第5話
***
月明かりもない暗い夜。暗い部屋を蝋燭の火が照らす中、一人の青年と二人の中年の男が向かい合って座っていた。聖域から帰ってきたばかりの桃麻、と邪神討伐を依頼してきたこの村の村長と副村長である。
「それで、殺してきたのか」
開口一番そう聞いたのは村長だった。険しい顔が向けられる中、桃麻は静かに首を振る。
「いいえ。会っては来ましたし、確かにあれは神でしょうが、まだ邪悪とは言い切れません。判断するのはもう少し待ってください」
「何? 私達は早急に始末しろと依頼しただろう? 今日もまた一人子供が疫病で死んだのだぞ! 早くしなければこの村は終わりだ!」
桃麻の言葉に副村長が声を荒げた。どん、と床に拳が落ち、衝撃で蝋燭の火が大きく揺れる。
「そうは言っても神殺しは慎重にならねばならないのです。神の善悪の判断もそうですが、例え邪神だとしても殺した後に祟られる可能性もありますから。神の性質を理解し、殺すのであれば適切な対策をした上で行わなければ。俺はまだ、この地に来て日も浅いですし、この辺りの神話や伝承はよく知らない。せめて……」
せめて名前でも分かれば手がかりになるのだが。
そう呟こうとしたのち、桃麻ははっと名前を聞き忘れた事に気付く。 あれからずっと彼に調子を狂わされ、話していたのはどうでも良いことばかり。桃の花が綺麗だとか、自分の故郷がどうとか話す前に、聞き出さなければならない情報が山ほどあったのに。
桃麻が言葉を失っていると、村長が「ふむ」と顎に手を当てた。
「どのような神だったんだ。見たんだろう、姿形は」
「見た目は俺と同じくらいの男でしたが、目も鼻も耳も口もありませんでした。あとは背中に翼があって……事前の情報の通りずっと踊っていましたね。手の平に文字を書くことである程度の会話は出来ましたが」
最も、耳と口はその後自分で作っていたが。
心の中でそう呟いていると、村長が腕を組んで眉間に皺を寄せた。
「それは、恐らく『渾沌』だろう」
「渾沌……ですか?」
聞き慣れない名前に桃麻が首を傾げると、村長は床を眺めながら頷いた。
「ああ。奴は神でもなんでもない。どちらかと言うと魑魅魍魎の類いだ」
「……ですが、彼の神域は桃花で溢れていた。どう考えても魑魅魍魎が住める場所ではありませんでしたが。それに、自分でも神だと言っていましたよ」
桃は邪を阻む結界だ。あれだけの桃花が咲き誇る神域に入れば、魑魅魍魎の類いは瞬時に浄化されてしまうだろう。
しかし村長は首を振り、顔を上げて桃麻に目を向けた。真剣な瞳のその奥に、恨みと怒りが宿っている。
「きっと単なるまやかしだろう。神と言うのも虚言に違いない。手はずが整い次第、早急に始末してくれ」
「ええ。勿論。危険だと判断した場合は、すぐに始末しますが……」
村長の言葉に、桃麻は唇をきゅっと閉める。
耳の奥には、彼の明るい声が残っていた。
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