満月下での悲しい決裂

ナインは自分に起きていることが現実なのか夢なのか分からず混乱していた。


「ナイン、今の私はどう見える?」

「聡明で美しい大人の女性です……」

「改めて言われると照れちゃう」


マリーンは自分で聞いたにもかかわず、照れている。


そんな照れる様子も可愛らしくてナインは何を言えばいいか分からない。


「最近、ナインといることが増えたわよね。私、いつの間にかナインが側にいると安心できるなと感じるようになったの。いつも私の側にいてもらいたいなーなんて。……その、思い切って言ってしまうと私......ナインのことが好きになってしまったかも......」

「………!!」


マリーンが照れながら告白する。マリーンにとって自分から告白するのは初めてだった。


チラリとナインの表情を伺うと、ナインは目を見開いて固まっていた。


「......驚きすぎじゃない?」


ナインは、マリーンに言われたことを何度も何度も頭の中で反芻していた。


(姫様がオレを好き?.........すごく嬉しい)


ナインは自分の気持ちに今まで気付かないフリをしていたが、マリーンの美しさや気取らない親しみやすさにしっかりと魅了されていた。


なのに、応えてはならないという気持ちもあって、どうすれば良いかパニックになった。必死に自分は何をしなくてはならないかを考える。動揺し過ぎて呼吸もおかしくなってきた。


「ナーイーン?うつむいてどうしたの?……その、“好き”なんて言われてイヤだった?」


マリーンはナインが固まって黙りこくってしまったので、ワザと明るい声を出して問いかける。


(冷静にならねば……冷静にならねば……)


ナインは自分に“冷静になれ”と念じながら、何度も深呼吸を繰り返した。呼吸が落ち着くと顔を上げる。


「……姫様、姫様はご自身の立場を分かってらっしゃいません」


マリーンは、ナインの顔が怖い顔つきになったので、ハッとして身を離した。


「あなたはオレが側にいることで、ご自分の気持ちを勘違いしてらっしゃるのです。オレは一兵士にすぎません」

「......気持ちを勘違いなどしていないわ」

「オレとあなたは天と地ほどに立場が違うのです」

「........立場が違うと言っても、あなたは伯爵家の息子だわ。天と地だなんて大げさよ」

「オレは元孤児です。養子になって得た立場なんです。あなたとは違う種類の人間です!」

「……何でそんなことを言うの?違う種類だなんて、私はそんなこと思わない。もし、私を遠ざけようとして言っているならば考え違いもいいところだわ」

「あなたは、別れた恋人をオレに重ねて見ているだけです」

「.....そんなことは無いわ。今なら分かる。あれはもう既に終わったことだって」


マリーンはナインにハッキリと告げる。


ナインは自分にストレートに好意を伝えてくるマリーンを抱きしめたい気持ちでいっぱいになった。だが、一兵士が姫君に釣り合うわけがないと、爪が深く食い込むほど手を握りしめた。


「.......あなたはただ恋がしたいだけだ! 寂しいからといって勘違いしないで頂きたい..........!迷惑だ!」


完全に自分を拒絶するナインの言葉にマリーンはとても傷ついた。


「……なぜ、あなたが私の気持ちを決めつけるの?勝手に決めつけて否定するのは間違っていると思うわ」


ナインと分かり合えてきたと思っていたのに、冷たく拒絶されてマリーンは悲しくなった。自然と涙があふれて頬を濡らす。


ナインは、マリーンが泣いているのが分かったが、泣いている姿を見ないようにして立ち上がる。


「もう戻りましょう」


だが、マリーンがなかなか立ち上がらないので、ナインは戸惑いながら手を差し伸べた。マリーンはナインの手を払いのけて1人で立ち上がる。


それからはずっと無言の時間が続いた。


ナインが前を歩き、泣いているマリーンが後からついて行くという状態でキャンプ地まで戻る。


(姫様のためにオレがしたことは、間違っていないはずだ……)


キャンプ地に戻ると、ナインは厳しい顔&マリーンは泣いているという状態であったので、ベック達は驚いた。


「何があったのじゃ?」

「……お諫めしただけです」

「マリーン様を泣かすほど叱るとは何事じゃ!」


ベックは怒ったがナインは黙ったままだった。リムとルンナは様子が分からずナインに事情を聞こうとするが、“ふさわしい振る舞いについて注意した”としか答えないのでリム達も困惑する。


リム達は、ナインの融通の利かない部分を知っていたため、必要以上に厳しくマリーンを叱ったのだろうと考えた。マリーンを必死に慰めたが、マリーンは沈んだままだった。


皆で静かに夕食をとると、マリーンは早々に寝袋に入ってしまう。ナインとマリーンの雰囲気がいつにもなく険悪なので、皆も話をする雰囲気ではなくその晩は皆、早々に休んだ。


...........次の日、マリーンは起きると皆に“おはよう!”と明るく声をかけた。ナイン以外にだが。


ベック達はマリーンが元気を取り戻したので安心した。


マリーンは昨晩、ナインの言葉にひどく傷ついたが、一晩眠ると段々と腹が立ってきていたのだった。


(勝手に私の気持ちを決めつけるなんて何様よ! やっぱり失礼なヤツだったわ!)


そんな気持ちから、マリーンはナインを拒絶するようになった。


ナインは、こちらを見ようともしなくなったマリーンに表面上は態度を変えることは無かったが、内心とてもショックを受けていた。


(姫様に嫌われた 姫様に嫌われた 姫様に嫌われた)


幼い子どものように、ナインは何度も自分の中で同じ言葉を繰り返す。自分の言動でこんなにも悔いることがあっただろうかと思った。


でも、自分の出自を考えると、間違ってはいなかったと考えざるを得ないという結論に至る。


彼は不器用だった。


ナインを除いた皆は、マリーンが元気になったことでホッとしたが、マリーンがナインを避けるようになったため、ナインをマリーンに直接関わらせないように配慮した。


マリーンとナインは微妙な空気のまま、途中の町を経由しながら旅を続けることになったのだった。

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