第10話 神官になる時、世俗との縁は切れ、神官をやめる時、女神との縁が切れる。
お昼ご飯を食べ終えた後、赤ちゃんと小さい子はお昼寝をしに、それぞれのベッドに向かう。赤ちゃんと小さい子の面倒はナターシャとミミに任せることにした。
ナターシャとミミはすでに孤児院を出ていて、働く場も得ているから孤児院が閉鎖されても生活に支障はない。
お母さんは私とロッドに見せてくれた紙に書かれた内容を、食堂に残った皆の前で読み上げた。
「神官のあたしとサーシャ、ルーシーが考えなくちゃいけないのは、自分のことと孤児院の小さい子や赤ちゃんのことだね」
お母さんが読み上げた内容を聞き終えたアニタさんが言う。
「神官として生きるにはサウザーラ領を離れるしかないんですよね。子どもたちは明日、引き取りに来る予定ということですから、身の回りの物を鞄に詰めてやらなければいけないわ」
ルーシーさんの言葉に、食堂にいる孤児たちから反対の声と泣き声が上がる。
「嫌だ!! 皆と離れたくない!!」
「ここにいたい!!」
孤児院の仲間たちの泣き声を聞いていると、私まで泣いてしまいそうになる。私はもう12歳なのに。泣いている子を慰めなくちゃいけないのに、自分が泣きださないようにするのがせいいっぱいだ。
お母さんやルーシーさんが泣いている子や喚いている子をあやしている中、アニタさんが立ち上がり、乱暴に机を叩いた。その音に驚いた子どもたちは、一瞬、泣くのも喚くのも忘れて静かになる。
「あんたたち、皆で一緒に暮らしたいか?」
「暮らしたい!!」
言葉に出して思いを伝える子も、何度も肯く子もいる。私もアニタさんの言葉に肯いた。孤児院を出たいと思っていた。でも、孤児院がなくなってほしいと思ったことは無いし、閉鎖されるなんて考えもしなかった。
「だったらまずは黙って、あたしの話を聞くんだ」
アニタさんは有無を言わさぬ調子で言い、私たちは沈黙を続ける。アニタさんは黙り込んだ私たちを見渡して口を開いた。
「あんたたちが皆で一緒に暮らしたいっていうなら、あたしは神官をやめてサウザーラ領に残る。それで、こことは別の場所に孤児院を作る」
「そんな、神官をやめるなんていけません!!」
アニタさんの力強い宣言に、悲鳴のような声で反対したのはルーシーさんだ。
お母さんも神官をやめるって言ってたけど、神官をやめるってそんなにいけないこと?
「神官をやめたらもう二度と神官には戻れないし、回復魔法も使えなくなってしまいますっ。それに、回復魔法や聖水の恩恵も受けられなくなるのですよ……っ」
「ルーシーさん。それ、どういうこと?」
私は泣きそうな顔のルーシーさんに問いかける。
神官をやめたら二度と神官に戻れないっていうのは、わかる。でも、回復魔法や聖水の恩恵も受けられなくなるってどういうことなの?
「アリス。心配することはないのよ」
お母さんは優しくそう言うけど、でも、話を逸らそうとしている気がして不安が募る。
ルーシーさんは私とお母さんを見比べて、話すかどうか迷っているようだ。
「サーシャ。神官が、神官をやめるとどうなるのかってことは、ごまかさずに話した方がいい。あたしから話すよ。アリスも皆もよく聞いて。神官が神官をやめたら、回復魔法をかけられても怪我は回復しなくなるし、聖水を飲んでも体調がよくなったり病気がよくなったりしなくなる」
「『神官になる時、世俗との縁は切れ、神官をやめる時、女神との縁が切れる』と言われています」
アニタさんの言葉をルーシーさんが補足する。神官をやめて、お母さんが回復魔法を使えなくなるのは仕方ない。でも、回復魔法を受けても怪我が治らないなんて、そんなのダメ。聖水を飲んでも病気が治らないなんて、そんなの嫌……っ。
「お母さん、神官をやめるなんてダメ。私、サウザーラ領を出てもいい。だから……っ」
「アリス、落ち着いて。回復魔法が効かなくなっても薬草を使った薬は使えるわ。神官をやめても元気に生きている人も多いの。私は神官をやめた時のために、薬草や薬の勉強をしていたから、自分が使う薬はそれなりに作れると思う」
「お母さんはこんなことになる前から、神官をやめることを考えていたの……?」
「私はアリスと生きていけるのなら、神官でもそうでなくてもどちらでもいいのよ。元々、アリスを安全に産んで、母娘で暮らすために神官になったから」
私はお母さんの話を聞いて驚いた。だって、お母さんは女神さまを大事に思っているから神官になったと思っていた。お母さんは毎朝熱心に女神像にお祈りしていたし、神官としてのつとめもきちんと果たしていた。まさか、神官をやめることを考えていたなんて。
「私は神官をやめるなんて無理だわ。そんなことできない」
ルーシーさんが力なく項垂れて、言う。
「じゃあ、ルーシーお母さんとはもうお別れなの?」
ルーシーに懐いていたニアがそう言うと、食堂内に子どもたちの抗議の声が満ちた。
アニタさんが手を叩いて子どもたちを静める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます