初恋人
翌日、店にマリーンとリムが着くと、許可が出ることを見越していたのかオムはすでにいた。
「オム!こんにちは!」
「マリ!演奏会の話、許可もらえたんだね!」
店につくなり話し出した2人を見て、リムは思った。やはり2人は惹かれ合っているのだろうと。自分のかつての思い出を重ねて見ているようで甘酸っぱい気持ちになる。
「マリ様、私はオーナーと話してきますので演奏会を始めていてください」
「うん、ありがとう」
オーナーの部屋は奥にある。しばし2人きりとなるがここは店内だ。少しばかりの自由は問題にならないだろうとリムは考えた。
「やあオーナー、失礼する」
「リムさん、おはよう。オムからピアノ借りたいって言われて何だろうと思ったけど、マリちゃんとのデートってわけだったのか。リムさんの監視付だけど」
「そういうわけじゃないですが、まあ若い2人にとってはかけがいのない時間でしょうな」
「マリちゃんは、いいとこのお嬢さんなんでしょう?オムはいいヤツだけど、平民だしオレがいうのも何だけど、今は日雇いのピアノ弾きだよ、いいのかい?」
「良いも何も私は何も見てはいないし、何も起こりはしないさ」
「ならいいけどさ。微笑ましいよね、若い人達って言うのはさ」
オーナーもリムと同じ30代半ばの主人で、すでに妻を病気で亡くしていたから、妙にリムとウマが合った。ピアノのある店からは2人で楽しむピアノの音が聴こえてくる。
......腰がなかなか良くならないベックに代わってリムが付き添っていたので、マリーンとオムの演奏会という名の逢瀬はその後も順調だった。
リムは気付かなかったが、演奏会を重ねるうちにオムがマリーンに気持ちを伝えて、2人はひそかに付き合っていた。ただ、付き合うといっても演奏会の合間に楽しくおしゃべりをするだけなのだが...。それでも、2人にとってはかけがいのない時間で、反対されるのを恐れて交際は2人だけの秘密にしていた。
やがてベックの腰痛が治り、ザンナの体調が落ち着いてくると、ザンナも演奏会を見守るようになった。ザンナはすぐにマリーンとオムの関係に気付いたのだが、2人きりでどこかにいくわけでもなく、演奏と会話を楽しむだけであったので、リムと相談して温かく見守ることにしたのだった。
「ザンナ、具合はどう?随分とお腹が大きくなったわね。お手伝いもつらくない?」
「いえ、ずっと家にこもるよりも動いている方が母子共に良いんですよ」
「そうは言っても無理はダメよ。ベックも言ってたでしょ?」
「ええ。ベック様は宮廷医師であり薬師の方。側にいて下さるから心強いですわ」
「そうね、赤ちゃんが生まれるのが楽しみね。いつか私も母になるのかしら」
顔をちょっと赤らめて言うマリーンはおそらくオムとの将来を何となく夢見てしまっているのだろうと、ザンナはフクザツな気分になる。
「ザンナ、そんな顔しないで。私の立場は分かっているわ。……その、将来のことを普通に考えてみただけよ」
マリーンにそんなことを言われればさらにザンナは何も言えなくなった。ザンナは子爵令嬢であったが次女であったため、今はフロウの町の商家の息子と結婚し平民として暮らしている。
マリーンは忘れられた姫君とは言え、第二王女なので時期がくればふさわしい結婚相手を定められる運命だ。
「その、申し訳ございません」
「ちょっと、ザンナに謝られることなんてされていないわ。気にしないで!」
表面上では気にならないと言ったマリーンだったが、内心、うらやむ気持ちもあった。気持ちを整理しようと、席を立ちお手洗いへの方と向かう。ザンナはまだ気にしていてうつむいたままでいた。
(はあ、ザンナに当てつけるわけじゃないけど、自由に恋ができるのは羨ましいわ)
そんなことを考えていると、お手洗いのある廊下の突き当りの裏扉からオムに声をかけられた。
「マリ今、少し大丈夫?」
「お手洗いに席を立っただけだけど、少しなら」
マリーンの言葉を聞くと、オムはマリの手を引っ張り店の裏手に連れて来る。2人きりになるとオムはマリを抱きしめた。
「オ、オムったら」
「いつもピアノが無ければ2人になることはできないだろう」
「そうだけど……見つかったら大変」
「少しだけだから。マリは温かいね」
外は少し肌寒い季節に移ってきており、抱きしめ合うとお互いの体温を感じて温かい。
「オム……」
自然とくちびるが重なった。マリーンにとって初めてのキスだ。オムもぎこちなくて慣れてないのが分かる。様子を見ながら何度もやさしくマリーンのくちびるにキスしてきた。お互い、見つめ合うと恥ずかしくて赤くなってしまう。
「星がキレイだね」
オムに肩を抱かれながら夜空に見入っていると、マリーンを呼ぶ声が聞こえてきた。オムと目を合わせると、オムは店の表の方へと走って行った。
「はあ、お嬢様。なぜ、このような所に?」
心配して探していた様子のザンナはお腹をさすりながら夜空の下にただずむマリーンを見つけた。
「ごめんなさい。星がキレイだなって」
「マリーン様、身体が冷えますよ」
「それを言うならば、ザンナの方が冷やしちゃダメよ。赤ちゃんがいるんだから」
「それは、そうかもしれませんが……マリーン様とは立場が違いますので」
「そんなことない! 命は誰だって大切よ。ベックもそう言っているわ」
「マリーン様。すっかり立派になられましたね」
王都では見られない満天の星の元、しばらくマリーンとザンナは夜空に見入ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます