第4話

「来れば良い。この場所なら少しはましに戦えそうだ」

「がああっ!!」


 挑発を理解したのか、精魅は大きく牙を剥く。背中の翼をはためかせると、高く上に飛び上がった。


「はあ!? その羽で!?」


 秀麗は慌てて数歩後ろに飛び退いた。

 山を駆ける最中一切飛ぼうとしなかった上に、あの巨体。せいぜい滑空するのが限度だろうと思っていたのに、どうやら検討違いだったようだ。

 精魅は上空から一直線に突進してくる。空から攻めてくる巨大な生き物の攻撃を受け止められる程の力と剣技は当然ない。


「とりあえず、避けるしか……!!」


 爪先が自分の身体に届く寸前、秀麗は左に飛び退いた。精魅は勢いを殺せず、秀麗の背後にあった巨木へ突っ込んだ。

 衝突で地が震え、太い木の幹があっけなく折れる。振動で秀麗は均衡を崩して倒れ込み、石の祠はばらばらに砕け散った。

 だが精魅はほとんど無傷。すぐに四本足で立ち上がり、鋭い眼光で秀麗を捉た。

 再び襲いかかってこようとする相手に、秀麗は慌てて立ち上がり、体勢を整えようとする。

 その時だった。

 精魅と秀麗の間、ちょうど祠のあった辺りに、黒い光の球が出現したのだ。

 それを見た精魅は怯えたように後ずさり、翼を広げて飛び去った。


「なんだ……?」


 精魅の挙動を不審に思いつつ、秀麗は突如現れた光を凝視した。

 人の頭ほどの球状の光は、闇と言う闇を取り込んだかのような色をしていた。禍々しいような、本能的に不安を誘うようなその光は、徐々にその大きさを増していく。

 秀麗は喉をならして後ずさる。警戒を解くことなく、剣を握る腕に力を込めた。

 光はやがて秀麗をすっぽり飲み込めるまでに成長し、そこで急に収束する。

 その後の光景に、秀麗は目を見開いた。


「んん~。やっぱり外の空気はいいねえ。あの雲水って子、狭くて暗い所に押し込めるんだもん、参っちゃったよぉ。ってか、この場所なんか覚えがあるような……」


 光の球が消えた場所に一人の青年が座り込み、のんびり背伸びをしているではないか。


「おっ、お前、どこから現れた!?」


 秀麗が指さしながら後ずさると、彼は「ん~?」と声をあげながらこちらにくるりと身体を向けた。


「へえ~。君が封印を解いてくれたの? ありがとお。助かったよぉ」


 青年は手も隠れるほどの長い袖をぱたぱたと振りながら、へらりと笑った。

 年は恐らく二十前半。透き通るような白い肌とは対称的に、腰程もある長い髪の毛は闇のような漆黒で、着ている道服もまた黒い。瞳の中に光はなく、深淵にも似た色をしていて、それが自分に向けられていると思うと背筋がぞわりと疼いてしまう。

 美醜を問えば、美の方に入る類いの人物だろう。それも恐らく国中の男がうらやむ程の美男子だ。しかしどこか普通とは異なる雰囲気を持ち、更には常軌を逸した登場を果たした彼に秀麗が抱いた感想は、「美しい」ではなく「不気味」だった。

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