第1章
第1話
──中学1年──
入学式の朝。秋月理菜は鏡の前に立っていた。嬉しくて仕方ないのに、セーラー服を着れないのだ。
「リナ。何してるんだ」
部屋の入り口に凭れながら、兄の駿壱は理菜の方を見ていた。
駿壱はこの街で有名な
「お兄ちゃん!勝手に入って来ないで!!」
理菜は駿壱を部屋から追い出す。
人の部屋に入る時はノックぐらいして欲しいと思う理菜だが、駿壱はお構い無しで理菜の部屋に入るのだ。
(一応、女の子なんだよ)
そう思いつつも言えない理菜は、駿壱が怒ると怖いことを知っている。兄妹ケンカなんかしても一度も勝てたことはない。
「入学式に遅れるぞ」
廊下から駿壱はそう言って家を出ていく。行き先は学校ではなくゲーセンなんだろうと、理菜は思った。
高校2年生の駿壱は、成績は良いが出席日数が足りなくなる程、学校をサボる。
「嫌味だよ。頭が良い不良なんて」
独り言を言って理菜はため息を吐いた。
部屋を出て、リビングに行く。
既にこの家には誰もいない。
テーブルの上には、母親が用意していった朝食がある。
「はぁ……」
入学式なのに忙しい母親は来ない。この家の人間がまともに顔を合わせて朝食を取った試しがない。まともに一緒に過ごした試しがない。
それは仕方ないことだと理解はしているが、寂しくも思う。
そんなことを考えながらテーブルの上の朝食を食べて、家を出た。
少し、戸惑いながら。
少し、不安を抱きながら。
少し、期待を抱きながら。
◆◆◆◆◆
「リナー!」
学校に着くと、パッと明るい声と笑顔で迎えてくれたのは、小学校の時からの親友の河村亜紀。理菜の一番の理解者。
そんな亜紀に理菜は駆け寄る。
「おはよ。リナ」
「おはよ。クラス見た?」
笑顔を返した理菜は亜紀とふたりで掲示板を見に行く。掲示板の前にはたくさんの新入生達が群がっていた。
(アキヅキ……)
掲示板を見上げなら歩いていく。
ドン!
「イタッ!」
「イテッ!」
理菜はぶつかってしまった人を見る。
「「あ……」」
ふたり、立ち止まってしまっていた。理菜がぶつかった人は、小学校のクラスメイトの佐々木浩介だった。
浩介は小学校の時、理菜をイジメてた。でもアキに言わせると虐めてるんじゃなく弄ってるんだって言う。
理菜はそのことが嫌で仕方ない。
新学期早々、会いたくなった人だった。
「おい。リナ」
逃げようとした理菜に、子は声を掛けてきた。
「何で逃げる」
理菜を見る浩介は、ニッと笑った。
「俺達、今年も同じクラスだからな」
「え」
「5組だよ。ちなみにアキは1組だからよ」
と。
そう言って浩介はさっさと教室へ入って行った。
でも、
何で?
何で、アイツは声を掛けてきた?
あたしとは話したくない筈だよ。
じゃないと、虐めないでしょ。
そんな思いが理菜の中に渦巻いていた。
「リナ!」
ポンと。
クラス表を見終わった亜紀が肩を叩く。亜紀は心配そうな顔をしていた。
「コウと何話してた?」
「あ……。佐々木と同じクラス」
「え」
亜紀は本気で驚き、本気で心配した。
「大丈夫?先生に掛け合おうか?」
亜紀のそんな心遣いが嬉しい。
「リナ。頑張れ。小学校の時のリナを知らない奴もいるんだ。そいつ等を味方にしてやりなよ」
と、亜紀。
教室に入る前、そう背中を押した。
亜紀に心配かけないように、精一杯の笑顔を向けた。亜紀も理菜に笑顔を向けた。
◆◆◆◆◆
「佐々木浩介です。特技はスポーツ全般です!」
元気に言った浩介。学ランなんて着てるせいか、大人っぽく見える。小学校の時のあのガキっぽさがない。
「秋月理菜です。えーっと、日本人とアメリカ人のハーフなんですが、突然変異かなんかでこんな姿です」
それを言った途端、クラス中が騒がしくなった。それを言わないと、騒ぎになるからだった。
理菜の髪の色は金色。 瞳の色はブルー。
普通ハーフでも、こんな事にならない筈だけど、なぜか理菜はこんな容姿で産まれてきた。この姿のせいで、毎日イジメにあっていた。
この姿は理菜にとって最大のコンプレックスだった。
◆◆◆◆◆
「リナ。お前にさ、言わないといけない事が……」
放課後。浩介は理菜に声を掛けてきた。
でも理菜は、そんな浩介の言葉を無視して教室を出ていく。
(話したくない……)
小学校の時、何があったと思ってるのよ……と、理菜は心の中で感じ悔しい思いを抱えていた。
理菜には浩介が何を考えてるのか、理解出来ないでいた。素通りしていく理菜を寂しそうな目で、浩介が見ていたなんて思ってもいない。
この時の理菜は浩介のことを思う余裕はなかった。
◆◆◆◆◆
「アキ!帰ろ」
1組の教室に行き、大声で叫んだ。亜紀は、もうすでにクラスの子達と仲良く話してた。
「ごめん。今日、皆と約束しちゃった」
亜紀はそう答える。亜紀はいいコだ。すぐまわりの空気に溶け込める。そんなアキの性格が羨ましく思う。
「そっか。じゃ、またね」
そう言って帰ろうとした。
そんな理菜に亜紀が声をかけて来た。
「リナ!アイツ、何か言ってきた?」
振り返り理菜に向かって言った。
「何も」
「そう」
「じゃ、明日ね」
理菜はそう言って、亜紀に手を振った。
昇降口へ向かい、自分の下駄箱からスニーカーを出す。
正直、ちゃんとやっていけるのか不安だった。
亜紀とクラスが離れたこと、浩介と同じクラスだってこと。
そのふたつが不安にさせていた。
学校を出た理菜。このまま家に帰っても誰もいないしつまらないと思い、ひとりで街をブラつくことにした。
理菜は知らなかった。
今日までごく普通の女の子をしていた理菜があんな目に遭うなんて。
理菜の人生を変えてしまう事件が待ち受けていること。
その時の理菜は思いもしなかった。
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