第5話 冒険者通りでの楽しい時間と優しい世界の終わり。

『冒険者ギルド周辺の草取り』のクエストを受けた私たちだけど、草取りの準備をしていなかったのでいったん冒険者ギルドを出ることにした。

あ、そうだ。アレフに拠点登録をどうしているのか聞かなくちゃ。


「ねえ、アレフ。アレフは拠点登録ってどうしてるの?」


私の前を歩いていたアレフは振り返って口を開く。


「普通にサウザーラ支部で登録したけど。アリスはそうしなかったのか?」


「アレフに聞いてからにしようと思って」


「俺もサウザーラ支部で登録したぞっ」


アレフの隣を歩くロッドが主張する。それは知ってる。ロッドの冒険者登録の紙、見せてもらったからね。

ロッドもアレフもサウザーラ支部で登録しているんだから、私もそうした方がいいのかなあ。


「アリスはサウザーラ支部に拠点登録すること、迷ってるのか?」


「うん。私は15歳で孤児院を出たら、他の領地に行ってみたいんだ。だからサウザーラ支部にはこだわってなくて」


「でも2年間はここにいるだろ? サウザーラ支部に拠点登録すると、ギルド貢献ポイントも増えるって話だぞ」


「ギルド貢献ポイントってなに?」


「俺も知りたい」


「ランクアップの参考にする数字らしい。冒険者たちの間では信憑性があるって言われてる。あくまでも噂だけど」


アレフの話を聞いて、サウザーラ支部に拠点登録することに心が傾く。15歳になって、孤児院を出た時のことはその時にまた考えればいいかもしれない。


「クエストの準備をするってギルドを出て来たけどさ、草取りなんて別に準備とかいらなくない?」


私の拠点登録の話が一段落した後、ロッドがアレフに言った。すると、アレフはロッドに呆れ顔を向ける。えっ? ロッド、今そんなに呆れられるようなこと言ってないよね?


「ロッド、お前は『冒険者ギルド周辺』ってどれくらいの広さだと思ってるんだ?」


「冒険者ギルドの建物の周りだろ? 『冒険者ギルド周辺』なんだからさ」


そうだよね。私もそう思ってるよ。私は心の中でロッドの言葉に同意した。


「『冒険者ギルド周辺』っていうのは冒険者ギルドの建物の周辺だけじゃなくて、解体場の周りとか、訓練場の草取りも含まれるんだよ。抜いた草の量だけじゃなくて『冒険者ギルド周辺がクエスト受注前と比べてどれくらい綺麗になってるのか』も見られるんだ。真面目にクエストをこなすと、一回クエスト完了しただけでも黄ランク見習いから黄ランクにランクアップするっていう話も聞いた」


「アレフは何回くらいクエスト完了して、黄ランク見習いから黄ランクにランクアップになった?」


「俺は黄ランク見習いのクエスト、10回以上はやったと思う」


「そっか。ランクアップの道は厳しいなあ」


アレフの話を聞いたロッドがため息を吐く。空気が重くなってきた。話を変えよう。


「『冒険者ギルド周辺の草取り』のクエストで必要なのって手袋だけ?」


「俺は3回目のクエスト受注で、教会で草刈り鎌を借りたんだよ。1回目は素手で地道に草取りしてて、2回目は商人ギルドで紹介してもらった革製品の工房に行って格安の皮手袋をオーダーメイドで作ってもらったのをつけて草取りして、3回目に教会で神官たちが草刈り鎌を使ってたのを思い出して借りに行って、それを使ったんだ」


