恋人のフリを開始

“恋人のフリ作戦”はなかなか納得しないナインの説得から始まった。


(ここまで頑なに拒否してくるとは思わなかったわ。ナインはホントに石頭ね……必死に説得をする私がミジメに思えてくるわ)


恋人として振る舞うメリットについて具体的に理由を挙げることで、ようやくナインを納得させられたマリーンだったが、作戦を始める前に疲れてしまった。


「オレが姫様の恋人とは……」

「まだ言ってるの?もう、あなたの説得だけで疲れてしまったわ。私を守りたいならナインがしっかりと演じてくれないと困るのよ」

「オレは本当に女性と親しく付き合ったことがないので、姫様の期待に応えられるかというと……リム様にご教授願おうと思います」

「......お好きになさって」


ナインの説得だけで疲れたマリーンは、ブツブツとつぶやき続けるナインを引き連れて宿に戻ると、事の次第を皆に話した。


「何じゃと?マリーン様が商会の跡取り息子にからまれたじゃと?それでナインが恋人役に?……まだナインの方がマシじゃが、おぬしマリーン様との立場の違いをカンチガイしたらいかんのじゃぞ!」

「あくまで恋人のフリですから、ベック様。興奮なさらないで下さい」


リムがベックをフォローしている。ナインは恥ずかしいのかずっと下を見たままだ。そんな様子をルンナは面白そうに見ていた。


「ランドルさんがあんな強引なところがあるとは思わなかったわ。お店の建物を借りている手前、ナインがしっかりと恋人役を演じて諦めてもらわないとね。とりあえずは荷下ろしの仕事が終わったら、お店まで私を迎えに来てくれると嬉しいわ」

「かしこまりました」

「ナイン、マリーン様の恋人役としてしっかり役目を果たせ」

「リム様、そのことでオレはどう振る舞えば良いか分からないので、ご教授願いたいのですが」


ナインが鬼マジメにリムに頼むので、ルンナがふき出した。


「ルンナ、笑ったらナインが傷つくぞ。……恋人とは好きな者同士だということを考えれば、自然な振る舞いができるだろう」

「はあ」

「ようするに、一緒にいる時間を楽しく過ごせばいいのよね?お買い物デートとか」

「まあ、そういうことです」


ナインはメモをとろうとしている。何を書こうというのだろう。


(ナインのあの調子じゃ、さっそくバレてしまいそうで心配だわ……)


翌日、マリーンがルンナと共に薬販売をしていると、ランドルがさっそくお店にやって来た。


「マリちゃん、おはよう。昨日は、無理やり連れて行かれてしまったけど大丈夫だった?気になっていて宿まで訪ねて行ったけど、リムさんに追い返されてしまってね」

「昨日は……ナインとデートしましたよ」

「無理やりだろう?可哀そうに。昨日は、僕の誘い方も悪かった。今日はきちんと僕とデートしよう」

「無理です」

「なぜ?君は僕と付き合ってくれるだろう?」

「ランドルさん、私はあなたと付き合いません。お気持ちは嬉しいですけど、私はいずれ旅立ちますし、なによりナインと付き合うことに決めたんです」

「なんで、あの乱暴な彼を選ぶのか分からないよ。マリちゃん、何でも君の欲しい物は買ってあげるし、美味しい物も食べさせてあげるから」

「ランドルさん、マリ様にゾッコンですねぇ~」


しつこいランドルを見かねたルンナが話に割り込んできた。


「ルンナちゃんも僕とマリちゃんのことを応援して欲しいんだけど。応援のお礼もするよ?そしたら、君は踊り子として働かなくてもいいだろ?」

「え~、それは魅力的ではありますけど、私、踊り子として楽しんでますから大丈夫ですよぉ!」


それはあながち間違ってはいなかった。ルンナが踊り子としてデビューしてから心配で仕方ない様子のリムが毎日、酒場と宿の間の送り迎えをしている。


「しつこい男は嫌われますよ?ランドル殿」


いつの間にか店には荷下ろしが終わったリムとナインが来ていた。


「品が売り切れてそろそろ店も閉める頃だろうとお迎えに来ましたよ」


リムが隣にいるナインを腕でつついている。つつかれたナインは1歩前に出ると、やや緊張した様子で言った。


「マ、マリ。オレ達も帰ろう」


声が裏返ってるし棒読み……。マリーンは冷や汗が出た。


「付き合うことにした割にはぎこちないね。ウソなんじゃないの?」

「ナインはその……極度の恥ずかしがり屋なんです」

「へえ、ホントに? ちなみに、マリちゃんは彼のどこが好きだっていうの?」

「え……と、守ってくれるところ」


それは間違っていない。


「彼は護衛職みたいだし、それは仕事じゃないの?」

「そうではあるけど、……彼は私が小さい時に泉でおぼれたのを助けてくれたことがあるの」


ナインが目を見開いてマリーンを見た。


「それからずっと好きだったの」


ウソっぽくならないように事実を混ぜながら話す。


「彼........トマトみたいに真っ赤になったね。あながちウソじゃないってことかな。だけどね、今の状況を救えるのは僕だけだよ?マリちゃん、気の迷いだったと気付いたらいつでも僕のところに来ていいからね!僕はな男だから待っていてあげるよ」


強がりなのか、悔しかったのか、ランドルは一気にまくしたてるように言いたいことを言うと店を出て行った。


「一応、納得してくれたのかしら……?」

「みたいですね」

「さあさあ、店じまいをしたら我々も帰りましょうか」


ルンナは防具が見たいのでリムを伴って寄り道をするらしい。マリーンもナインを伴ってお店巡りをしてみることにした。


「ナイン、私達もお店を見て行きましょ」

「かしこまりました」


ナインがぎこちなく手を差し、マリーンと手をつなぐ。ナインの手は緊張のためか汗をかいているし、無言で歩き続けるのでマリーンは手をつないでいるのがだんだんとツラくなってきた。


「ナイン、何か話しましょうよ。無言で歩くなんて恋人らしくないし」

「オ、オレは今の現状で精いっぱいで……」

「もう! あ、あのお店にカワイイ洋服が売っているわ」


マリーンがナインに呆れながら興味惹かれたお店に引っ張っていくと、ワンピースや髪を飾るリボンなどが売られていた。


「わあ、カワイイ!このリボン、キレイね」

「マリ様に、似合いそうですね。買いましょうか?」

「え、いいわよ。見てるだけで十分」


雑貨屋を自由に見て回ることが新鮮なマリーンは、たくさんのリボンを見るのが楽しい。だが、今はムダな出費をするワケにはいかない。


目をキラキラと輝かせながらリボンを眺めるマリーンの横顔を、ナインは気の毒そうに見つめていたのだった。

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