モリーナの町にお別れ
「何だかんだで旅資金に余裕が出てきたのぉ。皆のおかげじゃ。マリーン様もありがとうございました」
ベックが改まって言う。この町に来て2ヶ月が経とうとしていた。あれからランドルは店には顔を出さなくなったが、何となくこちらの店の様子は伺っている気配はある。町で視線を感じて振りむくとランドルが見ていたということが何回かあった。
「アイツ、何だかんだ言ってまだ姫様のことを諦めていないのでしょうか」
「さあ。男性の考えることは私には分からないわ」
「オレが姫様を守りますので」
マリーンと2人でいることに慣れてきたナインは段々と頼もしくなってきていた。手をつないで歩くのは未だ照れているようだが。
今は宿屋の部屋で今後についてどうするかについての話合いをしていた。
「えーと、そろそろ次の町に向けて出発ということになるのでしょうか?」
「ルンナ、おぬしも踊り子までしてくれてよく頑張ったの。そろそろ次の町を目指そうではないか」
ベックの一言で、モリーナの町を離れることが決定した。マリーンはルンナとリム、ナインと共にお店を貸し出していた商会に挨拶に行くことにした。
「短い間でしたが、お店を貸していただいてありがとうございました。無事に薬販売をすることができました」
「いえいえ。こちらもキレイなお嬢さん達がいる薬屋ができて喜んでいたんですよ。しかし、もう町を立たれるとは!あまりにも短い期間でしたなあ。マリさんやルンナさんがいなくなると町の者達もガッカリするでしょう。私の息子も熱を上げていたようですし」
商会頭はきちんと自分の息子がマリーンに熱を上げていたことを把握していたらしい。
「そんなことは……ランドルさんは薬もたくさん買っていただけましたし有難かったです」
「マリさんの薬の知識はランドルの商売にも役立ったでしょうに、惜しいですな。うちのランドルは気に入りませんか?」
まさかだが、商会頭も息子の嫁にと思うほど、マリーンを気に入っていたようだ。
「商会頭殿。マリ様はもうナインという恋人がおりますので」
「......らしいですな。いや失礼。一応言ってみました。ハッハッハ」
商会頭も商売人らしく抜け目ない言い方をしてくる。息子にチャンスが無いと分かると、アッサリと引き下がってくれたが。
別れを言って建物を出て行こうとすると、ランドルが入口の所に立っていた。
「マリちゃん!君が僕の元に来てくれるのを待っていたけど、君は来てくれなかったね。君と別れるのはツライよ........。せめて最後にコレを受け取ってくれないか?」
ランドルはキレイな宝石の付いた髪飾りをマリーンに差し出した。
「こんな高価そうな物を受け取るわけにはいきません」
「受け取って欲しいんだ。それを見て僕を思い出して欲しい。思い出したらぜひ、この町に戻って来て欲しいんだ…」
ランドルはマリーンの手に髪飾りを握らせると、“お別れの挨拶”だと言ってマリを抱きしめた。マリーンは突然の熱い抱擁に固まる。
「ランドル殿!離れて下さい!」
ナインが瞬時にベリベリとランドルをマリーンから引き離した。
「痛てて……いつも君は荒いな。最後ぐらいいいだろ?心の狭い人だな」
「何だと!?」
「やめて、ナイン」
マリーンがナインを止めるとナインは引き下がった。
ランドルにお礼を言うと商会の建物から出る。ランドルは名残惜しそうにまだマリーンを見つめていたので、マリーンは髪飾りのお礼の気持ちもこめて笑顔でランドルに手を振った。
ランドルは切なそうな表情で手を振り返していた。本当に自分を気に入ってくれていたんだなと、今さらながらマリーンは思った。
そんな様子を見ていたナインは、マリーンの肩に手を回すと自分の元へとグッと引き寄せる。突然、肩を抱かれたマリーンはドキリとした。
「........ナイン、恋人のフリがとっても上手になったわね」
「そうでしょうか」
「嫉妬している恋人みたい。思わずドキッてしそうになっちゃったわ」
「嫉妬ですか……」
何故か、ナインはそれだけしか言わなかった。
町でお世話になった人に挨拶を済ますと、御者席に座ったリムが馬車を出発させる。ナインは馬で馬車の後方からついて来る。2ヶ月滞在したモリーナの町を後にすると寂しさを感じた。
「ルンナ、2ヶ月だけだったけど、色々なことをした気分よね」
「はい!モリーナの町では普段体験できないことにも挑戦できましたし、何よりリム様との距離が近づけた感じがします!」
「何じゃ、ルンナはリムのことが本当に好きなのか?」
聞いてないようでしっかりと聞いていたベックが話に入ってくる。
「はい!人生の経験も豊富だし、頼れる感じがたまりません!」
「ほう、ルンナとリムは20も年が違うが、ルンナがイヤでなければいいんじゃないのかのぉ」
「ベックが肯定的だなんて驚きだわ」
「ほう?マリーン様はご存じないかもしれませんが、ワシの妻は15歳も年下でしたのじゃ。事故に遭って亡くなってしまいましたがの……」
「そうだったの……本当に人生は分からないものね」
「そうですじゃ。だから、思うように生きれば良いのですじゃ……あ、マリーン様は別ですぞ!」
「私だけ別だなんてズルイ」
「マリーン様は凡人と違って、類まれな高貴なお方ですからな。特別ですのじゃ」
「特別で得したことなんて今のところあまりないけど。宮殿で暮らしたのも9歳までだし」
「ワシが必ず王宮に戻れるようにいたしますからの」
「王宮に戻りたいわけでは……私、“忘れられた姫君”だなんて呼ばれているみたいだけど、そんなにイヤではないわよ。こうして自由に旅ができるのもそのおかげだし」
「そんなことを言われますな。ワシが悲しくなりますじゃ」
ベックが王宮を離れてマリーンに付き添っていたのもマリーンを立派な王女に育てるためだったと聞いている。
マリーンは王女よりも自由に過ごせる今の立場が長く続けば良いのになあと、思っていたのだった。
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