第9話 突きつけられた条件と三人増えたお昼ご飯。

ユリアス卿は教会と神官、孤児院と孤児たちへの命令書を教会の教卓に置き、兵士たちを引き連れて去って行った。

礼拝堂に取り残された神官たちはうろたえ、泣き出す孤児もいる。私は、礼拝堂の椅子に座ったまま動けずにいた。

私の隣に座っていたお母さんが立ち上がる。


「とにかく、命令書を確認して来るわ。ルーシーさんはすぐに孤児院に戻って。赤ちゃんたちを面倒みているという女性兵士も去ってしまったかもしれない。アニタさんはここにいる子たちが落ち着いたら孤児院に戻って」


お母さんの言葉を聞いて、一番最初に表情を引き締めたアニタさんが立ち上がって肯いた。


「そうだな。あたしたちには呆けてる時間なんて無さそうだ」


そうだ。アニタさんの言う通りだ。私は父親がいなくてもいいなんて思ったこと無いのに父親がいないし、お母さんが神官でよかったと思ったこともない。でも、現実はそうなってしまっている。孤児院をなくさないでほしいと訴えても、きっと孤児院はなくなってしまうのだ。


呆然とした表情のルーシーさんはお母さんの指示を聞いて我に返り、慌ただしく礼拝堂を出て行く。

私は自分に気合を入れるために両頬を叩いて立ち上がった。礼拝堂でいつまでも座り込んでいる場合じゃない。


孤児院に戻るために礼拝堂を出ると、昼を知らせる鐘の音が鳴り響いた。

町の中心部にある広場の時計塔には鐘があり、昼と夕方の二回、鐘の音が鳴り響く。

鐘があるのは街の中央広場で、昼に一回、夕方に二回、鐘の音が鳴る。その音を聞いてだいたいの時間を把握するのだ。


孤児院では昼の鐘の音が鳴るとお昼ご飯の準備を始める。

貧しい平民は昼ご飯を食べることができず、ひどい時には朝ご飯を食べることもできないと、孤児院に来たばかりのロッドに聞いたことがあった。


何があってもお腹は空く。ルーシーさんが小さい子どもたちと赤ちゃんの面倒を見て、アニタさんと大きな子どもたちの何人かがお昼ご飯の用意を始めた。


私とロッドは水汲みのために井戸と台所を何度も往復した。食事の支度のための水汲みは大変だから、やりたがる子があんまりいない。

私は、朝、礼拝堂でお祈りをするので食事の準備や水汲みを他の子に任せてしまうことが多い。だから、昼と夕方は積極的に水汲みや食事の手伝いをすることにしている。水汲みをしている時は考え事をしなくて済むから、私はこの作業が嫌いじゃない。


水汲みを終えた私とロッドが食堂にある椅子に座って、それぞれに考え込んでいると、お母さんが戻って来た。


「アリスとロッドだけなのね。皆は食事の準備をしているの?」


「うん。私とロッドは水汲みが終わったから休憩中」


「そうなの。二人ともお疲れさま。他の神官たちがどうするか話を聞いたり、領主さまが神官と孤児たちに求める条件を書き写してきたわ」


お母さんは私とロッドが並んで座っている席の向かい側に回り、神官と孤児たちに求める条件を書き写した紙を広げる。そこにはこう書いてあった。


・サウザーラ領都の教会に所属する神官はグレイシス王国歴 981年 緑の月14日以降にサウザーラ領内にとどまっていた場合、法令違反者として拘束し、全財産を没収した上にサウザーラ領主の犯罪奴隷として使役する。


・サウザーラ領都の孤児院はグレイシス王国歴 981年 黄の月14日に借金奴隷としてサウザーラ領主の屋敷に引き取る。これを拒否した場合、以降、庇護は与えず、グレイシス王国歴 981年 緑の月14日までにサウザーラ領民としての証を提示することを求める。


・サウザーラ領都の神官寮と孤児院はグレイシス王国歴 981年 緑の月13日日に閉鎖、引き渡しとする。引き渡し日に神官寮と孤児院にある物品はすべてサウザーラ領主に所有権が移るものとする。


「私たちに関係があるものだけを抜粋してまとめたの。アリスもロッドも、自分たちがどうしたいか考えて」


私とロッドが一通り文章に目を通したことを確認して、お母さんが言う。


「お母さんは神官だから、緑の月13日までにサウザーラ領を出なくちゃいけないってことだよね? だったら、私もサウザーラ領を出ることになるよね……」


私はそう言って俯いた。15歳になるまで孤児院に留まり、冒険者としてクエストをこなしてお金を貯め、孤児院を出ようと思っていたのに。


「アリスがサウザーラ領にいたいなら、お母さんは神官をやめるつもりよ」


お母さんが私を見つめてきっぱりと言う。神官ってやめられるの?


「サーシャ母さん。神官をやめたら回復魔法とか、使えなくなるんだろ? 結婚したい人ができたからって神官をやめたヤーシュさんが、結局嫁さんに逃げられて、神官をやめたことを後悔してるって、教会に来て愚痴をこぼしてたの、俺、覚えてるよ」


ロッドの話を聞いて、私は神官をやめた人たちがいて、神官をやめた後も彼らの人生が続いているのだと知る。私の交友関係はすごく狭いから、人懐っこくて友達も知り合いも多いロッドの話は、私の知らないことも多い。


お昼ご飯ができた頃、アレフが孤児院を出てからも頻繁に顔を出してくれるナターシャとミミを連れて来た。ナターシャは孤児院から養子に行ったコニーが暮らす洋品店で売り子として働き、ミミはアレフが定宿にしている『黄金の羊』で働いている。


「皆、無事か……っ!?」


アレフはテーブルに座る私たちを見回して尋ねる。


「兵士が教会に来て、司祭さまが連れていかれたってアレフから聞いて、すごく心配したのよ」


ナターシャが細い目を潤ませ、小柄なミミがナターシャの言葉に何度も肯く。


「三人とも、来てくれてありがとう。昼ご飯、食べてないなら一緒に食べよう」


アニタさんの言葉に、私は席を立つ。


「私、三人分の食事の用意をしてくるね」


「わたしも行く」


私より二つ年下のニアが、私に続いた。


***


登場人物紹介(九話の時点)


・ナターシャ:孤児院出身の21歳の女性。孤児院から養子に行ったコニーが暮らす洋品店で売り子として働いている。目が細いことを気にしている。


・ミミ:孤児院出身の17歳の女性。アレフが定宿にしている『黄金の羊』で働いている。小柄だが胸は大きい。


・ニア:孤児院で暮らす10歳の少女。料理の手伝いをするのが好き。

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