第8話 聖水精製と聖水の証明。【アーツ発動の条件についての記載有り】
小太りの神官から司祭さまが使っていたガラスのグラスを受け取ったユリアス卿は空のグラスを掲げた。
遠目から見ても、ガラスのグラスは綺麗だった。木と陶器のコップしか使ったことが無い私は、ガラスのグラスの輝きを見て少し悲しい気持ちになる。
「聖水精製」
ユリアス卿がそう言うと、空のグラスが光り出す。司祭さまが聖杯で聖水を作り出す時の輝きに似ていて、私は目を見張り、息を呑んでガラスのグラスを見つめる。
輝きがおさまると、空だったガラスのグラスの中には水が入っていた。
司祭さまが使っていたガラスのグラスを用意した小太りの神官がおそるおそるといった様子で挙手した。ユリアス卿は小太りの神官に視線を向けて小さく肯く。
「恐れながら申し上げます。私はアーツ物品鑑定が使えます。グラスの水を鑑定させていただいてもよろしいでしょうか……?」
「許す」
小太りの神官の言葉に肯いたユリアス卿は自分の側に控えている銀色の鎧をつけた兵士のひとりに視線を向けた。視線を向けられた兵士は恭しく頭を下げ、ユリアス卿が持っていたガラスのグラスを受け取り、小太りの神官に手渡す。
小太りの神官は兵士から受け取ったグラスの水をじっと見つめている。あの水は本当に聖水なの?
礼拝堂にいる神官や孤児たちが固唾を飲んで見守る中、小太りの神官がグラスから視線を離してユリアス卿を見つめる。
「これは間違いなく聖水でございます」
小太りの神官が断言すると、礼拝堂内にどよめきが起きる。
ユリアス卿は礼拝堂内を見渡して、小さく手を上げた。
「静まれ」
ユリアス卿が司祭さまを容赦なく捕らえたところを見ている私たちは、彼の言葉にぴたりと口を閉ざした。一気に礼拝堂内が静かになる。なんだか、悪戯がバレないように挙動不審で口を閉ざした孤児院の男の子たちを思い出した。……今の私たち、あの時の男の子たちのように見えるのだったら情けない気持ちになる。
一言でざわめく神官や孤児たちを黙らせたユリアス卿は、美しい微笑を浮かべてグラスの水を聖水と言った小太りの神官を見た。彼の美しい微笑みが、なんだか少し怖い。
「そなたが正しいか、言葉だけでは判別できまい。……この者の右頬を斬れ」
ユリアス卿は小太りの神官にグラスを渡した兵士に命じ、命じられた兵士は即座に剣を抜いた。兵士に右頬を斬りつけられた神官の悲鳴が響く。目まぐるしい展開に、私はただ目を見開くだけだ。
「あの野郎……っ!!」
ユリアス卿に命じられた兵士の蛮行に、怒ったアニタさんが乱暴に席を立った。アニタさんは元冒険者だから腕に覚えがあるし、度胸もある。でも今、彼女は神官で武器を持っていない。神官服は防具にはならない。
「アニタさん。冷静になって……っ」
お母さんが、頭に血が上った様子のアニタさんを制止する。平民の神官が領主一族に歯向かったらどんな罰を受けるかわからない。
「斬りつけられても聖水入りのグラスを落とさなかったことは褒めてやる。さあ、それを飲んで、聖水が本物かどうか、自らの身体で示せ」
ユリアス卿にそう言われ、右頬を斬りつけられた神官は彼に一礼して手に持っていたグラスの水を飲み干した。そして、空のグラスを手にした彼はゆっくりと後ろを振り返る。
……神官の顔に傷はなかった。
「サウザーラ領には司祭はいらない。神官も不要だ。神官はこれより一か月の間にサウザーラ領から退去せよ。孤児院は閉鎖し、自活できない孤児たちは我がサウザーラ領主家で買い取り、借金奴隷として使役する」
司祭はいらない。神官も不要。そう言ったユリアス卿に誰も言い返せない。
そんな中、ロッドが立ち上がった。
「孤児院をなくさないでくれ……っ!!」
ロッドの叫びに勇気づけられた私も、彼の言葉に追従する。
「私たちを孤児院に住まわせてくださいっ」
私の声に続き、他の孤児たちも口々に騒ぎ始めた。
「それはできない。なぜなら、孤児院の建物を平民学校として使用する予定だからだ」
私たちの騒ぎ声に負けない大きな声で、ユリアス卿が言った。
平民学校。聞いたことのないその言葉と、孤児院の建物の利用が結びつかなくて戸惑う。
***
アーツ発動の条件
・アーツは『アーツを使う』という意志があれば無詠唱でも発動する。アーツを行使する者がアーツ名を口にするのは「今からアーツを使う」と周囲に知らせるという意味合いが強い。
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