突然やってきた転機
ザンナと星空を眺めてからしばらく経った後、ザンナは産み月が近いとのことでマリーンの世話係から外れることになった。
ベックの再三の願いにより、新たにザンナの下の妹であるルンナがやって来た。しばらくザンナについてマリーンのことを引き継いでから正式に付いてくれるらしい。
屋敷で初めて対面したルンナはマリーンの2つ年下で元気で今ドキな娘だった。ザンナはいかにもお姉さん、という感じだがルンナは自由な感じだ。
「マリーン様、初めまして!ホントは初めましてではないのですけれど!王都にいた時にお姉様に会いに来てマリーン様にちょっとだけご挨拶させていただいたことがあります!」
マリーンはそう言われてチョコチョコしていた子がいた気がしたなと思った。と言っても、9歳までしか王宮にはいなかったから良く覚えていないが。
「マリーン様のためにお役に立ちますので!お任せ下さい!」
とにかく、元気いっぱいのルンナはくるくると働いてくれた。薬草の取り違えもしないし、なかなか優秀だ。若いルンナが現れたことでオムの反応が気になったが、オムはいつも通りだったし、ルンナも彼に興味無さそうであったのでひそかに安心する。
ルンナはどちらかというとオジ様好きらしく、驚いたことに20歳も年上のリムに興味を示していた。リムが側に来ると、ルンナはニコニコしてずっと話しかけているのだ。リムはお父さんと思われていると思っているのか、ルンナの好意に全く気付いていないみたいだが。
マリーンはオムと店裏で初めての逢引をしてから、その後もお手洗いに立つタイミングで2人きりのわずかな時間を楽しんでいた。10分ほどの時間だけだが2人にとっては大事な貴重な時間だ。
今日は、雨が降っている。2人は軒下に並べられた酒樽の上に座っていた。いつもならすぐにオムがマリーンを抱きしめるのに、今日は何かを迷っている様子で妙だ。何事かと聞いてみると、オムはおずおずと語り出した。
「オレ、チャックの街に住む貴族からお抱えの音楽家にならないかと誘われたんだ」
「チャックの街?……ここから随分と遠い所ね。なぜ、そんな遠くの街から声が掛かったの?」
「そこの貴族の使用人が腕の良い演奏家を探してここの町まで来ていたんだ。この前、マリが好きな歌劇の曲を弾いたろ。あれを聞いて、オレに興味を持ったらしい」
この前、オムが自分の好きな歌劇の曲を弾いてくれたのを覚えている。あの曲は貴族の間でとても人気のある曲の1つだ。あれを聞いてオムが元々、貴族の家で演奏をしていたのを知ったらしい。
「チャックの街に行くのよね?」
「オレが行ったら離れ離れになるんだよ?何でそんな冷静に言えるだ?」
「だって……オムはいずれ宮廷音楽家になるのが夢でしょう?私が上級薬師になるのが夢だというように」
「そうではあるけど……マリのこと、オレは本気だよ。マリといると新しい曲作りのイメージも湧いてくるし、マリと離れ離れになるなんて考えられない」
「オム……私だってあなたと離れるのは寂しいわ」
オムにきつく抱きしめられてキスされれば、マリーンも立場を忘れてオムと一緒にいたい気持ちになってしまう。
「マリとは、オレがきちんと音楽家として身を立てられたら結婚したいと思っているんだ」
「オム……!」
情熱的なプロポーズをされてマリーンは全身が熱くなるのを感じた。オムを見つめる。
(この人は本当の私を知らない。だけど、本気で私を愛してくれている……)
オムはマリーンに熱いキスをすると抱きしめた。
その時、裏戸が突然開いた。マリーン達の抱き合う様子を見たベックは血相を変えると持っていた杖でオムを打とうとする。マリーンは思わず叫んだ。
「やめて!」
......結果的に、オムは無事だった。ベックの後ろにいたリムがベックの手を掴んだからだ。
「ベック!何てことするの?オムはピアニストなのよ?傷つけられたら演奏ができなくなるわ!」
「手を出すのが悪いんじゃ!この身の程知らずが!」
オムはベックの振り下ろそうとした杖を避けなかった。もし、手に杖が振り下ろされていたら大切な手が傷つくかもしれなかったのにだ。
「いや……オレが悪い。マリは大切なお嬢様だからね」
オムは自分とは立場が違うマリとの距離を感じたのか、ベックとリムに謝ると店に戻って行く。
「マリーン様!あなたは自分の立場を分かっておらん!」
70歳近いベックはハゲてツルツルの頭を怒りのあまり真っ赤にして怒っている。
「ベックの言いたいことは分かってる!ごめんなさい。でも、私も恋をしたい。未来までは望んでいないから」
「……マリーン様、しばらく彼との接触は控えなければなりませんな」
「リム、心配しなくても大丈夫よ。彼、貴族に呼ばれてお抱えの音楽家にならないかと誘われているそうだから」
「何ですと? あのようにマリーン様に手を出しておきながら、ヤツは去ろうとしているのですか?」
「捨てようとして、なだめていたつもりなんじゃろう!」
「2人共、落ち着いて。彼は誘われていることを迷ってるって伝えてくれたのよ。私と離れなくないって。私とは本気だって……プロポーズしてくれたの。でも、彼との将来が難しいのは分かってる。私は彼の夢のためにも彼を送り出すつもりよ」
キッパリと言うとベックとリムは黙った。
一方、マリーンは、オムがどんな気持ちでいるのか心配になっていたのだった。
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