薬師見習い
「ねえベック、娘さんから手紙が届いているわよ」
マリーンは郵便受けから手紙の束を取ると、ベックに手紙を渡した。
「マリーン様が自ら手紙を持ってくるなどとは、姫君のすることではありませんぞ。そのようなことはザンナに任せておけば良いのですじゃ」
「ザンナはまだ来ていないし、自分でできることは自分でやればいいじゃない」
マリーンは静養のために王都から離れてフロウという小さな町近くの別荘地に来て7年が経っていた。王女であるという身分は隠されていたので、ちょっとした資産がある商家のお嬢さんが静養に来ているという設定で滞在していた。
侍女のザンナも一緒に付き従ってきたが、7年もの間この地に暮らすうちに買い物によく行くフロウの町の若者と出会って結婚した。今は、通いでこちらの屋敷で奉公をしている。もう1人、ベテランの侍女も当初はいたが、加齢を理由に退職していた。
だから今は、宮廷薬師兼医師として働いていたベックと通いの侍女であるザンナと護衛騎士のリムだけの少数精鋭だ。必然的にマリーンが自分で色々なことをする機会が増える。
ベックは王にマリーンの身の回りの世話をする者が少ないと再三、手紙で訴えていたが王はジュエルとマリーンの母が病死した後に再婚した新しい妃との間に生まれた王子に夢中なのか、なかなかベックの願いは叶えられなかった。
ただでさえ、7年もの間マリーンを療養に出させてから顔を1度も合わせていない。周辺諸国との関係が緊張しているとはいえ、あまりにも離れている間が長すぎてベックは心配していた。
マリーンは、3年も療養をして13歳になる頃にはほとんど発作も出なくなっていたのだが、いまだ情勢が安定しないという理由でフロウ町近くの屋敷での療養は継続された。
マリーン本人は自由に伸び伸びと過ごせていたので、父王や姉などと会えないのは寂しかったがそれなりに楽しんでいた。
父王の再婚相手は、隣接する国の王女で早くに夫を亡くし未亡人となっていた人物であった。父王との間の子どもが初めての子どもであったので非常に可愛がっているらしい。マリーンは下に弟や妹が欲しいと思っていたから“会いたいなあ”くらいには思っていたが、王宮に呼ばれることはなかった。
第一王女であるジュエルも隣接する国の1つであるイネル国の王子に嫁いだ。第二王女のマリーンは “忘れられた姫君”として世間からは呼ばれている。
王都と静養地は離れていたから、気になるウワサも直接聞いてイヤな思いをすることはなかったが、ベックから発作が出た時のための対処療法などを聞くうちに、薬師としての知識についても徐々に興味が出て本格的にベックに指導してもらっていた。今では基本的な薬ならば作れるぐらいになっている。
そうすると、マリーンの中に“自分で調合した薬を売りたい!”という気持ちが起きた。ベックも師匠として仰がれるうちにその気になり、フロウの町で薬を売ろうとなった。
ベックは薬学についてマジメに学ぶマリーンを誇りに思い、持てる知識を与えたいとも思うほど、マリーンの薬師としての才能を見込んでいる。
フロウの町には薬屋は通いで売りにくる薬師がいるぐらいで、マリーン達が薬を売りたいと言うと、非常に喜んでくれた。
ただ、町の規模は小さかったので、適当な店舗となる建物が無く、夜は酒場として使われていた建物で昼間に薬を売ることになった。ベックは当初、渋い顔をしたがマリーンは気にしなかった。
16歳になっていたマリーンは、持ち前の好奇心や人の役に立ちたいという気持ちから“もう小さな子どもじゃないから困っている人の役に立ちたい!”とベックを説得した。
マリーンの高い志を受けて感激したベックは“自分かリムかザンナのいずれかが付いているならば”という条件で許した。王宮にはどう説明したかは知らないが、止められることも無かった。
薬の販売は、昼間は仕事に出ている者が多いせいで午後から営業する方が効率的だということが分かり、なし崩し的に酒場として営業する時間にさしかかる時間まで営業するようになる。
その分、午前中はベックに連れられて薬草を摘み勉強する時間に当てた。
「マリーン様がこんな場所に出入りしているなど知れたら、ワシの首が飛んでしまいますわい」
「ベックは心配症ね。今まで何も言われなかったじゃない。そもそもお父様は、男の子が生まれてそちらに夢中なんですもの。いいのよ、放っておけば」
「マリーン様……」
「今は営業中でしょ。今の私の名前は“マリ”よ」
マリーンは“マリ”という名でフロウの町で生活をしている。
社会勉強の一貫として実家で扱う薬を売っているという設定で薬を売っていたのだった。
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