予期しない甘い時間と修羅場
マリーンはルンナに向き合うと、真剣な表情で話を始めた。
「ルンナ、お店でオムとは話が済んだと言ったけど、実はナインがいたせいできちんとは話せなかったの。今一度、2人で話す機会を作れないかしら?今晩中に」
「今晩中!?それは厳しいですよ」
「お願い。今晩を逃したら今度いつ話せるか分からないし……前に進むためにもオムときちんと話し合いたいの」
マリーンは突然の再会に動揺していたのもあり、連絡をとる手段について確認することを失念していた。オムも演奏家として活動しているし、今度いつ会えるのか分からない。確実に話せると分かっている今晩、会う必要がある気がしていた。
「私一人で判断はできませんよ……」
「ルンナ、想像してみて。もしあなたがリムと恋人だったとするわね?事情があって離れ離れになったとして、偶然に再会することがあったら話をしたいとは思わない?」
「それは……そうですけど」
「ならばお願い!ルンナが協力してくれないと2人で話すことは難しいわ」
「マリーン様の気持ちは分かります。自由に恋ができないのは気の毒だって思う時があります。でも、マリーン様とあの人とではさすがに……」
「何も彼とやり直したいわけじゃないの。旅立つことを知らもせず、一方的にオムとの関係を絶ち切ってしまったから後悔していて。彼を傷つけたことを謝りたい」
「……」
ルンナはマリーンの真剣な願いに迷いが生じていた。
「彼はあのお店の上に住んでいるそうなの。お店が終わる頃に話したいと言われて、鍵を渡されたわ」
マリーンが部屋の鍵をルンナに見せると、ルンナはタメ息をついた。
「鍵をマリーン様に渡すなど........では、私がお供します。ですが、男性陣の部屋は隣ですから忍んで行かねばなりません。覚悟は良いですか?」
「ありがとう」
マリーンとルンナは忍び足でソッと廊下に出ると、フード付きのマントを羽織ってレストランへと向かう。チャックの街は夜遅くまでにぎわっており、女性だけで歩いている人もチラホラ見かけた。
(オムの言う通り、本当に治安がいいのね。確かに女性の1人歩きもムリではなさそうだわ……)
それでも、ルンナは念のために短剣をいつでも抜けるようにして警戒しながらマリーンを連れて行く。ルンナに余計な気を使わせてしまって申し訳ないと思ったが、どうしてもオムと話したい気持ちが勝ってしまった。
店の建物に着くと、建物の横にある階段で上の住居部分へと昇っていく。オムの部屋の扉の前につくと、ルンナに扉の前で待っててもらうように頼んだ。
「さっきも思いましたけど、オムさん、マリーン様に鍵を渡して待つように言うなんて、強引ですよね。1人で来させるつもりだったんでしょうか?」
(確かに、いくら治安が良いと言っても私は護衛が付くほどの良家のお嬢さんという設定だし、オムにしては短絡的ね)
「.......女性1人でも歩きやすい雰囲気だから大丈夫だと思ったんじゃないかしら。でも、ルンナがいなかったら私は来れなかったかもしれないわ」
「1人でなんて危ないですよ。.......それはそうとマリーン様、オムさんとは話し合いだけですからね?オムさんが何かしてきたらちゃんと知らせて下さい!」
ルンナにクギを刺される。もちろん、マリーンは話をしたいだけだ。
渡された鍵でおそるおそる扉を開けると、部屋は薄暗かった。狭い部屋にはテーブルやイス、収納棚、ベッドしかない。
てっきりピアノがある部屋に住んでいると思っていただけに、マリーンはちょっとビックリした。
(先ほどの演奏の評価からすると、成功しているのかと思っていたけど.........違ったのかしら)
その時、廊下で人の声が聞こえた。
「ルンナちゃん?マリを連れて来てくれたのかな? 悪いけど少し2人で話したいから待っててもらってもいい?」
「はい。時間は30分だけですよ。後、扉は少し開けておいてくださいね」
「分かったよ」
オムは部屋に入ると急いでランプに灯りを灯す。マリーンを見ると嬉しそうに微笑んで、いきなりマリーンを抱きしめた。
「オ、オム!」
部屋の扉前には本棚があるので、ルンナから2人の抱き合う様子は見えない。
「マリ、すごく会いたかった!」
耳元でささやかれると、マリーンはドキドキしてしまう。
「.....私もよ。あなたがどうしているか気にしていたわ」
「本当に?」
オムはマリーンの真意を探るように、キスしてくる。
「……!」
オムとは久々のキスだが、何となく以前よりも手慣れたような感じがした。
「ダメよ、オム」
「しっ!……マリが静かにしていればルンナちゃんには分からないよ」
「......オム、話をするのでしょう?」
「いいからいいから。マリ、今は目を閉じて」
オムはマリーンの話を遮ぎってキスを続ける。
オムのキスは段々と深くなって、マリーンの肩を抱いていた手は背中から腰へと下がっていった。オムの息づかいが荒くなる。
「ああ、マリとてもキレイだ」
「オム、ダメだってば!」
マリーンがオムの勢いにたじろいでいると、突然、廊下から怒鳴り声が聞こえた。
「オムッ!何よこの女!何で部屋の前に立ってるの?」
女の言葉にマリーンはハッとしてオムから身を離した。
「……彼女がいたのね」
マリーンは騙された気がして恥ずかしくなった。
(そうよね、あれから半年経っているもの.......新しい恋人がいてもおかしくないわ)
甘い言葉を吐かれ、ノコノコと男の元へやって来た自分を悔やんだ。
「彼女なんかじゃない。彼女は同じ店で働いている子で勝手に押しかけて来るだけだ」
オムが必死にマリーンに弁明するが、扉の外で叫ぶ女はその言葉を打ち消す言葉を吐いた。
「オム!今夜は来るなってこういうことだったの!? いつの間に女を作ったのよ!さっさとこの女をどかしてよね!私、疲れて早くベッドで寝たいんだから!ちょっとアンタ、手を放しなさいよ!」
扉の外でルンナと女が揉み合っているようだ。女の言葉からするに、ベッドで一緒に眠るほど女と深い関係らしい。
マリーンはきびすを返して扉へと向かった。
「マリ!誤解なんだ!」
オムが引き止めようとしてマリーンの手を掴んだが、手を振り払う。
扉を開くと、ルンナと揉み合っている女がいた。女は踊り子なのか舞台衣装のような派手な衣装を着ていた。
「何よ!部屋の中にも女がいるじゃないの!どういうことよ?アンタ何人と浮気してるのよ!?」
「オレはお前なんかと付き合ってない!」
「何ですって!?ヒドイわッ!!」
女が泣き叫ぶ。マリーンは見ていられなかった。
「........私とオムは浮気なんてしてないわ。安心して。ただの古い友人よ。少し話をしていただけ」
「は?騙されないわよ!」
女がマリーンに手を振り上げようとしたので、ルンナが女の腕を掴んでねじり上げた。女がうめき声を上げる。
「ルンナ、もう行こう」
手を離された女は激しく罵る言葉を吐いた。オムは女がマリーン達を追いかけようとするので、女を取り押さえる。その隙にマリーン達は階段へと向かった。
マリーン達は足早に階段を降りて外に出ると無言で歩いた。
マリーンは世間知らずの自分を恥じる気持ちと惨めな気持ちとで、気持ちがグチャグチャになったのだった。
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