タルの町に到着
翌日の早朝、日の出前に砂漠のオアシスを出発した。
朝日が昇ると一気に砂漠は太陽の色に染まり、ミステリアスな景観となる。
「ここを抜け進んでいくと、古代遺跡があります。かつての時の支配者が墓を建てた跡で、夕日に染まった様子がとても美しいのだとか」
「リム、よく調べているのぉ」
「皆の安全を図るのが私の使命ですから」
「ほっほっほ。いいことじゃ」
ベックは薬草に関しての熱量はかなり高いが、それ以外のことはリムにほとんど任せている。
「古代遺跡なんて魅力的ね」
「今とは違う建築様式で見る価値はあるでしょうな。遺跡から次の町へは近くこれまた違った雰囲気が魅力となっています」
「同じ国でもこうも違うのね」
「我が国の中には様々な民族が暮らしておりますからな。いかに広い国であるかということが分かるでしょう」
「私、そんな大国の一応“姫”なのね」
「一応とは何ですじゃ!マリーン様は大切な尊いお方ですぞ」
ベックが興奮したように言う。改めて言われてみると、忘れかけていたが自分は有力国の姫なんだなあと、マリーンは他人事のように思った。
「正直、王宮の暮らしから離れているからあまり実感ないの。でも、それは悲しいことじゃないわ。旅に出てから色々な人の暮らしを知ることができたんだもの。旅をしていると、自分の国についていかに知らなかったかを実感するわ」
「それは我らも同じです。たまに軍の遠征に行くことはあったとしても、全てを知ることができるわけではありません。旅だからこそ分かることもありますな」
しばらく進むとリムの話の通り、太陽に照らされて黄金色に輝く遺跡が見えてきた。壁には古代の神話に出て来る神々だろうか、絵巻のようなレリーフを確認できる。
「かつての人々の暮らしを感じられるわね」
「宗教色が強い浮彫りですな」
遺跡の日陰となるところで休憩しながら遅めの昼食をとると、近くの町“タル”までは少しとなった。
太陽が西に傾く頃、タルの町に入ると、町のシンボルとなっているらしい砂岩でできた古めかしい宮殿跡が町の中央に見えた。
周囲には大きな屋敷も立ち並んでおり、町の人に聞いてみると商売で成功した商人達の屋敷だという。
「ここは商人の町なのね。色々なお店があるわ」
「にぎわってますな」
「マリーン様!遺跡で見たようなレリーフを掘っている人がいますよ!」
ルンナに言われてそちらを見ていると、道の傍らで鉄の棒と木槌を使って石に模様を彫り付けている男がいた。
「あれは観光用の土産物を作っているのでしょう」
「わあ、ステキね!欲しいけど、かさばりそうだから買うのはムリね」
「落ち着いたらいずれ取り寄せてみましょう」
そんな話をしながらラクダから降りて5人で町を歩くと、町の中には砂漠のオアシスとは違って色とりどりの花が咲いていてキレイだった。黄金色をした石造りの建物を華やかに見せている。
「宿を確保して参ります」
恒例のごとくリムとルンナが宿の手配に向かうと、ベックとマリーン、ナインは木陰で人々の様子を観察してみる。町全体にスパイシーな香りが漂い、食欲をそそられた。
「カフェもあるみたいね。あれは何かしら。紅茶にミルクを入れたみたいな色をしている飲み物は」
「ほっほ、あれは“チャラス”というこの町の伝統的な茶じゃ」
「ベックが知っているなんて思わなかったわ」
「むむ。マリーン様、ワシはかつて薬草を求めて旅しておりましたからの。色々と物を知っておりますわい。あれにはスパイスとして薬草が使われておりますのじゃ」
「へえ~」
戻って来たリム達と宿となる建物に荷物を運ぶ。重い物は殆どリムとナインが運んでくれたので、マリーン達は自分の荷物を運ぶぐらいだが。
「宿について休まれたらすぐに夕食となります。今夜は現地の炊き込みご飯みたいですぞ」
「へえ、楽しみだわ」
夕食に出た炊き込みご飯はタルの伝統食らしく、食堂にいるまわりを見ると手で食べていた。
「手で食べるのが正しいの?」
「地元の者は手で食べる者が多いようですが、旅行者はスプーンを使って食べて大丈夫ですよ」
食べ方そのものが違うなんて!と、マリーンは驚いた。ルンナは手食に挑戦してみようかなーなどと言っている。
「試しても良いが、慣れぬと難しいぞ」
リムがかいがいしくルンナを面倒見ている。微笑ましい。
炊き込みご飯は独特な香辛料を使っており、とても美味しかった。
夕食が済むと、部屋に戻る途中のバルコニーから見えた町の様子にマリーンは惹かれた。全体的に黄金色の石を使った建物が多いので、昼間に見たらきっと町全体が黄色く見えるのだろう。
部屋の中の内装も石のレンガが積まれたままの素朴なデザインで、シーツや枕カバーは真っ白な布が張られていた。とても気持ち良く眠れそうだ。
「全部、岩でできているのね」
「本当ですねえ!男性陣のお部屋も同じような感じですかねー?」
今夜も男性陣と女性陣の部屋に分かれて宿泊だ。もう慣れたもので、夕食後の過ごし方のスタイルも各々できていた。
マリーンは部屋の中に用意されている水を使って身体全体を拭うと、もう一度バルコニーからの眺めを楽しみたくなった。ルンナを誘っても良いが、時間的に男性もいた方が安全そうに思える。
ルンナに断りを入れて隣の男性陣の部屋の扉をノックするとリムが扉を開けた。
「おや、マリーン様が自らどうされましたか?」
「あのね、もう一度バルコニーから町を眺めたいのだけど、誰か付き添ってくれないかしら?」
「かしこまりました。 ナイン!お前がお供しろ」
身体を清めたのか旅の服装からこざっぱりとした服に着替えたナインが出て来た。
「埃っぽい姿のままの私よりもキレイにしたナインの方が良いでしょう」
「オレがお供いたします」
「ありがとう」
ナインとこうして並んで歩くのもモリーナの町以来だなと、マリーンは思う。恋人のフリをしていた時のようにうっかりナインと手をつなぎそうになって、マリーンは慌てて手を引っ込めたのだった。
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