アレフは地道に試行錯誤をしていたみたい。私とロッドはアレフの体験談を聞いてから1回目の『冒険者ギルド周辺の草取り』のクエストに臨めるからお得かも。


「オーダーメイドってさ、アレフの手の形に合わせて作ったってことだろ? 格安っていっても俺とかアリスには手が出せないんじゃないの?」


「布手袋なら、お母さんに教えてもらいながら作れそうだけど。養子に行った子たちの服、少し残ってるでしょ。それを解けば布手袋の材料になるよね」


「なあ、アリス。俺も分も布の手袋、作ってくれよ」


「面倒くさいから嫌。ロッドも自分で縫物とかできないと孤児院を出た時に困るよ」


私がそう言うと、ロッドはふてくされた顔をして黙り込み、そんなロッドの表情を見たアレフがわざとらしく話に入って来る。


「俺は別に、縫物できなくても今のところ困ってないけど。針も糸も持ってないし」


「アレフは黙って」


私が結託する男の子たちに呆れながらそう言った時、おいしそうな匂いが漂ってきた。私たちは行きにも通った冒険者通りに差し掛かっている。


「とにかくなんか食べようぜ。先輩冒険者のアレフが奢ってくれるんだし」


ロッドがへらりと笑って話を逸らす。ロッドは本当、調子いいんだよね。

でも、いつまでも言い合いをしたいわけじゃないからいいか。


「アレフのおすすめは何かある?」


私が尋ねると、アレフは赤い屋根の屋台を指さす。


「あそこにある肉串の屋台は旨いぜ。俺は冒険者通りの中で、あの屋台が一番好きだ」


「そんなに旨いのかっ。だったら俺、そこの肉串奢ってもらう。アレフのおすすめ買ってきてよ」


「私もそうしようかな。自分で選んで外れたら悲しいし」


たまにしか買い食いなんて出来ないんだから、絶対においしいものが食べたい。


「ロッドとアリスの期待が重い。口に合わなくても文句言うなよ」


アレフはそう言って、早足で赤い屋根の屋台に向かう。ひょろりとして背が高いアレフについていくために、私とロッドは小走りになる。


赤い屋根で売っていたのはうさぎ肉の焼き串だった。たれの匂いが香ばしい。

孤児院の食事は基本的に薄い塩味なので、塩味じゃない味付けの食べ物というだけで気持ちが上がる。しかも、串に刺さったうさぎ肉を食べ歩きするなんて、お母さんたちに見つかったら絶対に、行儀が悪いと怒られる。


私は全然いい子じゃないから、行儀悪い食べ歩きもやっちゃう。信徒の人たちに見られたら、眉をひそめられるかもしれないけど気にしない。

お母さんは神官だから、女神さまに恥じるようなことも行儀悪いこともしない。だけど、私は自由な冒険者なんだ。今日からはやりたいことを思いっきりやるんだ。


アレフから焼き上がったうさぎ肉の串を渡された私は熱々で湯気を立てている肉串に息を吹きかけて冷まし、小さくかぶりつく。ロッドは肉串に息を吹きかけることなくがぶりほ頬張り、口の中をやけどして大騒ぎしている。

アレフは自分の分の肉串と引き換えに肉串3本分の代金を支払った。肉串3本で銅貨30枚。というこは、肉串1本で銅貨10枚。この値段が高いのかお得なのか、私にはわからない。


うさぎの肉串は甘じょっぱい味付けでおいしい。少し焦げたところが香ばしい。


「アレフ、この肉串おいしい。奢ってくれてありがとう」


私は自分の肉串を頬張るアレフにお礼を言う。口いっぱいに肉串を頬張ったロッドもうさぎ肉をそしゃくしながらアレフにお礼を言ったみたい。もごもご言ってて聞き取れないけど、たぶんお礼を言っていると思う。


「孤児院の他の奴らには言うなよ。さすがに全員分奢るのはきつい」


「わかった」


私がアレフの言葉に肯くと、口の中の肉を飲み込んだロッドが口を開いた。


「自慢したいけど我慢する」


「だけど匂いでわかっちゃうかも?」


肉串のおいしい匂いが服とか布の鞄に移っちゃったような気がする。


「歩いてるうちに匂いは消えるだろ。行くぞ」


肉串を片手にアレフが歩き出す。アレフも孤児院に顔を出すつもりなのかな。そんなことを考えながら、私はロッドはアレフの後に続く。


うさぎの肉串をすぐに食べ切ってしまうのはなんだかもったいなくて、大切によく噛んで食べていたら、食べ切った頃に教会や孤児院が見えて来た。串、どうしよう。

アレフやロッドを見ると、二人とも肉串を持っていなかった。その辺に捨ててしまったのだろうか。私はいい子じゃないけど、道にゴミを捨てるのは躊躇う。

串にタレ、ちょっと残ってるけどハンカチに包んで鞄にしまっちゃおう。

ハンカチにタレの汚れ、ついちゃうかなあ。汚れ、洗ったら落ちるかな。


「教会の前、人だかりができてないか? なんかあったのかな」


食べ終えた串をハンカチに包んで鞄にしまった私は、ロッドの言葉に顔を上げた。

教会の前を、兵士が塞いでいる……? なんで?

いつの間にか、私は走り出していた。アレフとロッドも走っている。冒険者登録をして、冒険者になったって笑顔で報告しようと思っていた。いつも通りの朝だったし、何も変わったことなんてなかったのに。


教会の扉から神父さまが出て来た。神父さまの両手には木の枷がはめられている。なんで? 両手に木の枷がはめられている神父さまの両脇には兵士がいる。まるで、罪人を引き立てているような。


「女神さまの天罰が下るぞ……っ!!」


今まで見たことが無いような怖い顔をして、神父さまが叫んだ。おそろしい目つきで睨むその先には、銀髪ですらりとした立ち姿の青年がいた。見たことのないような綺麗な服を着たその人は、平民には見えない。

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