タルの町を出発
翌日、ラクダを売って荷馬車を手に入れると、タルの町を出発した。
荷馬車は荷物がたくさん積めるので選んだのだが、いかにも金持ちが乗っている馬車とは違って狙われにくいというメリットもあった。
ちなみに、馬車を操縦していた御者は体調を崩してモリーナの町ですでに離脱している。そのため現在は、手綱はリムとナインが交代しながら手綱を握っていた。
タルの町を出発してしばらく街道を進むと風景が変わっていく。砂地から徐々に緑が増え、森も見えてきた。
「次の町までまだ距離がありますから今日は久しぶりの野宿になりそうですな」
「ふふ、そういうこともあろうかと、タルの町で寝袋を買っておいて良かったの」
タルの町を出発する前に寝心地にこだわったベックが人数分の寝袋を購入していた。薬が高値で売れたため余裕ができたのだ。
「今日は、このままここで野営するぞい」
「そうですね」
試しにベックのおすすめの寝袋で寝てみると、とても寝心地が良い。
「昔、薬草採取で方々を旅していた時に寝袋にはお世話になっておったんじゃ」
「そうだったのね。 この辺りにも薬草が生えているみたい。日が暮れる前に採取しておきましょう」
ルンナは夕食を作るとのことでナインとマリーン、ベックで薬草を採取する。ナインもすっかり薬草採取に慣れて順調に薬草を摘んでいた。
“姫様、オレが守ります”
マリーンは昨晩、ナインに言われた言葉を思い出す。
ナインとは、恋人のフリなどをするうちに距離が縮まった気がしている。最初はポンコツな部分ばかり目についていたが、イザと言う時にはしっかりと自分を守ってくれるナインがやたら男らしく見えた。
気付くとナインのことを目で追っていた。
(ナインは私のことをどう思っているのだろう。“美しい”とは言ってくれたけど……)
薬草を摘み終わると、マリーンは胸にかすかな甘酸っぱい気持ちを抱きつつキャンプ地に戻った。
キャンプ地ではルンナが猛烈な勢いで料理を作っていた。
「すみませーん!ちょっと手間取っちゃいまして!私はまだ料理が終わらないので、マリーン様だけでもお先に湖で水浴びはいかがでしょう?湖はすぐ近くにありますので!タルの町からここまで埃っぽかったですよね!」
「ナイン、私はベック殿と今後の工程についてお話したい。ナインが付き添ってお連れしろ」
「オレがですか...?かしこまりました」
(またナインと2人きり……)
最近、偶然にも何かと2人きりになることが多い。水浴びの用意をすると、ナインを伴に湖の方へと向かった。
湖に着くと、マリーンは岩陰で水浴び用の布を身体に巻き付けながらナインに声を掛けた。
「……ナインも一緒に水浴びする?」
「オレのことは気にしないで下さい。オレは姫様を守るためについて来ているのですから」
「こんな所に誰も来ないんじゃないかしら?」
「二度と姫様に怖い思いをさせるわけにいきません!」
ナインはあくまで周囲の警戒に集中するようだった。
マリーンは湖に足を浸ける。
「冷たっ!」
「姫様?どうかされましたか?」
すかさずナインがこちらを見ないようにして声をかけてきた。
「いえ、思いのほか水が冷たくて驚いただけ」
「あまり長く浸かって風邪をひかれませんように」
「うん」
マリーンは身体を水温に慣らしながら、髪の毛についた砂汚れなどを落としていく。辺りは静かなのでマリーンの使う水音だけが聞こえる。ふと空を見ると月がとてもキレイに輝いていた。
身体を清め終わると、マリーンは素早く就寝用の洋服に着替える。
先ほど見た月がとても美しく、ナインと一緒に月を眺めたい気持ちになった。
「ナイン、着替え終わったわ。 ねえ、ちょっとこちらに来て」
「何でしょうか?」
「ホラ、月がキレイ!」
マリーンが空を指さす。ナインも空を見上げた。
「今夜は満月に近いですね。辺りも良く見えて便利です」
「そういう感想? 私はとてもキレイだと思ったわ。たまにはゆっくりと月を眺めましょうよ」
マリーンは2人が座れそうな丁度良い岩を見つけると、ナインに座るように言う。マリーンは隣に座った。
「とてもキレイじゃない。ナインは月を愛でる気持ちはないの?」
「無いわけではありませんが、どうしても仕事柄そういった考えは二の次でして……」
「もう!」
月が美しい夜だからか、マリーンはロマンティックな気分になっていた。
もう少しナインに近づきたい気持ちになり、思い切ってナインの肩に頭を乗せる。ナインがビクリとした。
「ひ、姫様?」
ナインの声が裏返る。動揺しているらしい。
「何?」
「ひ、姫様。あなたの側にこうして座るだけでも不敬にあたりますのに」
「昨日は抱きしめてくれたじゃない」
「それは、事情が事情でしたから……」
マリーンがじっとナインを見つめると、ナインは落ち着かない気持ちでいっぱいになった。ただでさえ、マリーンは濡れた髪を髪ヒモでまとめて白いうなじをさらしている。
無防備な姿でくっつかれたナインはカチンコチンになった。思わず、マリーンから目を背ける。
「ナイン、こういう風にされるのはイヤ?」
マリーンがナインの肩に頭を乗せたまま聞く。頭にはタオルを巻いていたので、ナインの服は濡らしていない。
「そ、そういうワケではありませんが、姫様が一介の騎士であるオレにこうも密着するというのは……」
「誰も見てないし、今は立場なんて関係ないでしょ?」
「そんなことはありません!」
「私はナインの側にいると安心するの」
ナインはマリーンがなぜ、2人きりの時にこんなにも嬉しいことを言ってくれるのだと、混乱した。しかも、今夜は美しい月夜である。
(姫様は一体、どうされたのだ??雰囲気に飲まれたのだろうか?)
就寝用のワンピースから見えているマリーンの白い脚が妙に艶めかしい。ナインはクラクラしてきた。
「ナイン?どうしたの?」
のぞき込むようにして見てくるマリーンに抱いてはいけない気持ちになり、ナインは焦りまくったのだった。
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