達は何も知らずに終わります」


いつも融通の利かないナインが目をつぶるなどと言うので、思わずマリーンはナインを見た。


「……ありがとう。でもどうして、ナインは私達が部屋にいないことに気付いたの?」

「姫様に失礼なことを言ったことを謝ろうと部屋を訪ねました。応答が無かったので、ルンナを連れてあの者の元へと行ったのではないかと思い、こちらで待っておりました」

「そうだったの.................結果的にはあなたの言う通り、私は彼に会うべきでは無かったわ」


マリーンは目をそらしながら言う。


「……何があったかはお聞きしません。もうお休みになれた方が良いでしょう」


ナインはマリーンと元恋人の間で何が起きたのかを知りたかったが、マリーンの目元に光るものを見ると、何も聞くことができなかった。マリーン達を部屋まで送り届けるだけに留めた。


..............翌日の朝、驚くことにオムがマリーンを訪ねて宿までやって来た。マリーンに話す気持ちは無かったが、どうしても会わせて欲しいとロビーに居座っているらしい。仕方なくマリーンはロビーで話すことにするとナインが付き添ってくれた。


「昨日は本当にすまない。....昨日の彼女は本当にオレの特別な人でもなんでもないんだ。彼女にはマリが大切な人だときちんと説明して納得してもらった」

「.........あなたがどう思うと、彼女はあなたを特別な人だと思っているから怒ったのでしょう?ヒドイわ、そんな言い方」

「彼女は、男なら誰にでもいい顔をする踊り子だ。彼女は仕事が終わるとウチに来て勝手に泊って行く勝手な女なんだよ。でも、オレも帰る家が無いなんて言われたら、冷たく突き放すわけにいかなかったんだ」


(私の知るオムは、職業に対する差別的な発言をしたり、自分に都合の良い理由を述べたりする人じゃなかった......)


「......だからと言って恋人でもない女性を家に泊めて……同じベッドで寝るなんておかしいと思うわ」

「オ、オレは床で寝ているよ。勘違いしないでくれ!」


オムの部屋の床は人が転がって眠れるようなキレイなものでは無かった。もうこれ以上、彼の胸くその悪いウソを聞く気分にはならなかった。オムに背を向ける。


オムはマリーンが去ろうとしたので、焦って肩を掴もうとした。が、ナインによって阻止される。


「触るな!」

「なんだよ!オレはマリーンと大事な話の途中なんだ!」

「.....オム、ナインに絡まないで。前のあなたはそんなことをする人では無かったわ」

「マリ、オレはこの街に来てオレなりに苦労したんだよ。..........人との付き合いは大切だ。みんな困ったら助け合ってる。だからオレの言うことも理解して欲しいんだよ。君なら分かってくれるだろう?」

「助け合い?あなたは私が家に男性を泊めていたら何も思わないの?」

「オレは男でマリは女だ。比べられないだろ!」


吐き捨てるように言うオムは、かつての素朴な優しいオムでは無かった。スッカリ変わってしまったオムに失望する。


「……あなたと再会したくなかった」

「マリ!オレはマリーンに再会したのは“運命”だと信じている!この機会を逃したくない!君への気持ちは本気だ!」

「.....“愛してる”と言われて、正直、心が揺れたわ。だけど、もう終わったことだったのよ。あなたに恋人がいたって私に責める権利はないわ」

「マリ!僕を信じてくれ!」

「やめろっ!それ以上見苦しいマネをするな! お前は彼女を傷つけたのが分からないのか!!」


それまで黙っていたナインが口を開いた。


「......これが本当のお別れね。さようなら」


オムはマリーンが泣いていることに気付くと、ようやく自分がマリーンを傷つけたことに気付いたらしい。


「マリ……すまない。悲しませるつもりはなかったんだ」


マリーンはロビーで立ち尽くすオムを置いて部屋へと戻った。


「姫様、宜しければこれを」


ナインがハンカチを渡してくれる。マリーンは静かに涙を流していた。


部屋に戻るとマリーンはしばらく泣き続け、ルンナはマリーンの背中をさすってくれた。


「とっくに終わった恋なのに、こうも泣けるなんて不思議だわ」

「マリーン様、お姫様だって人間なんです。悲しい時は泣いたらいいと思います!スッキリしちゃいましょう!」

「ルンナありがとう」


マリーンは思い切りしばらく泣いた。


泣きつかれた頃、マリーンはすくっと立ち上がった。部屋の少し離れた場所にいたルンナがマリーンを見る。


(立ち止まっているわけにはいかない。前を向いて進むのよ)


資金がある今、この街で薬販売する必要もない。昼までに出発すれば次の町に、夜までには着けるだろう。


「ルンナ、さっさとこの街を立ちましょう」

「了解です!」


ルンナはマリーンの前向きな様子に安心すると、すぐ皆に報告に行ったのだった。

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