第60話
「誰が終わりと言った?」
「……!? どういうこと!?」
「鳳令輪の力は、契約した精霊の首を絞めるだけじゃないと言うことだ。」
それを聞いたナパルは、絶望の表情を浮かべた。
「そんな……!? 聞いた事がありません……!!」
「当たり前だ。代々首長だけに受け継がれてきた秘術だからな」
トキが言い終わると同時に、彼の手首にはめられた鳳令輪が怪しい光を放つ。それに呼応するかのように、ナパルの首の文様の輝きが増した。
「あああっ!」
ナパルが短剣を持ったまま、片手で頭を押さえて崩れ落ちる。
彼女は何かを振り払うように強く頭を振っていたが、やがてその動きはぴたりと止まった。
そしてゆらりと立ち上がり、雹藍の前で剣を振り上げる。
その瞳は、何者をも映していない。
「ナパル!?」
ヨミの叫びも彼女の耳には届かなかった。ヨミは身体の上のトキに問う。
「ナパルに何をしたの!?」
「鳳令輪は各代で一度だけ、精霊の意思に関わらず強制的に命令を聞かせることができる。とはいえこれまで一度も使われたこともなく、俺も本当は使わないつもりでいたんだが、こうなっては仕方ないからな」
トキはナパルに顔を向けて叫んだ。
「さあ、ナパル、『その短剣で目の前の奴を刺せ』!」
「ああああああ!!」
ナパルは悲痛な声を上げながら、我を失ったように短剣を振りかざす。
「ナパル! やめて!」
ヨミの制止も効果はなく、彼女は目の前の雹藍の胸に向かって短剣を勢いよく振り下ろした。
ざしゅ、と、刃が肉を貫く音がその場に響く。
鮮血が溢れ、ナパルの頬を返り血が濡らす。
正面から短剣を胸に刺され、その場に崩れ落ちたのは。
ナパルの目の前に飛び込んできた翡翠だった。
「翡翠!」
「翡翠さん!」
雹藍、そして命令を実行し正気に戻ったナパルが同時に叫ぶ。
彼女は瞳に涙をため、崩れ落ちる翡翠の肩を抱き起こした。
「どうして……! 陛下を守るなら、その腰の剣で私を刺して殺せば良かったのに……!」
「ふふ、確かに。どうして、でしょうね……」
翡翠は喘ぎながら微笑んで、ナパルの涙を指で拭う。
「精霊なんて、やっぱり憎い存在ですが……雹藍様だけでなく、あなたも助けたいと思ってしまったのです……。ねえ、傷を治して見せてくださいよ……。前に言っていたでしょう……? そうすれば、あなたの事をもっと知ることができそうな気がする……」
「でも、こんな傷、私の力では……!」
傷口からは血がとめどなく溢れ出し、ナパルの膝を濡らしていく。その傷の深さでは彼女の血でも防ぎきれるかは分からない。
しかし翡翠の信頼するような眼差しに気付き、ナパルは首を振る。
「……いえ、やらなくては」
翡翠の胸に刺さった短剣を引き抜き、自分の腕を傷つけた。
彼女の腕から流れ出した血が翡翠の胸に零れ落ちると、彼の傷口から溢れる血が僅かに止まる。
それを感じたのか微笑みながら気を失った翡翠。ナパルは彼を抱えたまま、自分の裳の裾を引き裂き手当を始めた。
その様子を見ていたトキは、ヨミの上で呟いた。
「そんな……、失敗だと……?」
「そうだよ!」
「うわっ!」
うろたえる彼の隙を見て、ヨミが拘束を振りほどき、形勢を逆転させる。身体の下にトキを組み敷き、その右腕から鳳令輪を奪い取って自分の腕にはめた。
「これでもうナパルを苦しめることはできない。今度こそ終わりだよ、トキ兄」
ヨミはトキの身体を解放しつつ静かに告げる。
トキは立ち上がってヨミ達と相対しながら「そのようだな」と吐き捨てた。そして踵を返し、大人しく階段を降りつつ言葉を発した。
「ヨミ。俺は、お前と縁を切る。もうお前は、俺と何の関係もない」
「トキ兄……」
「蒼龍国と和平など結ばない。俺は鵬翔の地に帰って力を蓄え、そして必ず戻ってくる。皇帝を殺し、蒼龍国を奪うためにな」
そう言い残し、トキは鵬翔の民を引き連れ宮廷の外へと消えていった。
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