第6話 サウザーラ領主の選択と決別。
私とアレフとロッドは、何が起きているのか知りたくて司祭さまに近づいた。人垣から飛び出た私たちを、司祭さまの両脇にいる兵士たちが睨む。
「サウザーラ領法を破り、孤児を人買いに売り払っていた分際で、女神の名を語るのか」
司祭さまと対峙している銀髪の青年の声は決して大きくはないのに、言葉のひとつひとつがはっきりと聞こえた。聞こえてしまった。司祭さまが孤児を人買いに売り払っていた……?
司祭さまを責めている、この人は誰なのだろう。彼の周囲には5人、銀色の鎧をつけた兵士たちがいる。兵士たちは青年を守っているようだった。
「嘘を吐くな!!」
司祭さまを責めるようなことを言う青年に食って掛かったのはロッドだった。
「ロッド、やめろっ。失礼だぞ……っ」
平民には見えない青年を責めたロッドを後ろから羽交い絞めにしたアレフが、ロッドの口を塞いだ。銀髪の青年におもねる言葉だったけれど、アレフが本当に心配してるのはロッドの方だ。
アレフに口をふさがれたロッドは、それでも言葉を発しようとしてもがいた。アレフの手が外れ、ロッドが息を吸い込む。まずい。
「司祭さまが孤児を売るわけない!! 司祭さまはそんなことしない……っ!!」
ロッドの最初のひとことは無視していた青年が、わずらわしそうに眉をひそめてロッドを見た。それと同時に、青年の周囲にいる銀色の鎧をつけた兵士たちが、一斉に剣を抜いた。
「ごめんなさい!! 許してください……!!」
私はロッドを庇うように進み出て、叫ぶ。偉い人は怖い。理不尽なことだってたくさんするだろう。武器を持っている人たちは怖い。手に持っている剣で切りかかられたらロッドはきっと死んでしまう。
足が震える。声も、震えてしまっている。怖い。だけど、でも。私はいい子じゃないけど、でも友達を見捨てたりしない。絶対にしない。銀色の青年の青い目が私を見た。綺麗な顔だ。でも、それが余計に恐怖をあおる。
「アリス……!!」
教会から出て来たお母さんが、必死な顔で私に駆け寄ってくる。涙でお母さんの姿が滲んだ。孤児院で私たちの面倒を見てくれている神官の、アニタさんとルーシーさんも走って来る。守ってくれる大人たちの姿にほっとした私の頬に涙が伝う。
神官服の大人たちが私たちの目の前に立ち、対決する姿勢を見せると、銀髪の青年は剣を抜いた兵士たちに、剣をしまうように命じた。……よかった。ロッドが傷つけられなくて。
銀髪の青年を睨んでいた神父さまは、私たちを悲しそうな顔をしていた。いつもの、私の知っている神父さまだ。孤児院の子どもたちが親を恋しがって泣いたり、教会でいたずらをした時にも、あんな顔をしていた。
「モルド司祭は牢に入れよ。教会と孤児院の関係者は教会内へ。神官と孤児のみ入れよ。信徒は入れるな」
銀髪の青年が兵士たちに命じて、教会の入り口に立っていた兵士の一人は教会の中に入り、もう一人は孤児院へと走って行く。青年の側にいた兵士の一人が教会の扉の前に立った。
両手に木の枷がはめられた司祭さまは私たちから目を逸らし、俯いて、兵士たちに連れられて行ってしまった。教会の中から信徒たちが出て来る。
「どうしたらいいのでしょう……っ。わたしたちも兵士に捕まってしまうのでしょうか。子どもたちは無事かしら。泣いていないといいのだけれど……」
ルーシーさんが泣きそうな顔で言う。ルーシーさんは茶色の髪を両脇で三つ編みにしている、気弱で優しい女性だ。自分が怖い思いをしているのに私たち、孤児院の子どもを心配してくれて心がじわりと温かくなる。
お母さんとアニタさんが厳しい顔で視線を交わす。
「あたしたちだけでも逃げた方がいいかもしれない。商人ギルドの口座にいくらか金を預けてるから、この人数なら隣寮の教会にたどり着くまではなんとかなる」
アニタさんの言葉を聞いた私は息を呑んだ。何が起きていることすらわからないのに、私たちは罪人のように逃げなくちゃいけないの? そう思う一方、両手に木の枷がはめられ、連れ去られた司祭さまの姿が過ぎる。
「私たちだけが逃げ出すなんて、それはできない。残った神官の皆や孤児院の子どもたちが罰を負わされるかもしれないわ」
お母さんがアニタさんの提案を否定した。それからアレフに視線を向ける。
「アレフは関わらないで、自分の生活に戻って。あの人たちも、孤児院を出た子を巻き込むことはしないでしょう」
「でも俺だけ逃げるなんて……っ」
「一人だけでも無事な方がいいわ。アレフ、わかるわね?」
渋るアレフをお母さんが説得する。アレフは唇を噛んで小さく肯き、踵を返して走り去る。アレフが去った後、教会から兵士が出てきた。
兵士は青年の前に立ち、背筋を伸ばして報告する。
「ユリアス卿。信徒たちは全員教会の外に出ました」
「わかった。お前はあそこにいる者たちを連れて来い」
「了解しました」
銀髪の青年に命じられた兵士が私たちに近づいてくる。……もう、逃げられそうになかった。
教会の礼拝堂に集められた神官と孤児たちは、一様に怯えた表情を浮かべている。赤ちゃんと小さい子たちの姿は無かった。あの子たちは孤児院にいるのだろうか。
「あの、小さい子と赤ちゃんたちはどこにいるのでしょう……?」
私たちを見張っている兵士に目を向け、震え声でルーシーさんが問いかけた。
ルーシーさんは大きな物音が苦手で、司祭さまや神官以外の大人の男の人を怖がる気弱まところがあるけれど、でもとても優しくて孤児院にいる子たちのために勇気を振り絞ってくれる。
「話し合いの邪魔になる幼子たちは、孤児院で女の兵士が面倒を見ている」
兵士はルーシーさんの質問に答えた。よかった。兵士の話を信じるなら、小さい子も赤ちゃんも無事のようだ。
礼拝堂内の緊張した空気がわずかに和んだその時、礼拝堂の女神像の右脇にある教卓の前に立った銀髪の青年が口を開いた。
「私はサウザーラ領主の嫡子、ユリアス・サウザーラである。我がサウザーラ領は女神聖教国と決別することを選択した。故に、神官はこれより一か月の間にサウザーラ領から退去せよ。孤児院は閉鎖し、自活できない孤児たちは我がサウザーラ領主家で買い取り、借金奴隷として使役する」
神官たちはここにいられない? 孤児院が閉鎖する?
信じられない言葉の数々に、私は呆然とユリアス・サウザーラを見つめることしかできない。
***
国の説明(六話の時点)
・女神聖教国:創世の女神アリューシャが最初に生み出した人が初代聖教主となり、女神への信仰を広めるために建てた『聖堂』がある小国。強力な治癒魔法と病を癒す聖水を作り出すことができる『司祭』を育てることができる唯一の国とされていて、世界各国に教会と孤児院を建て、司祭を派遣し、民や貴族たちに奉仕する見返りに莫大な寄付金を得ている。
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