第5話

道術を使うどこぞの怪しげな道士か。はたまた人の姿に化けた精魅か。

 いぶかしげな眼差しを向けてくる秀麗に、青年は左にかくんと首を倒す。


「そんなに見つめられたらまた穴が空いちゃうってば~。僕がそこまで気になるの?」

「お前は、誰だ」

「人間はそれ聞くのが好きだねぇ。だいたいいつも一番最初にそれ聞かれてるなぁ」

「答えろ」


 強く問う秀麗に、青年はもう一度「ん~」と唸ってから答えた。


「渾沌だよ」

「はぁ? 何かの冗談か?」

「冗談じゃないよぉ。僕は渾沌。前はすんなり信じてくれたのになぁ」


 自称渾沌の青年は、呆れたようにため息をついた。

 しかしそう言われても、、信じる方が難しい。何せ「渾沌」とは、約二十年前に二界戦争の発端を作り、封印された神の名だからである。

 ここ山河ではあまり気配は感じられないが、この国――というより、この地上界という世界は現在戦争中なのだ。

 この世は三つの世界で構成され、一つはこの地上界、残り二つはそれぞれ仙界、紫微と呼ばれる世界である。仙界とは人間を超越した仙士達の住む世界で、紫微は仙界と地上界を創造したと言われる神々の住む世界。そのうち地上界の戦争相手は仙界だった。

 元々紫微に住む神々は他の世界に自分達から介入しに行くことはせず、また仙界と地上界も互いに仲良くやっていたのだが、何を思ったか渾沌と言う神は二十年ほど前に突然地上界の皇帝の即位式典に現れて「仙界は裏で地上界の歴史を操っている」などと言ったのだ。すぐに渾沌は来賓として来ていた仙士によって封印されたが、その行動により当時即位したばかりだった皇帝・輝王は渾沌が告げた事は真実だったと考え、仙界を相手に戦争を起こすに至ったのである。


「災いのきっかけとなった神が目の前に現れるなんて信じられるか? しかも二十二年前に封印されているはずなのに」

「だからあ、封印は君が解いてくれたじゃん~。この山、解放された精魅で一杯だから誰も立ち入らないと思ったんだろうけど、甘かったみたいだねぇ」

「それに俺が封印を解いたとしても、お前の姿はおかしいぞ。渾沌という神は目も耳も鼻も口もないと図録に載っていた」

「その図録、何年前のなのぉ? 今の僕にはちゃ~んと顔面があるから、描き直して貰わないとねぇ」

「……はあ」


 この調子ならこの青年は、何を聞いても「自分は渾沌だ」と主張しそうだ。そのやりとりがなんだか馬鹿らしくなってきて、秀麗は剣を鞘に戻した。その時、青年の背中の方に、一本の草が生えているのに気が付いた。


「あ!」

「んー? どうしたの?」


 首を傾げる青年を無視して、秀麗はその草へと駆け寄った。身体についた落ち葉がその勢いではらはら落ちる。


「これ……! やっぱり探していた薬草だ!」


 その草は、出発前に見せられた薬草の絵と寸分違わない。これさえ持って帰ればとりあえず秀麗の身の安全は守られる。

 それにしても、まさかこんな所で見つかるとは。この青年と話をしていなければ、気付いていなかったかもしれない。そう思えば、彼の訳の分からない言動も、多少は許せる気がしてくる。

 秀麗はその薬草をむしると、袋を取り出し中に入れた。そして懐にしまい込み、青年に背を向ける。


「どこかへ行くつもり?」

「用事も済んだし帰るんだよ。お前に構っている暇はないからな」

「ふーん。そっかぁ。でもねえ……」


 衣服を整え、その場を離れようとする秀麗の後ろで、青年は袖を口元に当てて空を見上げた。


「多分、君は帰れないと思うよお」

「は?」


 秀麗が眉をひそめて彼の方を振り向いた、直後。

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