第7話

袖で指された仙士達は、忌々しそうに渾沌を睨む。真ん中の一人が霊符を胸の前で構え、低く唸った。


「……雲水様は渾沌が目覚めていれば、再び封印してこいとおっしゃった。封印を解いたそこの人間の捕獲と一緒にな」

「ふうん? 前の子ならともかく、君ごときに僕を封印できるのかなぁ? こっちにはそれなりに使える剣士もいるし。ねえ、秀麗」


 渾沌に声をかけられたが、秀麗はそれどころではなかった。

 背筋が凍り、額から流れる冷たい汗は量を増す。剣の柄をこれ以上ない程握り絞めたが、それでも恐怖は拭えない。

 仙士達は、確かに言った。

 自分を捕獲する、と。

 かつては人間に対し助言を与えてくれていた仙士達も、戦争となった今では強力な敵だ。皇帝・輝王が各地から集めた優秀な兵を以てしても地上界は劣勢に追い込まれているというのに、地方官吏の使用人が太刀打ちできるはずもない。

 間違いなく、自分はここで彼らに捕まる。そしてどこかへ連れて行かれた後、無慈悲に処刑されるのだろう。精魅相手ならともかく、この状況はどうにもならない。

 殺される未来に震える秀麗。しかし渾沌はそんな彼の表情をあまりにも呑気にのぞき込んだ。


「んーと。君、大丈夫?」

「大丈夫な訳あるか。俺はなんの力もないただの使用人なんだぞ。お前は何かすごい力を持ってるから平気な顔していられるのかもしれないがな」

「そんなことないよぉ。昔の僕なら確かに力はあったけど、今はあの頃の半分以下。封印される時に奪われちゃって、まだ戻ってないみたいで戦えないんだ。だから君に倒して貰おうと思ってさあ」

「はあ!? お前、何言って――」

「はいは~い。避けてねえ」


 どん、と渾沌に身体を押され、よろめいて二、三歩下がる。その時、直前まで立っていた場所に炎の柱が出現した。


「大人しく捕まれ、人間」


 仙士が手にした霊符を放つ度、二本、三本と炎の柱が出現する。秀麗はすんでのところで攻撃を避け続けたが、できることはそれまでだった。

 ぜた炎が辺りの木に燃え移り、少しずつ広がっていく。

 赤くなり始めた森の中で、尚も攻撃を避けながら秀麗は叫んだ。


「どう考えても無理だろ! 俺があの三人を倒すなんて!」


 そもそも地上界が劣勢に追い込まれている理由は、彼らの戦闘能力故ではなく、高い回復能力にある。深い傷を負ってもすぐに回復してしまう様が不老不死と呼ばれる所以であり、傷つけても傷つけてもきりがない。だから追い払う選択肢はあったとしても、倒すという選択肢など存在しないのだ。

 しかし渾沌はにやりと笑い、離れた場所からひらりと秀麗の側に近づいてきた。


「倒せるよお。君、本当に全く仙士を倒せたって話を聞いた事がない?」

「……全くと言うわけではない。極少数回、倒せた例もあると噂に聞く。だがそれも、理由は分かってないんだぞ! 俺が闇雲に剣を振り回したところで倒せる訳がない!」

「闇雲じゃないよお」


 のんびりと言いながら、渾沌は秀麗が握り絞めた剣の剣身にそっと触れる。すると彼の手の平から闇色の霞が現れて、秀麗の剣身にまとわり付き、龍の紋様を覆い隠した。

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